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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
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二話


 目の前でしゃらりと涼やかな音を立てて姿を現した刀身は、微かに青みがかった色をしている。金属というよりは、ガラスのようなより硬質な光沢を宿していた。

 そう長くはないが、それでも50センチはあるだろうか。僕の肩から指先よりは短いと思う。


「素材が特殊でな。地金はアルミニウムというやつで――」

「あ、アルミニウム、ですか?」


 一円玉とかアルミ箔とかの、あのアルミだろうか。


「アルミニウム、だな。こちらの世界ではそう新しい物でもないぞ。ユーリのやつも驚いていたが、軽くて丈夫で取り回しがし易い。まあ、加工に多少手間はかかるからそう広く扱われるものでもないが」


 言うと学園長は軽く片手でその剣を振るって見せる。子供にでも扱える軽さ、ということが言いたいのだろうか。学園長の身体能力は指標にできるのかちょっと怪しい。


「剣士であれば剣の重さも攻撃に乗せるために、ここまで軽くはしないのが普通だが……お前の場合まず普通の剣を扱えるようになるまでが一苦労だろうからな。これはあくまで魔術を扱う者に向けた剣だ」

「……お気遣いありがとうございます」


 暗に非力だと言われてしまった。否定はしないが。まだ僕は成長期だから、うん。


「表面に、精霊石を加工したものを被せてある。魔力の通りが良く、剣を通して魔術を扱うこともできる……が、その代わりに脆い。だから、その修復のための精霊石が、これだ」


 剣を鞘に納めなおしてから、その切っ先で机の上の丸い物を指し示す。

 河原の石のような丸みのある形で、磨かれているわけではないようだが、半透明で淡い水色をしている。見た目は綺麗な石ころといった感じだ。手にとってみてもこれと言って変わったことはない。


「精霊石というのはまあ、授業で習うだろうが……学園内の照明や各種施設にも使われている、術を溜め込むことのできる石のことだ。魔力の状態では溜め込みはしないが、よく通すし相性がいい」

「魔術を溜める? どういうことですか?」

「授業で習うと言っただろう。とりあえず、この剣の修復に必要だということだけ覚えておけ」

「……教えてくれたっていいじゃないですか」

「教えてもいいが、長くなるぞ。今このまま講義を聞くつもりがあるのか?」


 気にはなるが、そこまで言われてしまうと腰が引ける。不満だが仕方が無い、授業でしっかり聞くことにしよう。


「……修復っていうのは?」

「前提として、この剣の精霊石は表面を覆っているだけだ。勿論切れ味があるように成型はされているしそこだけ取れば大したものなのだが……石自体が元々そう硬い石ではない。剣同士なら数合打ち合っただけでみるみる刃こぼれしていくような代物だ。戦うための剣ではなく、普段魔術を扱うものが接近されても対応できるよう剣の形をしているに過ぎない」


 再び少しだけ鞘から抜かれた刀身を覗きこむようにしてよく見ると、確かに二層になっている。刃の部分は芯になっている金属は見えず、うっすらと透けていた。


「粉々にはならないよう術がかかっていてもその程度だ。欠けても斬るための道具ではないから支障は然程大きくもないかも知れないが……あまりに欠けが大きいと、破損を防ぐ術の維持ができなくなって、一気に壊れる可能性がある。そうなると、魔術の発動媒体としてさえ使えなくなってしまうからな。……不満ならば、まずは体を鍛えろ。斬り結べる剣を持つのはそれからだ」

「……はい」


 とんだ不良品じゃないか、と思ったのが伝わってしまったのだろうか。呆れたようにそう付け加えられた。


「修復の仕方も部屋のやつに聞けば知っているだろう、そう難しいものではないからな。ただ、一応高価な物だから、直せるからと粗末に扱うな。お前には不評だったが、ここまでの物は見る者が見れば垂涎物の貴重品だ」

「具体的には?」

「今の世で造れるのは人間では陛下お一人だ」

「肝に銘じます!」


 なんだそれ。良い物とか高価とかそういう次元じゃないじゃないか。そんな物一介の学生にポンと渡さないで欲しい。というか、兄さんこんな事までできるの?

 一通り説明が終わって、広げた物を元のように革袋に詰めなおす。袋自体も結構丈夫そうだから貰えるなら貰っておこう。


「まだ昼までは時間があるな。ついでに、お前の今後の処遇についても話しておこう」

「そ、そうですよ! 僕、どういう立場になるんですか!?」


 思わず身を乗り出してしまい、問い詰めるような有様になる。が、学園長はそれに動じる事無く僕に部屋の隅の椅子を勧めた。

 少しばかりの気まずさを覚えながら椅子を運んできて腰かけると、それを見てから学園長は口を開く。


「まず、お前の身分に関してだが、当面は当初のまま、つまり、戦災孤児で通してもらうことになった」

「そう、なんですか? 良かった……」


 まず一つため息。いきなり王族だのと言われても、僕も周りも困る。たとえ学園内では平等であったとしてもだ。


「とは言え、それも夏の休暇までと思った方がいいな。その時期には陛下はお前の存在を明らかにするつもりでいる。無論、その際には王弟であることも、大精霊縁の者であることもだ。それまでは私が名目上の後見人になることになった」

「学園長が後見人、ですか」

「そうだ、義姉上だぞ? 敬え」

「僕がいなかった間の事は、どう説明を? 年齢差もありますし」

「無視か、つまらん」


 いやだって、その見た目でそう言われても反応しにくいです。そうでなくても困ることに変わりはないけど。


「哀れ王弟殿下は、御幼少のみぎりよりひどい病に侵されていた。病の進行を防ぐため一時体の時を止めたためまだ若く、大精霊との住処か療養のための部屋しか知らなかったから常識に疎く、ようやくまともな健康状態になったのはここ数年だ。これまでは魔力を不用意に使うことが危険だったから、魔術も使ったことがない……という設定だ」

「……至って健康なんですが。というか、肉体年齢止めるなんてできるんですか?」

「王が白と言えば白、黒と言えば黒。言い訳があるだけマシだと思え」


 ひどい暴論を聞いた。権力者とは恐ろしい。


「あとはそうだ、継承権、ですか? それはどうなるんでしょう」

「ああ、それは保留だ保留。ユーリもまだまだ現役だし、なるつもりの無い人間を無理に指名しても諍いの種になるだけだからな」

「それなら……僕の事を公表するのは、すぐでなくてもいいんじゃないでしょうか」


 公表されなければ、まだただの学生で居られるのに。

 王族の二文字は、それをよく知らない僕にさえ、とても重い。

 けれど、やはりと言うべきか。学園長は僅かに哀れむような苦い顔をして理由を答えていく。


「お前が、この世界で生まれたなんでもない人間であるのならば、そうする事もできた。だが、お前は目立ちすぎる」


 見た目の話では無いぞ、と念を押して続ける。


「魔力が有り余るほどあるのに、こんな年になるまで制御の仕方も知らない、黒い髪の持ち主でありながら平然と人に交じり日々を過ごす、孤児であると言いながら教養があり、その割に世俗にあまりにも疎い。なんでも無いただの一般人で通すのは……不可能、だろうな」


 一つ一つ挙げ連ね、僕の異常性を露わにしていく。

 帰ることも、この世界に紛れ埋もれることもできない。


「……そうだ、新しい組分けと、授業の事について告げておかねばならんことがある」


 気遣われた、のだろう。声のトーンを明るくして話を切り替える学園長。


「お前の入る組には、意図的にお前と同室の二人と、バルシアの娘、その同室の双子が全員纏めてある。魔術実習での班は、お前たち六人で固めるようにしろ。足りなくても、多くても駄目だ」

「ええ? えっと、理由を聞いても?」


 魔術実習での班の話は、ここに来る前にセドから聞いた。

 中等部になると座学は減るが、クラス全体での授業があることに変わりは無い。そして、そのほとんどが魔術の基礎実習となるらしい。

 基礎授業とは言え魔術を使い、最終テストは監督が付くとは言え学園内の森の中に入って課題をクリアする必要があるのだという。そのための班を早いうちに組んでおく意味も含めて、今学期の終わりまでに人を集めなければならない。

 人数に制限は無いが、概ね三人から六人程度で組むのが一般的らしい。大人数になると森の中での行動に不便だったり、そもそも普段から纏まって動くのが難しくなる。逆に少なければ課題のクリアが危うい、というわけだ。

 ちなみに、あれだけ急かされた選択授業は次の学期から。科ごとの人数調整やら何やらがあるとかどうとか。と言っても、余程人数が偏るとか、その科に入って問題を起こしかねないと判断されたりしない限りは希望通りに履修できるのが普通、ということで、あまり心配はしていない。


「一言で言えば、お前の特異性を隠すためだ。バルシアの娘は事情を知っているし、同室の二人は恐らくとうに気付いている。双子は……暴走娘が問題を起こさないようにだな。女子一人では外聞も良くないし丁度いい」


 暴走娘?と一瞬思ったが、そういえば、確かにセリアさんはそう評するに値する程度には頭に血が上りやすいようだ。なるほど、僕たちにあれを止められる気はしない。


「バレてしまっても握り潰せるような人選にはなっている。逆に言えば、夏まではそれ以外の生徒とは極力関わらないで貰えると有難いんだが……強制はしない」


 握りつぶせるってなんだ。弱みでも握っているのだろうか、恐ろしい。でももしそうなら、何を握られているのかちょっと気になる。


「……いえ、まあ、僕も騒ぎになったりするのは遠慮したいところなので構わないですけど」


 友達が欲しいと思わないではないが、今は保身に走るべきなのだろうとも思い了承した。




 というわけで、数日後。学園長の予告通り、六人まとめて同じクラスだ。二組しか無いとはいえあからさまに過ぎるのでは、と思わないではなかったが、どうやら僕以外はそうは思わなかったらしい。「運が良かった!」と純粋に喜んでいるセドを見ると、僕が悪いわけではないが少し後ろめたい気持ちになる。

 僕から言い出すまでもなく、セド達も僕ら同室三人と、セリアさん達三人の六人で班を組む、つもりでいたのだ。

 いた、のだけど。


「え、ええと……ごめんなさい、少し考えさせてもらってもいいですか……?」

「あー……あたしもちょっと、今回はわかんないや」


 ルチルさんとルチアさんが、こうである。


「あなたたちが来てくれないと、私、この班で女子一人になるじゃない」

「えと、じゃあ、ルチアが……」

「え? いやいやルチルが入りなよ、あたしは入れるとこどっかあるからさ」


 既に班入りを了承したセリアさんが困ったようにそう言ってもこの有様だ。

 正直、ルチルさんの方は予想していなかったわけではない。初等部の時に一緒に行動する事を避けていた節があった彼女の事だ。授業中ずっと六人で行動する事を思えば、断られる可能性の方が高いだろうとさえ思っていた。

 しかし、ルチアさんに断られるのは全くの想定外だ。

 静かで主張しないルチルさんに比べ、ルチアさんはよく喋りよく笑う。他の学年やクラスにも知られていて顔も広く、お祭り騒ぎが大好きだ。ただし、基本的にヒューが誘えば必ず付いてくる。セドが誘いにいけば「ヒューは?」と聞いてきて、一緒だと言えばやっぱり必ず付いてくる。大変わかりやすくて可愛らしいと僕は勝手に思っているが、しかしまさかそのルチアさんが断るとは。


「ヒュアトスもいるわよ?」

「あたしの事ヒューがいればほいほい付いてくアホな子くらいに思ってない?」


 セリアさんも同じことを思ったのかルチアさんにそう言ったが、彼女はそれに対して胡乱気な顔をしてそう返された。似たような事を思っていたとは間違っても口に出さないようにしておく。

 ルチルさんはそうこうしている間に「私はこれで……」と小さく言い残し逃げてしまった。セリアさんに「役立たず」と言わんばかりに睨まれてしまったが、物理的に引き留めるのも気が咎める。いくら僕の見た目がらしくないからといっても、男に腕を掴まれたら怖いだろうし。ましてや彼女達はまだ14歳、僕より年下だった。


「そりゃ、ヒューがいるなら入りたいのは否定しないけど……」


 困ったような表情で言葉を探しているルチアさん。考えるより先に口が動くと言わんばかりの彼女にしては珍しいことだ。


「……その、迷惑かけたくないから」

「迷惑?」


 迷惑と言うなら、いたく個人的な理由で申し訳ないとは思うが入ってもらえない方が困る。


「あ、う、えっと、とにかく、あたし入るつもり無いから! ごめんね!」

「あ、ルチア!」

「他の事で埋め合わせするからぁ!」


 そう捲し立てると、引き留めようとするセリアさんを振り切って走り去っていってしまった。


「……役立たずね」


 むしろ役に立つと思っていたのなら驚きである。




「――というわけなんだけど」

「マジかぁ」


 部屋に戻ってから二人に報告すると、セドも想定外と言うように腕を組んでそのまま座っていたベッドに倒れこんだ。


「……ルチアが……そうか……」


 ヒューも少しシュンとしている。ショックを受けている部分が多少違う気もするが。


「どうする? お嬢には申し訳ないけど、俺らだけで組むか?」


 正直、一瞬考えなかったわけではない。けれど、学園長に言われたことを差し引いたとしても、事情を知っていてフォローできるセリアさんが居ると居ないでは僕の精神的負担が全く違う。

 夏まで、というのを考えたとしても、この数日で改めて違和感を感じに感じているところだ。変な事を聞くかもしれないし、そうなると細かい事を気にせずにすぐに尋ねられるセリアさんに居て欲しい。

 しかし、セドに事情を説明するわけにもいかない。だが現状では事情を説明せずに同じ班で、と強硬するには理由が無ければ難しい。幸い時間はまだある、それまでにあの双子を説得できればいい。


「……なるほど、そうか、そうだよな」


 僕が言い訳を探そうとすっかり考え込んでしまっていると、何故かふいにセドがそう言って何かに納得している。


「なあ、ミコト、王宮でなんかあったのか?」

「ぅえっ!?」


 思いもよらない言葉に声が裏返る。しまった、これじゃ何かあったのがバレバレだ。いやまあ、そりゃあ色々あったが、でもどうしていきなりそんな事を。


「ああいや、何があったのかまでは言わなくていいぞ、今の見れば何かあったんだなくらいはわかるし」

「う……えっと、ごめん」


 ベッドに転がったままで恰好はつかないが、そう言ってくれるのはとてもありがたい。そうやって納得してくれるなら、あれこれ言い訳を考えなくて済む。


「気にすんな気にすんな。そうだよな、ミコトもお年頃だもんな」


 は?


「俺が15の頃はまだそういう事考えた事無かったけど、よく考えたら姫さんなんてまだ14なのにああだもんな」


 たかだか3つ上なくらいでそこまで年長面されるのは腹が立つ。ちなみに姫さんとはルチアさんの事だ。

 って違う、そうじゃない。

 これ、絶対何か勘違いしてる。


「あの、セド、それ多分、違う。そういう事じゃ無くて」

「いいんだミコト、照れる事無いぞ。素晴らしい事だ。俺はまだしたことないけど」

「いや照れてるとかじゃなくて!」

「いいって、わかったよ、二人を頑張って説得しような。俺応援する」


 相変わらず寝そべったままだが、腕を組んでしたり顔でうんうんと頷いているセド。

 駄目だこれ、完全に聞く気が無い。


「……そういう事なら、俺も応援しよう」

「だから違うってば!」


 結果的に下手に嘘を吐く必要は無くなった。

 でもどうしよう、これ。

 すごく鬱陶しくなりそうなんだけど。

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