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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第一章
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十一話


「お、お待ちください陛下。それは、どういう……まさか、姉さんが犯人だとでも仰るのですか?」


 それを聞いて、何故か今度は僕に対して驚きの表情を向ける姉さん。それに釣られてか、魔力が少し揺らいだのがわかった。


「み、みーくん? どうしたの? ユーリ相手にどうしてそんな……」

「ミコトには今、正体も動機もよくわからん術がかかってる。本人の魔力に馴染みすぎてわかりにくいけど……お前ならわかるだろ。かけた張本人なんだからな」


 困惑する僕らを置いて、責めるような調子を崩さずに続ける陛下。

 しかし姉さんはそれを聞いても激昂することは無く、むしろ不安の色を強くして魔力を収めると、僕の両肩を掴んで正面からまじまじと見つめた。


「……なに、これ……?」


 だんだんと青ざめていく姉さんの顔を見ながら、「魔力の体でも青ざめるのか」と益体も無い事を思ってしまった。


「白を切るのはやめろ」

「違う! 私、こんな……!」

「でも、やってないとは言えない。違うか?」


 言葉に詰まる姉さんを見ても、陛下は態度を変えない。


「精霊は、嘘が吐けない。あんたが「やってない」と言えないのなら、それはやったってことと同義だ。そもそも、人間にはこんな術は扱えない」

「でも私、こんなの……覚えてない……」


 僕の肩を掴んだままの震える手に、ぎゅうと力が籠められる。


「確かに……確かに内緒で、ぼんやりさせるくらいのことは、呼ぶときに、しちゃったけど」


 肩からするりと手が離れた。顔を真っ青にしたままであえぐように告白される事実は、それだけで僕にはとてつもない衝撃だった。



 だって、それは。それでは。

 思考という無形のものさえ、弄ることができるとでも言うのか。



「だ、だって、ユーリ、こっちに来た時に、すごく辛そうだったから、だから、みーくんにそんな思いさせたく、なくて」

「そうだな。だから俺も、それだけだったら後でこっそりとかせよう、くらいにしか思わなかった。時限式になってたし、俺も過保護だとは思うけど、あんたの庇護が無いならそれくらいしないとまずいのも事実だ。本来はそれだけでも大問題だけどな」


 当事者であるはずの僕を置き去りに話は進む。


「でも、それだけじゃなかった。どう見ても要らない・・・・術が混ざってる。それもやたらと複雑で、とびっきり悪質で、そのくせ致命的な欠陥があるとんでもなく厄介なやつだ」


 これ以上、まだあるというのか。これよりも、まだ酷い事が出来るのか。大精霊という、超常の存在には。


「だから、解け。術同士が混ざり合ってる上に、俺が無理矢理解けば場所が場所だけにミコトが危ない。休み中で、魔力も体調も万全に戻した今くらいしかタイミングがない」

「でも、私、今そんな事したら」

「いいから解けよ。人の脳みそ無暗にいじくり回すなんて許されるわけないだろ。すぐに国がどうこうなる事も無いし、最悪俺が出張れば大体なんとかなる」


 狼狽え、怯えるような姉さんとは対照的に、陛下は静かだ。静かすぎて恐ろしい。この人はこんな風に怒る人だっただろうか。

 俯いてしまった姉さんが承諾すると、話は終わったと言わんばかりに部屋から出ていこうとする陛下。

 慌てて追おうとしたが、目で留められた。


「術を解いたら、またしばらくユーカは眠りっぱなしになる。せっかく会いに来たんだから、短い時間で悪いけど一緒に居てやってくれ。夜になったら術を解いてもらえばいい」


 そして、僕達には何も言わせぬうちに、扉は静かな音をたてて閉まってしまった。

 重い沈黙が部屋を支配する。

 僕も姉さんも、一言も発することができないし、その場から動くこともできない。この状態で夜までは、逆に苦痛だ。

 折角、姉さんが起きたのに。

 話したいことも、聞きたかったことも、もう全部わからなくなってしまった。


「……みーくんは、怒ってる?」


 部屋の外はまだ明るいが、そろそろ夕日に変わり始めるだろうか。ほとりと落ちるように、姉さんがそう零したのが聞こえた。


「……よく、わかんない、けど」


 怒るべきなのだとは、思う。けれど、怒りはわかなかった。これも、「ぼんやりさせる術」のお陰なのだろうか。だとしたら皮肉と言わざるを得ない。それのおかげで、僕は姉さんに怒鳴ったり詰ったりせずに済んでいる。

 けれどそれでもなお、在るか無しかの怒りより、この困惑さえ押しのけて僕を支配するこの感情は――


「多分、怒ってはいないよ」


 とても口にすることはできなかった。






 なんだ、ここは。

 どこかで望んでいたのは否定しない。けれど、それは叶わないことが前提だからこそだ。

 宝くじで六億円当たらないかなあとか、美少女の転校生が来て青春物語始まらないかなあとか。そういう空想に過ぎない。

 いきなりその状況をポンと与えられても、喜ぶ以上に困惑するだけだろう。

 大体、現実味が無さすぎる。有り得ない。


 中途半端に似通っていて、逆に恐ろしい。いっそかけ離れていれば気にせずにいられるだろうに。

 端々に、想起させるものが多すぎる。それでいて異質だ。

 どうしてこうも平然としていられる。どうしてこうも容易く馴染もうと思える。

 おかしいだろう。価値観も、世界も、こんなものは知らない。知らなくて良かったのに。


 家族は、どうしているんだろう。父さんは、母さんは、妹は。

 僕はどうなっているんだろう。行方不明だろうか、家出扱いだろうか。それとも、あちらにはあちらでまだ僕が残っていて普通に生活しているのだろうか。

 妹の体調はどうなっているだろう。わがまま盛りで、父さんに怒られてはすぐに癇癪を起こすくせに、それで咳き込んでいるのだからどうしようもない。母さんはそれを見ると右往左往して、一瞬僕に助けを求めるような顔を向けるくせに、黙って妹を宥め始めるんだ。僕にはどうせ、何もできないけど。

 でも。

 帰りたい。


 どうして


 どうしてこんなことになるんだ。

 誰かと真正面から向き合うのは、疲れる。

 痛いのはもっと嫌だ。

 理不尽だ。僕が何をしたっていうんだ。

 こんな世界もうごめんだ。

 かえして


 ごめんなさい


 慣れたくない。

 慣れるのが怖い。

 また失くしてしまう。

 ようやく向き合おうと思ったのに

 いやだ


 もうなくさない


 ぜったいに






 目が、覚めた。

 自然な目覚めとは言えないかも知れないけど。やたらと高い天井がぼやけた視界にうつる。枕が柔らかくて大きすぎるのか、頭が埋もれていて周りが見えない。


「――!? ――! ――、――――!」


 ぼやけた意識の中、誰かの叫ぶような大声が耳につく。いや、これは、怒鳴り声、だろうか。人が寝ている傍でそんな声を出さないで欲しい。起きていても不愉快なのに、寝起きの単純な頭だと早々に苛立ちに変換される。


「――のよ!」


 ああ、この喋り方と声は、もしかして。


「せぃ、あ、さ」


 声をかけようと思ったが、喉が掠れてうまく話せなかった。どうしたんだろう、痛みは無いし、寝ている状態ではあるが体に異常は特に感じない。いや、少しこわばるような違和感はある、かな。


「――いと間に合わないわ! あなたが待ってくれ待ってくれって言うから大人しく待っていたのに、その理由がこれ!?」

「お、落ち着いて――」

「落ち着く!? この状況で!? それも一週間もなんて、いくら魔力が多くても普通なら飲まず食わずじゃ死んじゃうじゃない! どうしてそんなに悠長に構えているの!? 信じられないわ! もしこのまま――」

「せりあ、さん?」


 今度はきちんと声が出た、はずだ。その証拠に、今まであれだけ怒鳴っていた彼女の声が止んだ。代わりに、喉のざらつくような感覚を堪えきれずに軽く咳き込んだ。

 耳鳴りがするのは、不調のせいなのか、それともそれだけ彼女の声が響いていたのか。

 けれどそれ以上反応が無い。怪訝に思って起き上がろうとしたが、案の定と言うべきかうまく力が入らず失敗したが、それを見た彼女が脇から僕を覗き込んだので結果オーライ、と言うべきだろうか。


「……ミコト?」


 彼女の口から僕の名前を聞くのは、初めてかもしれない。

 薄暗い部屋の中、僕の顔を目を丸くしてまじまじと見つめるセリアさん。

 意識を取り戻して・・・・・から改めて見る彼女は、振り乱したのかぼさぼさの髪で、怒鳴っていたせいか真っ赤な顔で、誤魔化しようもないほど涙目で。けれどやっぱり、どうしようもなく綺麗だった。


「……うーん」


 そう至った自分の思考に思わず苦笑いを溢すと、呆気にとられたようだった彼女の顔がみるみる不機嫌そうなものに変わる。


「何よ、人の顔見てその反応は。それもよりによって私の顔よ」

「ごめ、ん、つい」


 誤解だと、言う必要は無いだろう。掠れた喉で弁明をするのは骨が折れそうだし。


「……意外と、元気そうね」

「まあ、ね。でも、体、うまく、動かない、かも」


 表情を和らげ、ぽつりとそう言った彼女に示すように腕を軽く上げて手をグーパーと動かしてみる。

 どれだけ寝ていたのだろう。体調は魔力でどうにかなっても、衰えというのは避けられないらしい。

 もう一度起き上がろうと試みる。セリアさんが手を貸そうか迷っていたけど断って、今度こそ自力で起き上がった。

 ゆっくりと上半身を動かしてみる。ぎこちなさはあるが、目に見えて痩せたり、どうしようもなく動けないというほどではなさそうだ。安心した。

 あれから、どうなったのだろう。姉さんに術を解いてもらった、はずだ。


「今、どういう、状況なの?」


 セリアさんに尋ねてみると、一度和らいだ表情がまたしてもしかめ面に戻ってしまった。


「もういい加減、学園に戻らないとならない日なのよ。本当はもう二、三日早く、あなたも馬車に乗せて帰るつもりだったのだけれど、陛下が待って欲しいと仰るからそうしていたの。でももうこれ以上延ばせないから直談判しに来てみたら、もう一週間も昏睡状態だって言うじゃない。それも医者にも見せず、この部屋に寝かせたままよ? いくらすぐには表に出せない人間だからって、信じられないわ」


 また怒りがこみあげて来たのか、手元のシーツをぎゅうぎゅうと握りしめながら話すセリアさん。

 寝具一つとっても高級品なのでは、と思う僕としては、皺になるような状態を見るとひやひやするのでやめて欲しい。もう一つ言うなら、彼女の魔力もこころなしざわついていて不穏なことこの上無い。


「あはは……まあ、見ての通り、元気では、あるから」

「そうね、元気すぎて昏睡なんて嘘じゃないかとも思うくらいなのだけれど、魔力を見ると明らかに体が弱ってるのよね。そのくせ飲食すればすぐに復調しそうなのがまた気持ち悪いわ」

「き、気持ち悪い……」


 その言葉はそれだけで傷つくので、ちょっとやめて頂きたいです。

 やりとりをしながら、彼女の後ろに立つ人に目を向けた。

 顔立ちも、肌や髪の色彩も、背格好も、一般的な日本人だ。顔立ちは整っている方、だと思う。この世界の僕が知る範囲でなら、平均程度でしかないとも思うけど。

 けれど格好はもう見慣れた現代のそれではない。ラフなTシャツでも、通勤用の既製品のスーツでもない。この世界で彼のためだけに仕立て上げられた、僕が知らない名称の服だ。

 僕の視線の先にセリアさんが気付いたのか、彼女は「また明日来るわ」と言うとその人に綺麗な礼をしてから部屋から去っていった。


「おはよう、ミコト。気分はどうだ?」


 セリアさんと入れ替わるようにゆっくりとこちらに歩いてくる。

 顔は一見いつも通りの笑みを浮かべているが、今ならそこに僅かに恐怖にも似た緊張が混ざっているのが解る。

 仕方が無いだろう、僕が同じ状況になったらもっとひどいかもしれない。


「ちょっと、体はままならないけど、概ね良好かな」


 それもセリアさん曰く「飲食すればすぐに復調しそう」だそうなので、気にするほどのことではないだろう。

 意識は明瞭、感情の起伏も、薄布をかけられたような隔たりも感じない。

 そして、何よりも。


「おはよう――兄さん」


 大切な失せ物が戻ってくるというのは、何より優先すべき事だと思ったから。

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