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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第一章
25/59

十話


 翌日。


「お前、昨日何があった?」

「いえ、その……急に眠くなった、だけ……なんですけど……」


 これまで通り、午前中は学園長とダンスと礼儀作法の授業を受けることに変わりは無い。

 が、学園長はもう取り繕う気はなくしたようだった。


「あれが大声で人を呼ぶことなど珍しいからな。お前が何かやらかしたのかと思ったぞ」


 手本のステップを見せながら僕にそう問いかけて来た学園長の今日の恰好は、先日までとは打って変わって落ち着いた一般的なドレスだった。どうやら服装も変装の一環のようなものだったらしく、ひっそりと安心したのはここだけの話である。


「何かってなんですか、何かって」

「聞きたいか?」

「いえ、やっぱり大丈夫です」


 嫌な予感しかしないのでご遠慮願いたい。


「まあ、お前がそんなに大それたことをするはずも無いだろうというのはわかるがな。陛下はあれに負い目がある、無駄な心労を増やすような真似はやめてやって欲しい」


 珍しく顔を暗くしてそう語る学園長。

 昨日は驚きが勝ってそれどころでは無かったが、勝気そうではあるが美女と評するに相応しい人だ。そんな顔をされるととてつもなく悪いことをしたような気分になる。

 それにしても一体どんな負い目が、と一瞬思ったが、当たり前だ。

 よく考えれば、陛下はセリアさんの叔父を殺して国を乗っ取った人間なのだから。

 それが不当か正当かは、これには関係の無い事だろう。


「もっとも、今のお前は物を知らなすぎるからな。正直私はお前が何かしでかしてくれやしないかと期待している」

「そういう期待はしないでもらえると有難いんですが」

「それよりお前、言葉遣いが崩れているぞ、今は授業中だ」

「……失礼いたしました」

「では、今やったものをできるようになるまでひたすら反復練習だ」


 一瞬見せた表情はあっと言う間に消え、既にいつも通りの自身に満ち満ちた様子だった。




 向き合って中庭の真ん中に腰を下ろし、恐る恐る、少しだけ水を出す。つい昨日、ちょっと魔力を漏らしただけでひどい眠気に襲われたのは忘れていない。

 が、今日は昨日のような怠さを感じることもなかった。


「大丈夫そうだな。若いっていいねえ」

「いや、これそういう問題じゃないよね?」


 今日の午後は様子見をしつつ、話の続き、だそうだ。傍から見れば二人して何をしているのかと思われるだろうが、ここが一番物にも人にも被害が出ない。座っているのは倒れた時のダメージ軽減のためだ。

 昨日の今日で体調は大丈夫なのかと思ったけれど、魔力の自己回復力とは斯くも凄まじいものらしい。言われてみれば昨日まではうっすらと残っていた傷の痕も、今日は何事も無かったかのように綺麗に消えている。


「魔力はまだ不完全みたいだけど、逆にまた暴走した時の被害はこの間よりは減るから、リベンジするなら今のうちだな」

「僕としては痛い思いはしたくないんだけど」

「爆発の要因がわからない爆弾抱えたままで、この先ずっと生活したいってみーくんが言うならやめる」

「うん、早いとこ処理しよう」

「処理できるとは限らないんだけどな。一回やって駄目だったわけだし」

「やっぱやめない?」


 意見が二転三転するのは僕としてもどうかとは思うが、痛い思いをするだけになるのは御免こうむりたい。記憶に抜けができるというのは気持ちのいいものじゃないし。


「まあ次やれば誰の仕業かくらいはわかるだろ」


 陛下がそう言うと、僕から魔力がまた漏れ出す。


「……過敏になってない?」

「セキュリティ固くなってんな。まあじゃあさっさと行くか。心の準備はオッケー? 俺はいつでも大丈夫」

「あんまりそういう心の準備はしたくなかったなあ……いいよ、頑張ってみる」


 とりあえず、魔力の制御を取り返そうと試みる。まだ感覚がうまく掴めてはいないが、イメージである程度どうこうなるならこう、念じてみればうまい事いったりしないだろうか。


「ミコトにはおかしな術がかけられている、と俺は思っている」


 言葉に反応するように、漏れ出る魔力の量が徐々に増える。意識して抑えてみようとはするが、それ以上に出ようとする力の方がずっと強い。


「記憶やら認識やらに関する事で、一つか二つかはわからん。かかっている術自体は一つだ。他の魔力が関わっている感じはしない」

「ど、どういうこと? 魔術の類って、基本的に四属性に関わる働きしかできないんじゃないの?」

「そうだな、でも、世の中には例外がある」

「それに記憶って、心当たりがないしどうして陛下がそれを判断できるのさ」


 認識はまあ、わからないではない。僕にも心当たりがある。けれど記憶に関しては、特に問題に思ったことも無いし不自然と思ったことも無い。


「いいか、ミコト――これを言うのは二回目だ」


 一拍置いて。


「俺の名前は、柊 優璃。優歌姉の双子の弟で」


 魔力が抑えられなくなる。溢れた魔力が指向性を持って、決して狭くは無い中庭を駆けまわるように動き回り、あちこちの木の葉を揺らした。時折体を掠めるような軌道さえ描くそれを、陛下の魔力が逸らすように弾く。


「ミコトと……優希とは何年も一緒に住んでたから」


 すぅと息を吸い、少し情けない顔で笑う陛下。


「よく、知ってるんだ」


 また・・魔力を爆ぜさせながら僕は、だからこんなにも懐かしいのかと、消えていく意識の中で確かにそう思った。




「……おはよう、ございます」

「おう、おはよう」


 目が覚めると、この間とは違ってすっかり朝になっていた。また怪我をしているかと思って布団をめくりあげて見るが、それらしきものは見当たらない。

 代わりに、昨日中庭に出たあたりからの記憶も無かったが。

 ただ、魔力が少ないのは同じのようだ。そのせいか眠気がひどい。


「こんな状態ですみません……何かわかりましたか?」


 上半身を起こしてから珍しく朝からいらっしゃる陛下にそう尋ねると、何故かぎょっとした顔をされた。

 何か粗相をしてしまったかと思ったが、この方が見咎めるような事なんて余程の事だ。

 恐らく大丈夫だろうと思い、では何があったのだろうと「どうか致しましたか?」と尋ねれば、やや硬い気はするものの普段通りのゆるりとした笑顔で「なんでもない」と返ってきた。


「そうだな、目的と犯人の目星はついた。動機はわからないが、時期が来ればすぐにでも治せそうだ。今日は授業もいいから、部屋でゆっくり休んでいなさい。怪我こそしなかったが、魔力が空な事に変わりは無い。ピナスにはから言っておこう」

「それは……いえ、お言葉に甘えさせていただきます」

「今日一日休めば、魔力も回復するだろう。すまないが、私はそろそろ執務に戻らせてもらうよ。明日の午後はいつも通り魔術の訓練でもしよう」

「はい、ありがとうございました。宜しくお願いいたします」


 軽く頭を下げて陛下を見送る。

 そういえば、今日は暇つぶしの本も無い。大丈夫だろうかとも思ったが、暴走する魔力も無いし、仮に魔力が漏れても今は体は万全だから大事ないということだろう。暇さは昨日の比ではないが。

 そういえば、眠気もすごいけどお腹すいたな。などと思っていたら丁度女中さんが食事を運んできてくれたようだった。

 食器を下げるためなのか食べている間中ずっと部屋にいるのは落ち着かないが、別段凝視してくるわけでもないし諦めなければならないだろう。というか、食事が運ばれてくるのが当たり前になっている今の状況は割とまずい気がする。慣れすぎないように気を付けなければ。




 寝すぎだと思うほどよく眠り、次の日。

 いつも通りの授業中、急に部屋の扉が大きな音を立てて開いた。

 息を荒げている訪問者は、普段僕のところに来る時のようなラフな格好ではなく、公人であることを示すための正装に身をつつんだまま、慌てた様子で口を開いた。


「ミコト、ユーカが」

「おい、落ち着け。そのままではろくなことを口にしないぞ」


 学園長にそう咎められてようやく彼女の存在に気付いたようだ。


「どうかなさいましたか、陛下」


 ユーカと聞こえた気がする。気になって仕方が無いが、何はともあれ陛下に確認をしなければならない。中途半端な情報一喜一憂するのは御免だし、仮に何かあったのだとしても、姉さんのところまで行くには陛下の許可が必要だ。

 そう思って待った答えは、確かに待ち望んだものだった。




 一週間ぶりにこの扉の前の立った。あの時はまさかこんなに陛下に親しくして頂けるとは思っても見なかったが、今はそれよりも目が覚めたという姉さんのことだ。

 どういう状態なのかいまいち想像がつかない。あの時は魔力の暴走に近い状態だったが、肉体は魔力でできているというから無傷なのだろうか。僕のあの状態でさえ二日で治ったのだから肉体的にはあまり問題なさそうだとも思うが、何しろ大精霊という生き物……生き物? がどういうものなのかよくわからない。

 先日とはまた違った緊張を抱いて、焼き直しでもするかのように恐る恐る扉を開けると――


「みーくん!」


 やはり、というべきなのだろうか。

 僕めがけて抱きついてくる姉さんは、僕の知っている「いつも」と変わらなかった。


「姉さん、大丈夫なの? さっきまで眠ってたんでしょ?」

「大丈夫だよ、人の形してるだけで、お腹すいたり筋肉衰えたりしないもん。そもそも筋肉自体が無いかも?」


 懐かしいような気持ちで引きはがしながら、いたって普通の事を尋ねたつもりだったのだが、返ってきた答えが人間離れしすぎていてぎょっとした。

 そんな僕を尻目に、姉さんは相変わらず何を考えているのかよくわからない顔のまま「あれ、でも人の動きが再現できるってことはあるのかな? 似たような何かなのかな……?」と呟きながら、自分の腕を注視しながら曲げ伸ばししている。


「でも、調子はちょっといまいちかなあ。起きたり体動かすのは大丈夫だけど、どかーんってやるのはちょっと無理かも? こんな状態で急に起きるのってちょっと初めて?」


 どかーんってやる、とは一体。

 想像はつかないこともないが、リアルに起こせるというのがそもそも考えにくい上に、今はそういうのは要らないはずだ、多分。

 つまるところ万全ではない、ということなのだろう。


「この間はみーくんに会うために頑張って起きたけど、今回は勝手に目が覚めちゃったし……何かあったの?」

「いや、特に国にも城にも問題らしい問題は起きてない。もう少し寝ててもいいぞ?」


 不思議そうに陛下に尋ねる姉さんに、陛下は軽い様子で答えた。


「ええと……?」

「俺もよくわからんが、寝ている間も完全に意識が無いってわけじゃないらしい。国の守護についてるからか何か起きれば勝手に目が覚めるようにしてるし、それ以外にも必要があればこの間みたいに短時間だけなら起きることもできるとかどうとか」

「弱ってる時は時間制限付きだけど、みーくんに会いたくて頑張っちゃいました。いぇい」

「それで怪我させたら世話ないと思うけどね?」

「私は死にかけたもん!」

「自業自得って言葉があってな」

「だって会いたかったの! しょうがないの! みーくんは間違っても死なせないし大丈夫!!」

「まず死なせるような目に遭わせるな」

「即死じゃなければなんとかなるもん」

「そういう問題じゃないよね!?」


 大精霊ねえさんの基準に合わせないで欲しい。僕は怪我もしたくないし死にかけるなんて真っ平ごめんである。既に一度死にかけたみたいだけど。


「まあ、それは目の当たりにしたからわからんでは無いけど」

「……目の当たりにした?」


 陛下が何気なく口にした言葉はけれど、姉さんには到底看過できるものでは無かったらしい。


「どういうこと? みーくんを危ない目に遭わせたの? 私が動けないからってわざわざ学園に、城の奥に閉じ込めて、存在まで隠してるのに?」


 ざわりと、音がしたのではないかと錯覚するほどの勢いで魔力が動く。暴走にも似ているが、明らかに制御されきっていた。


「ようやく本題に入れそうだな。ユーカと話してると脱線しすぎてここまでに苦労する」


 やれやれ、といった雰囲気で肩を竦める陛下。僕としてはあんまり笑えるような状況ではないのだが、陛下にとってはそうでもないらしい。

 もっとも、その笑みは余裕に溢れていると表現するには皮肉気に過ぎるものだったが。


「そういうのはいいから、質問に答えて。いくらユーリでも――」

「お前が言うのか? そうしろって言ったのに?」


 学園に入れられたのは、大精霊の意思だとは僕も聞いている。

 姉さんもそれに異論は無いのだろう。少々バツの悪そうな顔はしたが、魔力自体は衰えさせない。


「大体、ミコトが死にかけたのだって、お前のせいだろ」


 言い切らせる前に苛立ちすら孕ませて放たれたその言葉は、僕と姉さんを驚愕させるには十分だった。

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