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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第一章
23/59

八話


 目を覚ますと、城の割り当てられた寝室だった。

 部屋は薄暗い。もう日が暮れているようだった。最近はかなり早くに暮れるようになっていたから、今は五時を過ぎたくらいだろうか。日本なら真冬並みの日照時間だが、同じ冬でもここは然程気温が下がらない。氷点下まで達することはごくごく稀らしい。

 ぎしぎしと軋む体を起こそうとすると、それだけでも痛いのにいちいち皮膚がぴりぴりと痛む。それに加えて全身が異様に怠い上、上半身を起こしただけなのに眩暈に襲われた。

 暗い中目を凝らすと、着ている服が記憶にあるものと違うのに気付く。僕が持ってきたものではあるけれど、さっきまで着ていたものではない。どちらにしても城の雰囲気にはおそろしく合わない安物であることに変わりは無いけど。着替えた記憶も無いのにどういうことだろう。結び直したはずの髪もほどけている。

 いや、それ以前に、僕はどうして眠っていた? それもこんな時間に。この体の怠さと痛みはどういうことだ。

 目が慣れてきてよく見てみれば、腕にうっすらと傷がついているのが見えた。それも一つではなく、十でもきかない程の数だ。驚いて布団をめくって脚も見てみれば、そちらも同じように細かい傷が沢山ついている。切り傷のように見えるものもあるが、中には何かで穿ったような傷もあれば打ち身のようなひどい痣になっているものもある。

 わけのわからない光景に顔を歪めると、頬や唇の端まで引きつれるように痛んだ。起き上がる時の背中といい、どうやら全身、ほとんどの場所に傷があるらしい。


「起きたか、ミコト」

「陛下? こんな時間に大丈夫なの?」


 部屋の明かりを付けながら、入ってきたのに驚いた。普段ならもうとっくに執務に戻っている時間だ。ノックくらいはして欲しい気もするが、寝ていると思っていたのだろう。


「ミコトこそ大丈夫か? 怪我は少し治させてもらったけど、魔力がほとんど空だろ」

「……この怠さって、もしかしてそのせい?」

「怠い程度で済んでるのか、若いなぁ」


 いつもとそう変わらない様子で軽やかに笑ってこちらへやってくる。服装はいつもよりもしっかりとしたものだが、流石にマントも王冠もしていなかった。重そうだし、執務中はそんなものなのかもしれない。


「少し回復してるな。治療がてら、話をしよう」


 ベッドの横の小さな椅子に腰かけると、腕を出すように言われたので素直に差し出す。陛下が軽く手を触れると、そこからじんわりと魔力が全身に滲みていくいくのがわかった。


「これも魔術なの? 属性とか無さそうだけど」

「一応な、これは誰にでもできる、魔術未満のおまじないみたいなものだよ。元々魔力には再生を早めたり生命力を強化したりする働きがあるから、本人の魔力を刺激してそれを強めてる」


 言っているそばから、目に見えて傷が消え始める。剥けた表面の皮はそのままだが、細かなかさぶたが剥がれてぴりぴりしたりひきつれる感覚も薄くなっていく。ベッドの上と服の中が落ちたかさぶたで気持ち悪いことになってしまったが、ここではたきおとすわけにもいかないだろう。


「それで、何が起きたの?」

「ミコトはどこまで覚えてる?」


 質問に質問で返されたことに思うことが無いではないが、そこを話さなければ説明も難しいということくらいはわかる。


「えっと……街に行って……違法奴隷を、見てきて。帰ってきて、どうだったかって聞かれて、答えて……」


 答えて、どうしたのだったか。陛下はなんと言ったのか。

 「そこからか……」と陛下が呟くのが聞こえた。見ると、なんとも言えない顔をしている。悩むような、悔いているような、あるいは、忌々しいとでも言いたげな。


「ミコトは、魔力を暴走させた。俺が判断を誤ったせいだ」

「……どういうこと? それだけじゃよくわからないんだけど……」

「これ以上は、言えない。言うと、また魔力が暴走する可能性がある」

「話をしようって言ったのに、それだけ?」


 これだけじゃさっぱりわからない。どうして僕は魔力を暴走させるような事態になったのかがわからなければ、何もわからないも同然だ。

 魔力の暴走は、姉さんの時の様子を見ていたからわかる。あたりの物が片っ端から自壊していく光景は、現実離れしすぎていてあまりにも印象的だった。あの時姉さんの部屋の家具が質素だったのは、見た目に気を遣わなかったとか、ましてや冷遇されていたというわけではない。単純に、不安定な状態の姉さんの近くにある物がいつ壊れるかもわからなかったからなのだろう。

 僕の体があれと同じ現象に巻き込まれて怪我をしたのだろうということは、暴走させたという事実だけ聞けば十分に想像がつく。全身にくまなく傷ができるなんて自体はそうそう起こりっこないし、空っぽになった魔力という状況がそれを裏付けている。むしろ他の事が原因だと言われても納得できなかっただろう。でも問題はそこじゃない。


「今の体調でまた暴走したら、魔力が枯渇して死ぬかもしれない。条件と目的がはっきりしない以上、今危ない橋を渡るわけにはいかない。それだけでも伝えないとならなかった。体調と魔力が回復しきったら、もう一度試みる」

「……死ぬ?」


 今日は陛下の真顔をよく見る日だ、と頭のどこかで思いつつも、拾い上げたのはその単語だ。一瞬意味がわからなくて、おうむ返しのように問う。


「可能性の話だけど、無いわけじゃない。ここまで消耗してるのに元気そうにできているってことは、多分ミコトの命は優先されてるとは思う。でも、確約できない」


 ますます意味がわからない。まるでそれじゃあ、誰かが僕に何かの制限をかけているかのような――


「――ミコト!」

「わっ、な、何?」

「いいか、少なくとも、明日俺が来るまで、この事は極力考えるな。考えるだけでも危ない……かもしれない」

「いや、そんなこと言われても……かもしれないって」

「今、考えただろ? それだけで、魔力が変に動いた」


 そんな馬鹿な。

 そう一蹴できなかったのは、確かに周りに漏れだした魔力の存在を感知したからだ。昨日の今日だが、日常的な制御は早々にコツを掴んで、一度意識すればあとは惰性でほとんどできるようになった今、意識するか、余程動揺するかでもない限り魔力を漏らすことはそうそう無いはずなのに。


「俺が居れば多少の規模なら抑えられる。どうしても考えるって言うなら、今無理矢理寝かしつけて明日は朝一でマナーの勉強だ。食事中も女官に話しかけ続けてもらうし、気を散らすためにまた女装させることも辞さない」


 ふざけたことを言っているようにしか思えないが、陛下の顔は至って真面目だ。死ぬかもしれないと言われていまいち実感がわかないとはいえ、笑い飛ばせる雰囲気でもない。


「それはちょっと……」

「なら、考えるな。魔力を常に意識して、おかしいと思ったらすぐに別のことを考えろ。思い浮かばなかったら頭の中で十数えるなり素数を並べるなりして、とにかく思考を逸らせ。半日でいい、明後日にはセリア嬢を付けるようにするし、魔力も体も回復してるはずだ」


 確かに体は怠いし傷まみれだったのも事実だけど、それ以上に特におかしなところも無いのに。 

 不満が顔に出ていたのだろうか。陛下が苦々しい様子で言葉を重ねる。


「ひどい有様だったんだ。着てた服も、隣の部屋もずたずたのぼろぼろ。髪は魔力が濃いからそう傷ついてないけど、今かすり傷にしか見えない部分も自前の魔力で治ってるからそうなってるだけだ。手の傷なんかは骨まで見えてたくらいに深かったし、ようやく収まった時には血溜まりになってた。今生きてるのは、残った魔力が血液やらの働きを代用してるからであって、決して大事無かったわけじゃない」

「は、え?」

「もう一度言うぞ、今のミコトは、魔力が枯渇したら、その時点で死ぬ。失血死を防ぐために表面の傷は治ってるけど、本来なら生命を維持できるだけの血液はとうに無い。言わば半死人、そうでなきゃ魔法生物だ」


 言われたことをうまく呑み込めない。まさかそこまでのものだとは思わなかったし、そんなに深い傷だったというのも実感が湧かない。皮膚の表面がひきつれる感覚しか残っていないのだ。そして今、それさえも治りつつある。怠さだって、熱を出したのだと思えばその程度で、決して動けないほどではない。


「……魔力ってそんなに万能なの?」

「……またこう、ズレた事言い出したな……前も言ったかもしれないけど、万能じゃない。ただ、生命の維持って一点に限ればこれほど優秀なものも他に無いさ。傷を塞いで、感染を防いで、必要な栄養素を血液の代わりに循環させる、機能しない臓器に代わって酵素反応を補う。普通は魔力が足りないからそんなに大したことはできないけど、ミコトにはユーカに影響されてとんでもない容量と生産量があるから。っていうか普通、そっちよりも半死人だって方が気になるだろ」

「とりあえず生きてるならいいかなって。ずっとこうってわけでもないみたいだし、魔力が枯渇しなきゃ特に支障無いんでしょ?」

「わぁい、ミコト君スーパードライ……」

「下手に取り乱すよりいいと思う」

「否定はしないけどな。それで、どうする? なんとかなりそうか?」


 そうだった、明日の午後までの事を考えないといけない。とはいえ、一日中監視されている状態というのも気になるところではあるし、女装なんか御免だ。なんとか折衷案を出せないものかと頭を捻る。


「じゃあ、なんか宿題ちょうだい」

「宿題……また懐かしい響きだな。じゃあ、折角だからダンスを習った分だけでも極めとけ」

「ええ? 全然できる気がしないんだけど」


 今日の午前に少しだけ習ったが、姿勢を保つだけで精一杯なのだ。足運びも一応教えてはもらったものの、あの人が試しにやって見せてくれたような滑らかな動きになるのは果たしていつだろうと思うと気が遠くなる。


「だから宿題にするんだって。それに、歌うよりよほどマシだろ。リズム感は辛うじて生きてる……ってユーカに聞いた」

「姉さん……」


 確かに、音程のひどさに比べたら多少マシかもしれないけど。というか、姉さんもなんでそんなどうでもいい事をわざわざ漏らすんだ。僕の話をするにしても、もっと他に話すことあるでしょ。


「問題なさそうなら、今日はこのまま寝てほしいところなんだが」

「お腹すいた」

「あー……夕飯食べてないもんな。何か持って来させるか。あとは何かある?」

「かさぶたが気持ち悪いから、着替えたい。できればお風呂」

「俺が外で待機してるんで良ければ」

「あとシーツも結構汚れてると思うから、せめて外ではたきたい」

「取り換えさせる」

「それから」

「おう」

「……できれば、セリアさんには、言わないで」

「わかった、言わない」


 きっと、彼女が知れば怒り出す。短い付き合いではあるけど、身内に対しては過保護なくらいな彼女のことだ。これは間違いなく怒られる、という確信に近いものがあった。怒って、ぶつけようがなくていつぞやのように癇癪でも起こされたら困るし……。


「ミコトも男の子だもんな……」

「いや、そういうのじゃないけど。下手したら死にそうだし」

「えっ」

「だから言わないで」

「まってみーくん、どういうこと? え?」

「とりあえずお風呂行ってくる」

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