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一話


「マジュツ、学園……ですか」

「といっても、初等部のうちは魔術の授業など無いに等しいがな」


 歓迎の挨拶をされたかと思うと、すぐさま着替えさせられた。ごく普通のブレザータイプの制服を着ていたのだが、このままでは目立つと言われてしまったためだ。

 代わりとして持って来られたのは、白を基調とした丈夫そうな上下の揃いの服。学園、という場所を踏まえると、これがここの制服なのだろう。

 時間が惜しいので移動しながら説明すると言われ、今は先ほどまで居た部屋から出て別の建物の中に居る。

 いや、先ほどの場所は部屋というよりは小屋と言うべきだろう。扉の外はすぐに屋外だった。

 草木は緑だし空もよく知った青い色。石畳が敷かれて整備されているさまに少しほっとしてしまった。

 というのも、どうもここは……この世界は、僕からしてみれば「異世界」というものになるらしい。僕のいた世界とは違う法則で、違う文化を育んできた世界。

 僕の中の常識とかけ離れていたらどうしよう。まずは空が赤かったり緑だったりしたら、ちょっと現実逃避を始めていたかもしれないので、そういう意味で一安心した。

 ……そう、現実だ。夢の世界ではなく、現実として、僕はこの「異世界」とやらにいる。

 正直、にわかには信じがたい。否定もしないけど、夢でない確証はないし。


「そのマジュツって、なんですか? あと、さっき、セイレイ? でしたっけ。それも、聞き馴染みがないです」

「そうなのか? では、マホウといえば少しはわかりやすいか?」

「まほう……あ、魔法のこと、ですか? じゃあマジュツって魔術のこと……えっと、すみません、わかりにくいですよね」

「ああいや、気にするな。きちんと伝わっている」


 同じ音の言葉を繰り返すばかりでは、聞いてる方からすれば意味がわからないだろうに。

 微塵も気にしていない様子でフォローしてくれるのはありがたい一方、自分に非があるわけではないが申し訳なさも感じる。

 当の本人であるツインテールを揺らし半歩先を行く彼女は、今はただの歳相応の女の子にしか見えない。最初の威圧感が嘘のようだった。


「でも、それって、僕にとっては空想の中だけの、実在しない事象というか……」

「そのようだな。まあ、実際に見れば納得すると思うが」


 実際に見ないと納得できないともいえる。彼女の口ぶりからしても、それは承知の上なのだろう。

 それにしても、落ち着きすぎじゃないだろうか。他の世界から人が来たなんてなったら、もっと大騒ぎしてもよさそうなものだけど。


「精霊というのは、その魔術という現象の発動過程の要だと思ってくれればいい。授業で詳しいことは習うだろうから、今詰め込む必要はないだろう」

「そう、ですか。あの、ところで今って、どこに向かっているんですか?」

「む? そうか、説明を忘れていたな。今は講堂に向かっているところだ。丁度今日は終学期の始業式で――」

「学園長! よかったー、いらっしゃって……もう式が終わっちゃいますよぅ?」


 割り込むように、廊下の先から青い髪の女性がこちらに声をかけてきた。

 ……学園長?


「悪い、少し緊急の用件ができてな、ちょうど良かった。式が終わったら話すことがあるから、少し付き合え」

「緊急の用件……ですかー? もしかして、後ろのその子が関係あったりー?」

「その通りだ。お前に担任してもらうことになると思うが、少し事情がややこしくてな。ついでだ、式が終わるまで少し話でもしていてくれ」

「え、あの」

「はぁーい、わかりましたー。学園長は急いでくださいねー?」

「うむ、では任せた」


 そう言って、「学園長」と呼ばれた少女は僕を置いて走って行ってしまった。

 本当に置いて行かれるとは思っていなかった僕としては呆然とするほかない。右も左もわからないというのに、いいのだろうか。何かおかしなことをやらかさないか不安でしょうがない。


「それじゃあ、私達も向かいましょうかー。お名前を聞いてもいいかしらー?」

「えっと、ミコト・ヒイラギ、です……」


 距離を詰めて来る女性に思わず数歩後ずさる。


「そう、ヒイラギさんねー。私は初等部の1組の教師をしているのよぅ。短い間になるかもしれないけれど、よろしくねー?」

「は、い、よろしくお願い、します……」

「うふふ、緊張してるのかしらー? 大丈夫よぅ、むずかしいお話はしないからぁ」


 朗らかに笑う態度に僅かだが気が緩む。思うところはあるものの、これは個人的な問題だ。この人には関係ない。


「一応、始業式をのぞくくらいはしましょうかー。ちなみにヒイラギさんは、歳はいくつかわかるかしらー?」

「……十五歳です、多分」

「あら、そうなのー? 思ったより大人なのねぇ。でも、馴染めそうな歳でよかったわぁ」


 語尾が伸びるゆったりとした話し方とは裏腹に、歩を進める速度はそれなりのものだ。自然とこちらの歩調も忙しなくなる。


「あの、聞いてもいいですか?」


 あまり会話をしたい状況ではないが、どうしても気になることがありこちらから口を開いた。


「何かしらー? なんでも聞いてくれていいわよぅ?」

「その、さっきの子、学園長って、呼んでましたけど……」


 慣れない言語に対する違和感は未だ健在だ。いちいちひっかかって、未だにとぎれとぎれのおかしな言葉になってしまう。

 幸い緊張のせいと思われているのか、教師だという女性は特に気にする様子もなく、質問の内容にすんなり答えてくれた。


「あらぁ、聞いてなかったのねー。そうよぅ、あの人がこの学園の学園長なのー。学園を建てた国王陛下から直々に拝命されたそうよぅ」

「……国王陛下から?」

「そうなのよぅ、それに幼く見えるけれど、この学園の創立から十年間ずぅっと学園長をしていらっしゃってるらしくてぇ……その間ずぅっと同じお姿みたいだから、一体どういう人なのか、実は私もよく知らないのよねぇ」


 言いながら小首を傾げる女性の隣で、僕がそれ以上の疑問符で頭を一杯にしたことは言うまでもない。


「ここが講堂ー、の、裏口ねぇ。中に入ると騒ぎになっちゃうから、ちょっと覗くだけにするわよぅ?」


 重たそうな金属製の扉が、音もなくゆっくりと、少しだけ開いた。

 その向こうには――真っ白な揃いの制服に身を包んだ、大勢の生徒がいた。

 髪の色も、性別も、年齢さえもまばら。


「それでは、最後に学園長よりお言葉を頂いて式を終わります」


 講堂の中に響いたその声で、自分が呆然としていたことに気が付いた。

 コツリ、コツリという軽い足音が講堂内に響く。

 まさか、本当に。


「本日より、皆が待ち望んだであろう終学期の始まりだ」


 予想以上に大きく響く、先ほどまで相対していた声。幼げな声はどう考えてもこの場には不釣合いなはずなのに違和感を感じさせない、堂に入った話し方。


「全員何事もなく揃ったことを嬉しく思う。終学期だからと言って気を抜くなよ。無事で、学業を修められるのであれば、私からは特に言うことはない。以上だ」


 ごく短く締めて、再び軽い足音を響かせる少女……もとい、学園長。

 開けた時と同様に静かに扉を閉めると、教員の女性は「ね?」と言わんばかりの笑顔でこちらを見やったのだった。




 先ほどまでいたログハウスとはまた別の小さな部屋。応接室なのだろうか、ソファとそれに合わせた小さな卓、最低限の給湯施設だけがある部屋で、額を突き合せるようにして三人が向かい合う。


「――というわけでな」

「なるほどぅ、そういうことでしたかぁ……わかりましたー、責任をもってお預かりしますねぇ」


 とはいえ僕は大人の話を黙って聞いているだけだ。というより、「何も喋るな」と学園長に目で言われた。

 逆らう理由もないので黙って聞いていたところ、僕の処遇……というか、表向きの立場はどうやら「戦災孤児」ということになるらしい。ある人の援助で学園に通うことになったが、色々あって編入時期が遅れたのだと。

 戦争という言葉自体、僕からすれば遠すぎていまいち実感がわかない、うっかり忘れてしまわないように気を付けないと。


「授業はしばらく追い付けない部分もあるかも知れんが……元々優秀だと聞いている。ある程度の自主勉強をすれば問題ないだろう」


 日本で学生をしていた間は確かに成績は良い方ではあったが、果たしてこちらの学園では何を勉強するのだろう。内容によって自主勉強の時間がだいぶ変わりそうだ。

 そうでなくても、歴史とか魔術とか言われたら全くわからないし……。


「ほとんど説明し終えたと思うが……そうだ、一つ大事なことを忘れていたな」

「大事なこと……ですかぁ?」


 何故か悪戯気な表情でそう切り出した学園長に、僕の隣で首を傾げて問い返す先生。


「ああ、大事なことだ。なあ、ヒイラギ?」


 ニィと口の端を上げて、対面に座る僕に同意を求めて来るが、それだけではなんのことかわからず僕も首を傾げる。


「異国風の名前や顔立ちなのもあってわかりにくい部分もあるだろうが……ヒイラギは男だ。寮の案内先を間違えないように」

「……………………え?」


 ああ、なるほど。

 少し驚きながらもそう思った僕とは対照的に、先生を見れば口を半開きにした間の抜けた表情のまま固まっていた。

 まあ、見慣れた反応だ。これだけで納得してくれただけマシかもしれない。


「……学園長、よくわかりましたね」


 僕は正直、女顔である。自分で言うのもなんだがそれなりに整っている顔であるし、体格も声も歳のわりに中性的なせいで、初対面の人には必ずと言っていいほど女性と間違えられた。


「先ほども言っただろう、君の話は聞いていた・・・・・。知らなかったら私も間違えただろうな」

「聞いていた? 誰に――」


 意味ありげに語る学園長の口ぶりに違和感をおぼえ尋ねようとしたところで、鐘の音が鳴り響いた。


「さて、そろそろ教室に向かった方がいい。副担任に任せてはあるが、流石に今日中に担任が顔を見せておくべきだろう」

「へぁ、はい! えっと、行ってきますぅ?」


 耳慣れない音に何事かと思ったが、時間を知らせるための鐘。所謂チャイムだったようだ。


「ヒイラギの紹介を忘れるなよ」

「はいぃー……それじゃあ、行きましょうかぁ……?」 

「よろしく、お願いします」


 まだどことなく戸惑っているような様子の先生に若干の不安を抱きながら、これから所属することになるクラスへと向かう。

 ……気付いたらこの学園に通うことになっていたけれど、色々と大丈夫なのだろうか。

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