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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第一章
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三話


 よくよく考えてみれば、僕が呼ばれたのはイレギュラーだった、という話を聞いた時に、既にその可能性に思い至って然るべきだったのだ。

 こちらに戻る時に呼ばれたわけでないのなら、僕を呼んだ大精霊はあちらで死んでから時間が経っている人である、ということなのだから。


「みーくんだ、みーくんだぁ……やっと会えたよぅ……」


 呆然とする僕を抱きしめたままで子供のように泣きじゃくる姉さん。小学生の頃は辛うじて肩越しに向こう側が見える程度だったのに、今では頭が並ぶ。遠慮なく締めつけてくる腕が苦しくて、それがとても懐かしい。


「……久しぶり、姉さん」


 なんとかそれだけ絞り出すと、ようやく回されていた腕が離れた。


「へへ……久しぶり、みーくん。ずっと、この日を待ってたよ」


 姉さんは少し離れてから姿勢を正すと、三年前と変わらないはにかむような笑顔で言う。時間が開いたからなのか、場所が場所だからなのか。違和感は拭えないが、それでも涙腺が緩んだ。


「僕も、姉さんにもう一度だけでも、会えたらって……そう思ってた」


 話したいことも、言いたいことも沢山あるんだ。姉だったあなたに、母親代わりだったあなたに。


「一度と言わずに、これからはまた嫌ってほど会えるさ」

「陛下」

「ま、しばらくはユーカは療養だけど」


 声をかけながら、陛下が僕の両肩に手を置いた。その衝撃で我に帰って、零れる寸前だった涙が危ないところで止まる。


「とりあえずミコト、中に入れ。ユーカの魔力が漏れてえらいことになる」

「あ、うん。お邪魔します」

「汚い部屋ですがー」

「汚いというよりもむしろ殺風景だな」

「む、そーいうのはいいの!」


 確かに、かなり広い部屋の割には一面の窓ガラスが目立つくらいで、後は僕の通された部屋と同じようなソファとテーブルがあるだけだ。あの部屋とは違って別の部屋に通じる扉さえ無いせいで、生活感が無いを通り越して、殺風景と言った方がしっくりくる。

 姉さんが背を向けて部屋に入ってからようやく、違和感の正体がわかった。

 浮いてる。あと、透けてる。

 足は動くことなく宙を滑る胴体についていくだけ。靴を履いていない素足の裏がよく見えた。髪の先や服の裾、指などの末端はよく見れば向こう側が見えるほどに薄い。


「あう、やっぱり気になる?」

「え?」

「透けてるの」


 広い部屋を歩いてソファへと向かう途中に、ふと振り返った姉さんがしょぼくれた様子でそう尋ねてくる。


「気になると言えば気になるけど、なんというか、非現実的だなぁって」

「あ、みーくんあっちで生まれたんだもんね。珍しいのかー」

「ユーカ、俺が言うのも変かも知れないけど、こっち生まれだとしても、人が透けるとこなんて普通見ること無い」

「あれ? あ、そうかも?」

「かもじゃないだろ……」


 脱力した様子でソファに腰掛ける陛下。姉さんはその対面のソファにふわりと着地したが、相変わらず髪や服は空中を漂っている。もしかしたら座っているように見えるだけで、本体は浮いているのかも知れない。


「んっとね、透けちゃってるのは、ちょこーっと魔力を制御する力が足りてなくって。人の形がうまく保ててないからなの」

「人の、形?」


 僕も陛下の隣に座りながらそう聞き返す。ソファの座面はクッションのように綿がしっかり詰まっていてとても柔らかいが、僕の部屋にあるものとは違い刺繍や足への細工はされていない、とてもシンプルな物だ。


「大精霊ってほんとは人型じゃなくてもいいし、馴染んだ形ならこんなにはならないんだよ。でも今は、みーくんがわかりやすいようにってこの姿になるようにしてて。もう戻ってきて十年経つけど、まだ今みたいに具合が悪い時はこうやってぼーんやり溶けちゃうの」

「ミコトはユーカの魔力にそんなに反発しないからいいけど、これでも他の人間がこの部屋入ったら三十分が限界ってくらいに拡散してる。だから今はここは関係者以外立ち入り禁止ってわけだ」

「えっと、その体は魔力でできてるってことでいいの?」


 魔力ってそんなこともできるんだろうか。だとしたら万能すぎる、肉体を一から作るなんて。


「その通りだけど、こんな事できるのは大精霊だけだぞ? 普通の人間がやろうとしたら到底魔力が足りないし、そもそも魔術じゃ不可能だ」

「そうなんだ、びっくりした。魔術にもできない事ってあるんだね」


 魔力があればなんでもできるのだと勝手に思っていた。よく考えてみれば、なんでもできるのなら学園で習う必要も無いし、属性なんてややこしい区分も必要ない。


「そんな事ないよ? やろうと思えば!」

「そうだね、人間やめる覚悟があればね」


 呆れた顔で力なくそう返した陛下。あちらでも、姉さんの言動に振り回されてこうなる人を何度も見たものだった。僕もそっち側だったけど。


「魔術なんてできない事だらけだぞ。基本的に四つの属性から外れた事はまずできないと思っていい」

「そうなの? でも、学園にある転移陣とかは?」

「あれはユーカがいるから特別製だ。生産の目途も立てられなくはないけど、基本的にはコストに見合ったもんじゃないから没。学園にあるのは試作品を仕上げたやつで、厄介払いみたいなもんだよ」


 おとぎ話の魔法使いみたいな事も、瞬間移動も空を飛ぶこともできないってことか。ますます夢が無くなっていく。二週間後から始まる中等部の授業を楽しみにしてたのに。


「ねえみーくん、こっちに来てからはどうしてたの? 私はここで寝込んでたから全然わからなくって」

「それは俺も気になるな。ピナスに任せっきりだったし、忙しかったからよく知らない」

「どうしてたって聞かれても……普通に学園で生活してただけだよ。ちょっと騒ぎになったりはしたけど」

「その話は少し聞いたな。女の子と間違えられたんだって?」


 そこはわざと言わなかったのに。三年も経って、ましてやこっちに来てまで女の子と思われたなんて身内に知られたいものじゃない。


「みーくん、可愛いもんねー。懐かしいなあ、昔は私のお古着せたりして――」

「わああ! 姉さん! そこまで言わなくていいから!」


 昔って言っても、せいぜい五年かそこらじゃないか!


「ほーう、そう、か。それはいいことを聞いた」

「何がいいことですか。学園長とかに言わないでくださいよ。あの人、絶対面白がる」

「そうだな、確実に大笑いするだろうな。いいネタができた」

「やめてってば! 絶対!」

「そこまで言うなら言うのはやめておこう」

「言わずに書いて伝える、みたいな屁理屈もやめて」

「何も言ってないのに!」


 姉さんもくすくす笑っていないで欲しい。余計な事を言った張本人なのに。


「私がピナスちゃんに頼んで学園に入れてもらったけど、楽しい? お友達はできた?」

「うん、楽しいよ。友達も、ちゃんとできた」


 あちらと違って、とは流石に言わない。あちらでも高校に入ってからはまあ、中学の時よりは遥かにマシだったのだ。相変わらずの女顔で浮いていたのは認めざるを得ないけど。


「そういえば、セリア嬢とも仲がいいらしいな」

「セリアさんの事、知ってるの?」

「知ってるよー、だってこのお城で暮らしてるんだもん」

「……そういえば、ここに住んでるんだったっけ」

「そう、十年前の諸々で屋敷を手放したり壊れたりして……って言っても、建設自体は最近終わったんだが、ここに住まわせておいたら大精霊の研究をするには王城に生活拠点があるのは便利だしって言い始めて、なかなか出ていかない」

「ええ? それでいいの……?」


 というか、いくら何でも図太すぎる。どういう一家なんだ。


「いいか悪いかで言えば、別に悪くはないな。部屋有り余ってるし、お金出してるわけじゃないし」

「そういう問題なの?」

「大丈夫! 私が許してる、って言えば、大体の事はまかり通っちゃうから!」

「職権乱用だ……」

「それはともかく、学園の事を聞かせてくれよ」

「あー……とは言っても、本当に特に何もないんだよね。日本に居た時とあんまり変わらないし」

「魔術は? 初等部とは言え決闘騒ぎになったんだから少しくらいは使ったんだろ?」

「まあ、少しは。でもまだよくわからないし、制御っていうの? 上手く扱えないから、その時に使ったきりなんだ」


 セリアさん曰く、「見えないせいか制御が壊滅的」らしい。そんなに普段から使うものでも無さそうだし、そう問題があるようには思えない。


「そうなの? じゃあみーくん、折角だからここにいる間――」


 姉さんが話し始めた途端、不意にぞわりと全身の肌が粟立った。くつろいでいた陛下もすぐに態勢を整える。


「あぅ……時間切れかも」

「みたいだな。行くぞミコト」

「ちょっと待って、何事?」

「いいから、早く」


 急に悲し気に眉を潜めてそう呟く姉さんを尻目に、陛下は席を立ち僕の腕を引こうとした。何が起きているかわからない僕は思わずその手を振り払って立ち上がる。その拍子、テーブルの天板が鈍い音を立てて真っ二つに割れた。


「……は?」

「ユーカがまたヤバい。死にたくなかったら早いとこ部屋出るぞ。俺はもう気持ち悪い」

「ごめんね、みーくん」


 そのやり取りの間にも、姉さんが座っているソファの足が折れる。やっぱり座ってたわけじゃないのか、と宙に浮いたままの、さっきよりも姿が薄くなっている姉さんを眺めて思い、それどころではないと自分に頭の中でツッコミを入れる。


「わかった。もっと話したかったけど……またね、姉さん」

「うん、またね!」


 陛下はそれだけ見届けると、僕の腕を取って部屋の扉へと走る。部屋から出ると挨拶もせずにそのまま慌てた様子でドアを閉めた。




「あー、気持ちわる……」

「だ、大丈夫? そんなに魔力すごかったの?」


 顔を青くしてそのまま廊下に座り込む陛下を覗き込みながら、そう尋ねた。他人が魔術を使う時に動いている魔力を感じることはなんとなくできるようになったが、さっきはそういう感じは全くしなかったのだ。


「体を維持してる魔力がほどけてたから、危うく視界が利かなくなるところだった。ミコトは気付かなかったの?」

「ぞくっとする感じはあったけど……視界が利かなくなるってどういうこと?」

「どういうことって……あれだけ魔力濃かったら、何も見えなくなるだろ」


 そういえば、魔力って視認できるものだった、気がする。セリアさんに魔術を教えてもらった時に聞いた記憶がある。


「僕、魔力全然見えないみたいで。教えてもらう時に呆れられた事あるくらい」

「え、全然見えないの? さっきも何にも?」

「うん」

「それは……重症だな」

「そんなに困ること?」


 別に見えてても見えてなくても、そんなに困るものじゃない気がするんだけど。魔術を使うには不便って言われたけど、見えなくても使えるならいいかと思ってる。 


「例えば今みたいに、魔力が充満した環境で気付かないうちに倒れてるとか。魔術を使うために繊細な制御がほとんどできないし、そもそもそこまで見えないっていうのは、この世界の人間からすると有り得ないことだから。ぶっちゃけ浮く」

「陛下は見えるの?」

「俺はばっちり見えるぞ。感度が良すぎて、魔力強い人だと顔がわからんくらいによく見える」


 それはそれで困る、と思ったら、流石にある程度調節はできるらしい。


「ユーカも言ってたし、そのあたりも含めて城にいる間は訓練するか」

「訓練?」

「そう、魔力の扱いと感知の訓練。せっかく俺が時間を作るんだから少しはなんとかしてくれよ?」


 少し落ち着いたのか、勢いをつけて立ち上がりながら苦笑する陛下。歩き始めたので後を追うと、床に変に座り込んだせいか尻が埃まみれになっているのを見てしまった。


「陛下直々に? あの、他の人とかっていうのは……」

「ミコトの存在を公にできる人間が今は少ない。それこそセリア嬢でもいいけど、学園でもこっちでもお守をしてもらっちゃ悪いだろ。俺もミコトとまだまだ話したいし」

「お守って……」


 そんな言い方は無い、と思う一方で、否定できないくらいに彼女にお世話になっているのも事実である。確かに、こっちに来てまで面倒を見てもらうのは流石に気が引けた。

 それにしても、昼食の時間もずっと喋っていたのにまだ喋り足りないのか、この人。


「とりあえず、今日はもう休め。多分思ってる以上に体は魔力で負担がかかってる。夕食は部屋に運ばせるから、もうその礼服も脱いでいいぞ。明日以降の予定はその時に伝えさせる」

「わかった。それじゃ、よろしくお願いします」




「ヒイラギ様、こちらが明日の予定になります」


 夕食を届けに来てくれた女中さんが、そう言って一枚の紙を差し出した。

 目を通すと、魔術の訓練のタイムスケジュール……だけではなく、貴族のマナー講座やら、ダンスレッスンの予定まである。そんなの聞いてない、確かに時間が空いても暇だけど。

 そしてもう一つ不可解なのは、それぞれの予定の下に知らない言語で一行ずつ書いてある文章があったことだ。

 ひとつひとつはそう長くないし、恐らく予定表の訳語なんだろうとは思うけど……まさかこの言葉も覚えなきゃならないんだろうか。だとしたら、二週間でできることじゃ無いですよ、陛下。

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