十四話
蛍光ブルーの怪しげな液体を勧められたりしながら、一通りの説明を受ける。
物を作ることに関してはかなり広範囲に定義しているらしい。鍛冶、薬学、先ほどの造園も含むし、機械や細工物。自主的に物作りをしているのは高等科からで、中等部では基礎を固める。
中でも目玉と呼べそうなものは、魔術を利用した道具の制作だろうということだ。まだ技術自体が非常に新しく、学べるところは大陸中を探してもこの学園だけだろう、と。
研究科と共同で作業をすることも多いらしい。ちなみに、今回研究科を見学する予定はない。
「私個人としては、ここが魔術の学園である以上、本来であれば魔術に関連しないものは高等部でする必要は無いと思っているんだけれどね」
「誰もがお前のように、道を見つけやすい立場にいるわけではない。ここはそういうやつらへの手助けをする場所でもあるからな」
「わかっていますよ、学園長」
学園長の苦言に肩を竦めて返すレンカさんは、本人の弁を裏付けるように魔術や魔力に関する製薬をしているらしい。勧められた液体もその一環ということだが、申し訳ないが得体の知れない物体を口にする無謀さは持ち合わせていないため丁重にお断りした。
「まあ、面白くなるのは高等部に入ってからだが……君に関しては、物作りに興味が無くとも、中等部の授業だけでも取っておいて損はないと思うよ」
「僕に関しては……ですか?」
「中等部での採取授業では、基本的な毒物と対処法も学べるからね。いずれ王宮に出入りするようになる身分なのだし、あまりこういうことは言いたくはないけれど知識はあった方がいいだろう」
「……すみません、間がまるっと抜けていてよくわからないんですが」
いや、正確に言うならなんとなくの予想のようなものはつかなくもないんだけど、わかりたくないというか。
きちんとわかるように話して欲しいような、いややっぱこのまま知らないままでいたいような。
「ええと、そうだね。つまり、君をこちらに呼んだ大精霊と、陛下を呼んだ大精霊は同じ方、国の大精霊様で」
「……時期が合わないのでは?」
「どうも、かなり強引な手段を使ったみたいでね。まぁそういうわけだから、大精霊様も陛下も君のことを大層気にかけていらっしゃるし、大精霊様に呼ばれた人を市井に野放しにするわけにもいかないからね。嫌でも王宮に拠点を置いてもらうことになると思うよ」
「一つも聞いてないんですが?!」
思わず叫んで学園長を振り返ると、当の本人は堰が切れたように笑い始めた。
「……相変わらず、人が悪いお方だ」
「このくらいならば、可愛いものだと思いますけれど」
「っていうか、そちらの二人にも聞きたいんですけど!」
セリアさんとレンカさん。二人が並ぶと光源もないのにやたらと眩しく見える。よく見れば目鼻立ちも似ていて、姓も同じバルシア。つまり――
「私のことなら、お察しの通りセリアの兄だよ。ついでに陛下のご友人でもあり、次期バルシア家当主でもある」
「お兄様は変人だけれど、頭の良さと口の堅さなら保証するわ。安心しなさい」
「僕が問題にしたいのはそこじゃない」
「くふっ、まだまだあるぞ? 頃合いもいいし、まずは手始めに改めて私の自己紹介といこうか」
笑いの残滓を残したまま、学園長が改めてこちらに向き合う。
「私の名前はピナス・ラワ=ホーリー、ピナスが名で……旧ヴァーレンシア王国を斃した現ホーリー王国の国主であるユーリ・ホーリーの妻……早い話が、この国の王妃だ。あまり無礼をはたらくなよ」
ニヤリと笑った学園長の正体によって頭がオーバーヒートし、
「それで、私たち兄妹はその旧ヴァーレンシア王国時代の王族だ。そして大精霊の研究を担うという大義名分のもと、陛下の温情と政治的判断によって、名と身分を落とし生存を命じられた。今は王宮に世話になっているよ」
「……すみません、ちょっと待ってもらっていいですか」
「うん? どうしたんだい?」
「いえ……ちょっと、頭が……追い付かない……」
続けるように放たれたレンカさんとセリアさんの身の上話に、ついに僕の頭は思考を放棄した。
「えーっと、つまり」
「立ったままもなんだし」と出された椅子にありがたく腰掛け、色々と尋ねながら情報を整理すること数分。
「元々このあたりはヴァーレンシアっていう大精霊に守護された国で、セリアさんとレンカさんは当時の王族」
「厳密には、大公家の者だったけれどね。大公っていうのは、王族とかが継承権を放棄したりした場合に賜る爵位のことよ。父上はずっと前に継承権を放棄されて、叔父様が国王として国を治めてらしたわ」
「叔父上はお子に恵まれなかったから、例外的に私たちも継承権を持ってはいたけれどね」
「つまり、セリアさんはいわゆるお姫様だし、レンカさんは王子様?」
「……ええ、まあ、「元」は付くけれど。別に大した話じゃないわ、この国の人なら誰でも知っている話よ」
「それで……えっと、圧政とか、国の柱だった大精霊の不在とかが原因で十年前に革命が起きて、その首謀者の出身地が僕と同じで、呼んだ大精霊も同じで、今の国王陛下」
「革命は実質、陛下が一人で成し遂げられたようなものだけれどね」
「で、学園長はその奥さんで、王妃様」
「そうだな。元々の身分は侯爵家の長女だ」
この人にも何かあるんだろうな、とはそりゃ漠然と思っていたけれど。こんな外見年齢で学園長やってるわけだし。
それにしたって、まさかの王妃様。
既に十分無礼を重ねている気がする。
「で、その時にセリアさんたちは……処刑、されずに、バルシア家として存続してる」
前王家……国王と王妃、それから……セリアさんたちの父親であった王弟の計三人は、革命の際に処刑された、らしい。
レンカさんの口から、はっきりと聞いた。
「旧王家は元々、大精霊の研究をする一族でもあったからね」
「王宮は昔のものをそのまま使っていて、まだ資料の類は大部分がそちらなのよ。私達の屋敷も一度取り壊されているから、そのまま王宮で世話になっているわ」
先ほどと変わらずなんでもないような顔で言う二人。
言い淀んだりする方が意識させてしまいそうでよくないと、頭ではわかっている。もう十年も経っているのだし、気持ちの整理くらいとっくについているのだろう。
けれど父親が、それも血の繋がりがあったからなんて理由で。
「おおよそ事情は理解できたみたいだね。私としては、学園長がもう少し話しているかと思っていたのだけれど」
「仮にも学園長だぞ、一生徒にばかり時間を割けるほど暇ではない。あまり特別扱いして、こいつが浮いてしまっても良くないだろうしな」
「それだけですか?」
「正直、面倒だった。面白いものも見られそうだったしな」
「そんな……」
レンカさんの追求にしれっと答える学園長に、思わず脱力する。
話の重みのわりに態度が軽いせいで、どんな反応をすればいいのかわからなくなっているところにこれだ。
「それで、今日ミコト君に来てもらったのは、授業の見学と事情の説明以外にもう一つ理由があってね」
「はぁ……」
気を抜けた返事をした僕に向かって、一通の封筒が差し出される。
「……これは?」
「開けてみればわかると思うけれど、陛下からの招待状……というより、召喚状だね」
「召喚状」
「うん、陛下の方も落ち着いてきて時間が取れるようになったみたいだから、城に来て欲しいという話だよ」
「城」
「大精霊様の方も、そろそろ会えるんじゃないかという話でね。そちらはちょっと不確定みたいだけれど」
「大精霊」
「詳しい話はまた後日学園長経由で聞けると思うから、そのつもりで頼むよ。あぁ、一応登城することになるわけだから、付け焼刃でも作法は身に着けておいた方がいいだろうね」
「作法」
「うん、それじゃあ今日はこのあたりで。頑張ってね」
馴染みのない単語を反芻するだけになっていた僕を意にも介さず、レンカさんはキラキラと効果音の付きそうな笑みと共にそう締めくくった。
彼の隣にいたセリアさんの憐むような目が、ちょっと忘れられそうにない。