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十話


「そういやミコトって、ここ来てから学園から出た事あったっけ?」


 ある日の休日、朝食中にセドがそう切り出してきた。


「無いけど……出られるの?」

「そりゃまあ……閉じ込められてたり隔離されてたりするわけじゃあるまいし」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。全寮制となると出るのに抵抗があったし、大抵の事は校内で事足りるから必要性を感じなかったから気にならなかったけど。


「今日はお嬢達も誘って街に出る予定なんだけど、ミコトもどう? 案内されがてら遊びに行かない?」

「あー……行って構わないなら、行きたいところではあるんだけど……」

「けど?」


 急な話ではあるが、悪くはない。学園に篭っていてもどうしようもなく時間を持て余すし、街、それも異世界のともなれば俄然興味は出てくる。

 出てくるのだが、しかし。

 一つ、重大な問題があった。


「僕、いきなり学園に放り込まれたせいで制服しか服持ってないんだよね」


 セドを見れば今日は私服だ。ヒューは惰眠を貪っていたので部屋に置いてきたが、このぶんだと恐らく彼も私服だろう。

 校内では上級生の中には授業のある人もいるらしく休日でも制服を着ていて浮くことはないが、流石に校外に出るとなればそうもいかない。


「……ついでに買おう、な?」

「残念ながら、まだ現金も持ってないんだ」


 ついでに言うなら、どんな貨幣が流通しているのかもわかっていない。


「ミコト君今日までどうやって生活してたの?」

「いやだって……校内で三食出るし」


 僕だってどうかとは思ってるんだ。だからその哀れむような顔をやめて欲しい。




 外出手続きを教わりながら聞いたところによると、この魔術学園はもともとあった街にできたわけではないらしい。

 国内の辺境の空き地に学園を最初に作り、結果的にその周りにへばりつくように学園都市とでも呼ぶべきコミュニティが形成されたのだとか。

 国の中心地からの便もあまり良いとは言えず、まだ歴史の浅い都市なこともあり、住人のほとんどが商売人らしい。そのせいか小さな子供や老人は街中でも滅多に見かけることはないそうだ。

 実際、小一時間ほどあちらこちら歩き回ることとなったが、その間そのくらいの歳の人はどちらも見ることはなかった。

 女子三人組に付き合っていくつかの店を冷かしつつ、街のおおまかな造りを聞きながら連れられて来たのは、学園から少し離れたところにある食事処。

 セドはティラミス、ヒューは巨大パフェ、セリアさんはフルーツケーキ、ルチルさんはチーズケーキでルチアさんはプリンと、思い思いのスイーツを目の前に無言で食べ進めている。僕はルチアさんが悩みに悩んだ挙句一口差し出すことになったショートケーキの残りだ。ちなみに現在も熱い視線を隣の席から感じるので、最悪僕の方が一口しか食べられない可能性がある。

 ……繰り返すが、甘味処やカフェではなく、食事処である。

 久々にルチルさんも揃ったのは嬉しいが、時間帯も外しているとはいえ六人全員が揃ってデザートメニューを頼んだせいか、店員さんも若干怪訝そうな顔をしていた。申し訳ない。


「今日はこの後どうするの? どこに行くとか何するとか、全然聞いてないんだけど」

「んー……とりあえずミコト君の服は急務としてー」


 口元に人差し指をあてて思案するのはルチアさんだ。

 案の定他のみんなが私服の中、僕だけいつもの制服である。思ったよりも制服で出歩く人がいないわけではないようなのだけれど、見事なまでに真っ白なものだから目立つのは否めない。


「あとは……武器屋さんとか?」


 長いツインテールをさらりと揺らして、首を小さく傾けながら続けられた言葉に、思わず目を丸くした。


「……武器屋?」




 金臭い匂いと、どこかから聞こえる金属を叩く甲高い音。そして、目の前には現実で見ることなどまず無いだろうと思っていた大量の刃物が並んでいる。

 その状況に興奮してしまうのは……まあ、わかる。とてもわかるがしかし――


「なあミコト、これ、これすごくない?」

「……それって持ち上げられるの?」

「頑張れば多分!」


 持ち上げるにも頑張らなければならないなら、振ることなど到底できないのではないか。

 身の丈程もある分厚い刃の両手剣を指差してはしゃぐセドに、内心でだけツッコミを入れる。


「……や、流石に冗談だって」


 どうも顔に出ていたらしい。

 「っていうかこんなの使える奴居ないだろ」と、ぼそりと呟くのが聞こえた。同感だ、僕なんか普通のサイズのものであっても振れる気がしない。

 僕の普段着を古着屋で数着適当に買ってから来たのは、この学園都市の中でもかなりの在庫数を誇るというこの武器屋。……いや、防具もあるから武具屋と言った方がいいんだろうか?

 どれくらいの価値があるとか、実用性は、なんていうのはわからないがなるほど、確かに物凄い数だ。僕にはさっぱり使い方のわからない物や、さっきの両手剣のような使い手がいるのか怪しいようなものもちらちらと混ざっている。


「ミコトは結局どうする? 俺とヒューは剣術とるから必要だけど、別にそうじゃないならすぐには要らないとは思うよ」

「ん……まだ悩んでるけどね。とりあえず見ておいても損は無いでしょ?」


 何故こんなところにいるのかというと、来年度から始まるという選択授業のために、だ。

 この学園は基礎が初等部の一年間だけ。普通学校で習うものと、魔術の一般常識レベルの基本だけしか勉強しない。

 魔術の勉強は主に中等部の四年間で行われるらしいのだ。が、まさか魔術の学園とはいえ丸一日中魔術の授業をやるわけにもいかない。魔力量や場所にも限りがある。

 そこで出てくるのが、この選択授業だった。

 あちらの世界でもよくある事だ。珍しい事ではない。が、その内容は腐っても魔術学園というか……そういえば異世界だったなぁと思わせるものだった。

 まず、大きく三つに分かれる。

 一つは剣術を代表として、戦術、戦闘特化魔術などに分かれる戦闘系。

 大体の生徒が戦闘系のどれかはとるため、定員も多い。セドやヒューも例外ではなく、今日中に得物にある程度目星をつけておくつもりらしい。

 二つめは薬学を主としていて、その他では製鉄や精霊石というものの加工を習うらしい制作系。

 最後に研究系なのだが……一応新しい魔術の開発や魔術そのものの理論に関する研究などをしているようではあるが、性質上その内容が表に出ること自体少ないらしく、あまり話を聞かない。

 他の生徒は疾うに決定済み、僕は遅れての編入ということでまだ書類を提出していない。期限はほんの数日後まで迫っている。


「選択授業もまだ決めてないんだっけ?」

「う……なんとなく、想像つかなくて」

「ミコトは戦闘系は向いてなさそうだしなぁ」

「それを言ったら、セド達もあんまり向いてるようには見えないんだけどね」


 体格は二人とも悪くないとは思うが、方や天然の入ったお人よし、方や年中寝太郎といった有様のせいで剣を振り回すようなイメージがまったく無い。

 ちなみにセリアさん達女子組は、他の階で魔術用の道具を見に行っている。


「授業で取らないにしても、護身用に何か買っておくのは悪くないと思うけどな。ミコト、女の子と間違えられるだろうし」

「……護身用なら魔術でなんとかならないかな」

「抑止力としてなら、武器を持っておいた方がいいだろう。女性に見えても、反撃される危険性があると相手に思わせるだけでも意味がある」

「……二人して同じような前提で喋らないでよ」


 それなりに共同生活をしてきた二人にさえそう言われると、いよいよ何も言い返せなくなってくる。そんなに女の子らしいつもりは無かったのだけど、ここに来てまた寄ってきているとでもいうのだろうか。




『ミコト・ヒイラギは居るな? 明日の朝、学園長室に来い』

「……ミコト、何したの?」


 数日後

 寮に帰ってくるなり、寮全体に聞こえる放送で呼びつけられた。学園長の声久々に聞いたなー、などと一旦現実逃避を始める頭をなんとか現実に引き戻し、困惑の表情でこちらを見つめるセドに答える。


「特に心当たりは……あ」


 まさか。いやでも、それだけで呼び出すなんてことは……。


「どうした?」

「えっと……選択授業、まだ決められてなくて……」

「……提出期限、昨日って言ってなかった?」

「そう、だけど。まさかいきなり学園長から呼び出しがあるとは……」

「書類関係は基本的には学園長が処理してるって噂だからな……ま、頑張れ」

「ぐ……行ってきます……」




 朝から憂鬱ではあるが、無視するわけにもいかないだろう。ルールを守れなかったのはこちらの方だ、仕方がない。

 学園長室は、僕がこの世界に来た時にいたあの部屋……というか、小屋でいいらしい。


「失礼します」


 あの時以来で場所が怪しかったが無事に辿り着き、柔らかな質感の木製の扉をノックする。入室を促されるのかと思えば、突然扉が開いた。


「おはよう、ヒイラギ。説明をするから、一度中へ」

「おはよう、ございます……?」


 思っていたよりも数段深刻そうな表情で迎え入れられて、思わず疑問符を浮かべる。

 促されるままに少し懐かしくさえ感じる室内へと入り、来客用のソファに腰かけた。


「さて、どこから話せばいいものか……」


 学園長も対面のソファに座ったものの、そう言ったきり難しい顔で黙り込んでしまう。


「ええと、選択授業のこと……ですよね?」

「む?」

「あれ?」


 てっきりそうだと思って来たんだけど。この反応を見るに、どうも全く違う用件のようだ。


「ああいや、それも勿論あるんだが……もうそろそろ、入学して一月は経つだろう」

「えっと……そうですね、言われてみればそれくらいは」


 最初の頃はあれこれ目新しく思ったが、既にもう色々なことに慣れを感じてきている。魔術も見かける機会も多くはないが少ないというほどでもなく、日常の光景の一部となっていた。


「生活の方は落ち着いてきたようだし、流石にそろそろ、色々気になっているだろうと思ってな。説明をしてやろうと思ったのだが……」

「はあ……」

「……どうして当事者のお前がそう、あまり気にしていない」

「そう言われても、なんのことなのか全くわからないんですが……」


 非常に不愉快そうに、地を這うかのような声音で問われるが、あいにくそれだけでは何の説明なのかも全くわからない。

 ……いや、不愉快というか、呆れられているのだろうか、これは。

 眉間のしわを伸ばすように額に指を当て、深々とため息をつく幼女の姿に少しばかり申し訳ないような気持ちになる。が、わからないものはわからないのだ……と、思ったのだけれど。



「……突然異世界に来ることになったのに、その理由も、現在の状況も、気にならないとでも?」



 その言葉に、静かに息を呑んだ。

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