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金糸雀は舞踏会で嗤われる (2)

その中心に立っていたのが、マオ側妃だった。


王族全員が舞踏会へ出席したが、ソロモン王太子夫妻は早々に退席した。

主賓が長居をすれば、誰を優先して挨拶すべきかで客たちが混乱する――という名目だった。


宴が最高潮に達した頃、マオ側妃が余興を始めた。


彼女が中央へ連れ出したのは、一人の痩せた奴隷少年だった。


それ自体は、ディマンでは珍しいことではない。


奴隷制廃止へ向けて改革を進めるリタール王国とは違い、ディマンでは奴隷制度は禁止されていない。

さらに華唐国では、奴隷所有が正式に認められている。


美しい奴隷を着飾らせ、宴席へ連れてくることは、一種の洗練された趣味として受け入れられていた。


だからこそ、賢い外国人客たちは、差し出される飲食物に慎重だった。

市場では、異国人奴隷は高値で売れるのだから。


少年の髪は意図的に短く切り揃えられていた。


その顔を見た瞬間、会場の空気が変わる。


客たちは扇やハンカチで口元を隠した。

驚愕の声を漏らさぬために。


その少年は、ハントによく似ていた。


白金色の髪。

澄んだ青い瞳。

痩せ細ってはいたが、頬に肉がつけば、親族と誤解されてもおかしくないほど似ている。


しかも彼が着せられているのは、リタール外交官の制服を模した濃紺の礼装だった。


リタール使節団の面々は青ざめた。


だが抗議はできない。


ブロンティ公爵の交渉により、リタール王国は華唐文化学院へ唯一留学生を送れる外国国家となっていた。

ここでマオ側妃を怒らせれば、その特権を失いかねない。


「この子、とても朗読が上手なのです」


マオ側妃は優雅に微笑んだ。


「最近、とても面白い恋愛小説を手に入れましたの。ぜひ皆様にも楽しんでいただきたくて」


侍女が少年へ本を手渡す。


表紙には、こう書かれていた。


『悲しき側妃と愚かな外交官 ――禁断の恋はどこへ向かうのか』


少年は本を開き、朗読を始めた。


低く甘い声だった。

木琴を思わせる、耳に残る声音。


物語は、帝国へ嫁いだ側妃と、外交官として訪れた昔の恋人の再会を描いていた。


喫茶店。

運河。

午後の紅茶。


そこで交わされる台詞は、ハントとヴィクトリアが実際に語った内容そのものだった。


直接的な描写は何もない。

指一本触れ合わない。


それなのに、行間からは、互いを忘れられぬ執着と未練が滲み出ていた。


客たちはヴィクトリアを見ながら、露骨に囁き始める。


ヴィクトリア付きの侍女が退席を促したが、彼女はその手を振り払った。


唇を引き結び、誇り高く顎を上げ続ける。

だが震える指先だけが、彼女の崩壊を物語っていた。


朗読が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。


「素晴らしい声でしょう?」


マオ側妃はヴィクトリアへ微笑みかける。


その笑みは、毒蛇のようだった。


「第一側妃様は宮中でお寂しい思いをされているとか。でしたら、この子を差し上げましょうか?」


会場に低い笑い声が広がる。


「目にも耳にも、きっとご満足いただけますわ。まあ……それ以上の満足は難しいでしょうけれど」


ヴィクトリアの唇から血が滲んだ。


「私たち側妃は、殿下と王太子妃殿下へ尽くすべき存在。過去の恋だの、青春の思い出だのに溺れるべきではありませんものね?」


マオ側妃はわざとらしく溜息を吐く。


「……もっとも、昔の男に縋りたくなる気持ちも分かりますわ。異国で独りぼっちですもの」


ヴィクトリアは耐え切れず前へ出た。


だが次の瞬間。


彼女は突然膝をつき、激しく嘔吐した。


会場が騒然となる。


やがて駆けつけた宮廷医師たちによって、ヴィクトリアの懐妊が告げられた。


舞踏会は慌ただしく終幕した。


混乱の中でハントは仲間とはぐれ、王宮の迷宮庭園へ迷い込んでしまう。


出口を探して彷徨っていた彼は、男女の激しい口論を耳にした。


「ヴィクトリアの子に何かあれば、お前を許さない!」


ソロモン王太子だった。


いつもの優雅さは消え失せ、顔は怒りで歪んでいる。


対するマオ側妃は、冷ややかに笑った。


「まあ。今さら責任転嫁するの? あれを企てたのは殿下でしょう?」


「私は、あいつを孤立させたかっただけだ!」


「ええ、ええ。学院時代の恋人と引き離し、頼れる相手を殿下だけにしたかった。実に愛情深いお考えですこと」


「妊娠しているなど知らなかった!」


「私だって知りませんわ」


マオ側妃の声は氷のように冷たい。


「ですが殿下。私に宮廷を切り盛りさせ、父の金も使いたいのでしたら……そろそろ第一側妃を誰にするべきか、お考え直してはいかが?」


「黙れ」


「金糸雀のように泣くだけの女より、役に立つ女を傍へ置いた方が賢明ですわ」


ハントは、それ以上聞いていられなかった。


足音を殺し、反対方向へ逃げる。


ようやく迷宮庭園を抜け、使節団宿舎へ戻った頃には、夜は更けていた。


だが宿舎の大広間には、全員が揃っていた。


大使も。

同僚たちも。


まるで彼を待ち構えていたかのように。


大使はハントを見るなり、深々と溜息を吐いた。


「ヘクトール伯爵……ディマン王室より、あなた宛てに贈り物が届いています」


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