幼馴染ではダメな理由を考えてみた件
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「最近幸運のお守りを探してるらしいわよ、リク君」
「そうですか」
ミーナは焼きたての黒パンが入った籠を机に置きながら、できるだけ温度のない声で返した。
上階が宿屋になっている食堂の戸が開閉するたびに、朝の冷たい風と一緒に近所のさざめきも入り込んでくる。
盆に乗せた当店自慢の野菜スープからふんわりいい香りが漂った。
いつもの店内、いつもの朝の時間、いつもの客、いつものメニュー。
しかし話題の中心にいるのがまたしても私の幼馴染であることには、うんざりする。
ここで過剰に反応すると相手の思うつぼだ。
頭では分かっている。
分かっていても、エレンおばさまの「うふふ」が今日も良い具合に神経を逆なでする。
エレンおばさまは、うちの食堂の常連だ。
子どもは一人いるが隣町の家具職人の店に住み込みで修行中だし、旦那さんも出稼ぎで町を離れがち。
一人の日はうちで朝ごはんを食べて、昼前まで近所の情報網として奥様がたと語り合い、夕方にはまた別の店で情報を放流する。
人間というより風の精霊に近い気がする。
「いいわねぇ、誕生日のためにわざわざレアモンスターを狩りに行く幼馴染がいて」
「全く、要らないんですけどね」
全くの部分に、少しだけ力が入ってしまった。
しまった、と思った時には遅く、エレンおばさまの口角がにゅるっと上がる。
「まぁまぁ、照れなくても」
「照れてません」
「はいはい、若いっていいわねぇ」
「若くなくても勝手に言うでしょ」
「そうねぇ」
負けた……会話の主導権が強すぎる。
ふぅ、と小さく息を吐く。
接客は笑顔が大事、常連のお客様は大事にしなさい、母にそう教わってきた。
分かっているのに近所の人が相手だと、つい本音が出る。
まだまだ修行が足りないな、と平常心を会話術を鍛える方法を模索しながら席を離れた。
ミーナは空いたテーブルを拭きながら、先ほど聞いたばかりのリクの顔を思い浮かべた。
私と幼馴染は家も産まれた時期も近く、両親同士の仲も悪くないという、テンプレのような関係である。
十二歳で冒険者見習いになり、もうすぐ三年。
仕事は真面目だし、困っている人を放っておけない性格。
優しいし、嘘も苦手だし、整っているとまでは言わないが外見だって悪くない。
なんだかんだで悪いやつではないのだ……ないのだが。
周囲に期待されるような関係の話になると、息が詰まりそうになる。
そんな幼馴染は最近、冒険者の間で噂の「幸運のお守り」を探しているらしい。
お守りの正体はグリーンスライムの魔石らしい。
街道から少しだけ離れた湿原に現れるグリーンスライムは、子供が棒で目いっぱい殴るだけで倒せるほど弱い。
ただしめちゃくちゃ動きが速いので、その殴ることが難しい。
おまけにびっくりするほど柔軟な体をしているらしく、罠に捕まえたと思ってもすぐに隙間から逃げ出してしまうのだとか。
さっきエレンおばさまはレアモンスターと言っていたが、少し違う。
グリーンスライム自体は珍しくないが、グリーンスライムを倒して得られる魔石は珍しいので、正しくはレアアイテムだ。
魔石を入手できた時点で運に恵まれたと言えよう。
そしてその人が別の幸運を得られたとする。
これで「幸運のお守り」の下地が作成される。
そうすると、たとえ次に運に恵まれた人が出るまで十年経っていたとしても「そう言えば前にも……!」と勝手に話は膨れ上がる。
いつの間にやら、持っていると幸運に恵まれる、とまことしやかな噂の完成だ。
そういう噂のあるレアアイテムを幼馴染は探しているのだ。
……誕生日に、私に渡すために。
非常に、ひっっっじょーーうに申し訳ないのだが、正直、彼は恋愛対象ではない。
恋愛対象ですらない相手が、自分のために危険を冒してモンスター狩りに出向いているというのは、喜ぶより先に困る。
しかもグリーンスライムの魔石は珍しいためそこそこの高級品だ。
受け取れば変な期待を持たせる。
断れば空気が重い。
……どっちに転ぶにしても、想像だけで胃が痛い。
どうにかしてこの話を穏便に終わらせられないか、ミーナは頭を悩ませる。
そして考えても考えても、結論は同じ場所に戻ってくるのだ。
やっぱり、ない。
彼と結婚する未来はありえない。
幼馴染ではダメな理由を考えると、色々と気になるところが出てくるのだ。
──理由その1
『簡単にしょげて、慰めてオーラを出してくる』
たとえば先月、町外れの草原でスライム捕獲の訓練をしていたことがあった。
出発前のリクは新しく買った捕獲網をぶんぶん振り回しながら、
「今日は絶対いける。昨日、寝る前にイメトレしたから」
とか言って、謎に自信満々だった。
結果は惨敗。
一匹目は足を滑らせ、二匹目は網を木に引っかけ、三匹目では勢い余って顔から転んだ。
最後のグリーンスライムは、転げたリクの周りをぴょんぴょんと軽快に跳ねてから逃げていったらしい。
スライムにまで「はい残念」という顔をされる始末。
で、帰ってきた後だ。
夜の営業前の宿屋周辺を清掃していたミーナの前に現れたリクは、しおしおの葉っぱみたいな顔でこう言うのだ。
「はぁ……俺って、冒険者向いてないのかな……」
「そんな日もあるでしょ」
「俺、頑張ってるのに……」
「うん」
「ミーナなら、俺の気持ち分かってくれると思ってた……」
その言い方、その目、その今にも「よしよしして」の文字が見えそうな空気。
いいか? 私はお前のママではない。
思わず口から出かかった言葉を飲み込み、代わりに食堂で汲んできた水のカップを渡した。
素直に飲み終んだ後も、彼はまだちらちらこちらを見ている。
励ましの追加を待っている顔だった。
勿論この日が初めてではない。
小型コウモリに逃げられた日も、薬草採取の依頼で泥だらけになった日も、だいたい同じ流れで「慰め待ち」が発生する。
落ち込むのは勝手だ。
失敗して凹むのも悪いことではないし、真面目な証拠だと思う。
でも、毎回私に回復係を求めてくるのは違う。
幼馴染としての優しさを都合の良い休憩所扱いされていたら、こちらの気力が先に尽きるのは仕方ないでしょう?
といっそ誰かに愚痴りたいが、そうすると冷たいやら何やら言われるのは目に見えているので、こちらの言葉もぐっと飲み込む。
客商売に悪評は致命的だもの。
──理由その2
『簡単に調子に乗る上に、調子の乗り方がうざい』
リクは落ち込むのが早いのだが、実は立ち直りも早い。
その点は長所と言えるかもしれないが、要は感情の起伏が激しいタイプなのだろう。
だから何かいいことがあった途端に急角度で機嫌が天井まで飛んでいく。
先週、グリーンスライムの魔石をひとつ手に入れた時のリクはまさにそれだった。
魔石は確かに珍しいし、それなりの値段で売れる。
とは言え何百人に一人だとか、何年に一つなんて希少品ではない。
この町の中だけでも何人も所持しているし、ベテランなど収入源として定期的に仕入れてくるほどだ。
やや珍しい嗜好品といったところだろうか。
なのに、彼は朝から晩まで言い続けた。
「やっぱ俺、やればできるタイプなんだよな。知ってた。さすが俺」
市場で言い、鍛冶屋で言い、うちの店で夕飯を食べる前と最中と後と、さらに帰り際もわざわざ近づいてきて言うのだ。
「いやー、才能って怖いわ」
「ミーナにも見せたかったわー! あのカット。完璧な網さばき」
「俺の中の冒険者が目覚めたわ」
ちなみにその「完璧な網さばき」とやらは、後で他の冒険者から聞いたところ、別の人から逃げたグリーンスライムがたまたまリクの足元に転がってきただけらしい。
偶然でも取れたのは事実だ。
でも主語が大きいし、とにかくしつこい。
さらにうざいのが、調子に乗っている時だけ語尾が軽いことだ。
普段は「うん」「そうだな」みたいな普通の話し方なのに、浮かれている時だけ「〜っしょ」「〜だわ」「w」が特に増える。
途端に言葉が耳をすり抜けていきそうになるため、無駄に集中力を必要とする。
耳も脳も酷使する羽目になり散々だ。
私は基本的に人の成功を喜びたいタイプだ。
相手が頑張っていたのを知っているから、成果の大小は棚上げで、とにかく祝福したい派である。
それでも同じ自慢を一日に九回も聞かされると、祝福の感情は摩耗していく。
最後の方は、魔石より私の忍耐力の方がレアだと思った。
──理由その3
『相手の父親がうざい』
正直、これだけで一日語れる。
リクのお父さんことロウさんは息子同様、悪い人ではない。
腕のいい大工で、町の橋の修繕も手伝っているし困っている家には道具を貸してくれたりもする。
人柄だけ見れば「良い大人」だ。
ただし息子の恋愛話が絡むと、まるで別人格になる。
もともとロウさんは、リクが冒険者になるのに反対していた。
危ない仕事はダメだ、怪我したらどうする、町で働け。
何度もそう言っていたのを私は知っているし、親子喧嘩を見たのも片手どころじゃない。
なのに最近、私を見ると開口一番これだ。
「ミーナちゃん、リクのこと頼んだぞ!」
「何をですか」
「いやいや、分かってるくせに。若い二人のことは、見れば分かるからな!」
私には何ひとつ分からない。
親子喧嘩の過程でどんな話をしたのかとかも、知りたくない。
さらに困るのは、勝手に両想い前提で話を進めてくるところだ。
この前なんてうちの食堂でパンをかじりながら、
「式は春がいいな、春」
などと言い出したので、私は水差しを持ったまま固まった。
「式って何の式ですか」
「決まってるだろ、結婚式だよ」
「誰と誰のですか」
「いやだなぁ、照れなくていいって」
まったく照れてない。
しいて言うなら恐怖を感じている。
付き合っていることを前提で、リク本人が言うならまだ分かる。
本人ですら話していない虚構の未来を、親が先に既定路線にするのは本当にやめてほしい。
リクが背中を押されるのではなく、私が壁際に追い詰められている気分だ。
しかもこの人、私が曖昧に笑って流すと「ほら見ろ! 否定しない!」などと都合よく解釈する。
ただの接客業の防御反応であり、断じて違うと理解してほしい。
これはもう完全にアウトでいいと思う。
虚偽に満ちており、ついでにうざさの圧が物理的に重い。
なぜうちの店は出禁制度を実施していないのか、甚だ遺憾に思う。
──理由その4
『そもそも好みのタイプではない』
ここが最も根本的かつ、最も動かしようがない。
リクはいわゆる「わんころ系」だ。
人懐っこくて、褒めると嬉しそうで、目が合うと全力で寄ってくる小型犬タイプ。
雨の日に濡れていたら、毛布をかけてしまう類のかわいさがある。
うん、かわいいのは認める。
でも恋愛はかわいいだけでは成立しないのだ。
私の好みは、年上で頼れる男だ。
困った時に静かに手を貸してくれて、必要以上に騒がず、できれば言い訳より先に行動する人。
そして他人の境界線をきちんと尊重できる人。
そういう人を、私はもう知っている。
実は丁寧にアプローチしている途中でもある。
なので何度検討してみても、答えは最初から変わらなかった。
リクのことは幼馴染として大切。
たしかにミーナの側にも存在する好意は、しかしそれ以上には育たなかった。
だから先日、グリーンスライムの魔石を手に訊ねてきた彼に、きちんと伝えた。
逃げずに、曖昧にせずに、正直な思いを。
「ごめん。リクの気持ちは嬉しいけど、私は恋愛としては見られない」
幼馴染はしばらく無言になって、膝から崩れ落ちるみたいにしゃがみ込んだ。
「そっか……そっかぁ……」
「……うん」
「俺、終わった……」
「終わってない」
そして顔を上げたと思ったら、世界の終わりみたいな表情で空を見上げた。
夕焼けが綺麗だったせいで、妙に演出が強い。
本当に申し訳ないけど、ちょっとだけ芝居がかって見えて複雑な気持ちになった。
断る側だって平気なわけじゃない、傷つけたいわけじゃない。
でも相手のショック表現が大きすぎると、なぜかこっちが加害者みたいな空気になる。
それがまた、しんどい。
多分根本的なところが合わないんだなあ、とぼんやり考えながらミーナも空を見上げた。
リクが帰宅したのは夕日が完全に沈んでからだった。
私は夜の営業開始に遅れたけれど、いつもと違って両親は怒らなかった。
意地でも普段通りに接客してやったつもりだけど、うまく出来ていたかは自信がない。
簡単に筒抜けになるとこも、ほんとにしんどい。
さて、ここまで来たからには最後に理由その5も言わせてほしい。
お断りイベントすら済んだと言うのに、まだあるのかと思うだろう。
だがあるのだ、最大の理由が。
そう、理由その5──『ちょろい』が。
私が告白を断ってから、三日後。
朝の仕込みを終えて翌日の仕入れを注文に行った帰り道、広場のベンチにリクが座っているのが見えた。
遠くから伺ってみると、隣には同じく幼馴染で一つ年下のルイ。
小さい頃から面倒見が良くて、落ち込んだ人を見ると放っておけない可愛い女の子だ。
リクはしょんぼりした顔で何かを話していた。
優しく頷きながら聞いていたルイが「大丈夫だよ」と笑って、リクの手を軽く叩いた。
その瞬間、リクの目がきらっと光った気がした。
私は気付かれないようそっとその場を離れたが、いつの間にか顔には生温かい笑みが浮かんでいた。
今後の展開が想像できすぎた。
翌日、昼食用のパンを買いに来たリクが、そわそわしながら言った。
「なぁ、ミーナ。ルイって、昔から優しいよな」
「そうだね」
「俺、昨日、すげぇ救われたっていうか」
「うん」
「なんか、こう……ちゃんと見てくれる人って、いいなって」
お前、三日前に世界終わってなかったか?
などと思っても、一応原因である自分が口に出来るわけもなかったので、大人しく相打ちマシーン化を受け入れた。
その二日後には、さらに進行していた。
「ルナと話してると落ち着くんだよな」
「へぇ」
「俺、今まで近すぎて気づかなかったのかも」
「へぇ」
「これって……運命かも」
お前の運命、そこら中にありそうだな。
などと思っても、今日もミーナは素敵な相打ちマシーンと化すばかり。
そしてトドメは幸運のお守りだ。
いつものように朝の仕込みを終えて翌日の仕入れを注文に行った帰り道、この間と同じ広場のベンチでリクを見つけた。
あれだけ「ミーナのために探す」と言っていたグリーンスライムの魔石を入れたお守りを、彼は少し照れながらルイに渡していた。
「これ、前から持ってたやつなんだけど。よかったら」
「え、いいの?」
「うん。持ってると、なんか勇気出るらしいし」
……いやあの日、一番勇気が必要だったのは私だと思うんだ。
言葉にならない複雑な気持ちを抱えてミーナは踵を返した。
リクはすぐにしょげるので凹んだ姿は見慣れていたが、自分が傷付けたという自覚はあるので、やっぱり気にはなっていた。
間違えないでほしいのは、未練やら惜しむ気持ちは欠片もないこと。
それでも長年親しんできた友人だ、悲しそうな顔よりは嬉しそうに過ごしている方が嬉しい。
それくらいの好意はある。
そりゃ一年とか引きずられたら双方たまったものではないので、前を向いてくれるのは万々歳だ。
正直、拍子抜けしたと同時に、妙に納得した。
この男は立ち直るのが早いのと同様に、惚れるのも早いようだ。
もともとリクは優しくされると簡単に信頼するし、ちょっとした意地悪な嘘も簡単に信じて悲しむ。
心が素直という言い方もできる。
でもどうしてもちょろい、もとい単純すぎると心配になる性根をしていた。
恋愛相手として、そして人生のパートナーとして見た時に、私はそこに不安しか感じなかった。
昨日まで「君しかいない」と言っていた人が、明日には「やっぱり気づいた、運命だ」と言い出すような不安があるのだ。
それは愛情の深さというより感情の軽さに見える。
まあ単純だからこそ、こちらが愛情を向けている間はよそ見もしない気はするが。
それを信じられるほどミーナが愛情深くはなれなかった。
こうして順に理由を並べると、自分の判断は間違っていなかったと思えた。
リクを否定したいわけじゃない。
彼には彼の良さがあるし、合う相手もちゃんといる。
多分ルイみたいに、彼の波長に自然に合わせられる人の方が幸せになれる。
少なくとも今のリクと私がどうこうなる未来は、やっぱり見えない。
翌日の朝もエレンおばさまは食堂にやって来て、
「それで、幸運のお守りはどうなったの?」
と、目を輝かせて聞いてきた。
ミーナは机に皿を置きながらにこりと笑った。
今日は接客用の笑顔じゃなく、自然に浮かんだ本心に近い笑顔だ。
「効果、あったみたいですよ」
「え、ほんとに?」
「ええ。持ってた本人にも、周りにも」
エレンおばさまは意味深に「まぁ!」と声を上げたが、私はそれ以上説明しなかった。
わざわざ説明しなくても、町の情報網ですぐに浸透するだろう。
最初は煩わしいこともあるかもしれないけど、すぐに幸せな空気を優先して落ち着くはずだ。
だからそのまま幸せになりなさいよ、私の大切な幼馴染たち。
……あれ、そういえば。
新しい春、やってきてるじゃん。やるな、幸運のグリーンスライム。
噂だけじゃなく本当に幸運に恵まれることあるのかもしれないわね。
いつか私も手に入れに行ってみようかしら。
その時は幸せのおすそ分け頼んだわよ、幸運のグリーンスライムさん。
今作の原案は相方です。
主軸は恋愛なのですが主人公ミーナの恋愛は発展していないため、正直ジャンル迷子です。
どちらかと言うとリクがヒロイン役で新しい恋に出会う話ですね!
あれ、男女逆設定なら普通に異世界恋愛…??




