3
毎夜の温石が欠かせなくなった頃のことだった。
身体の芯から凍える夜を乗り越えた朝、外の鋭い明るさに私は目を覚ました。不思議に思って障子を開くと、目の前に広がっていたのは一面の雪景色。
まるで暁の髪の色のようなそれに、私は目を輝かせた。
「わぁ! 綺麗……!」
全てを覆い隠す雪景色に目を奪われ、私はがらす窓を開く。腕を辛うじて一本出せるほどしか開かないが、それでも十分だった。
眩しいのは、薄雲の向こうに昇る太陽の光が地面に反射しているからだ。
外から流れ込む冷気も気にせず、幻想的な光景に、私は息を呑んだ。
ふと、視線を下に向けると、雪に覆われた地面の上に、空から小鳥が舞い降りた。力強く動かしていた茶色の羽を身体に仕舞い、小さな足で歩いている。首を伸ばし、何かをきょろきょろと探していた。餌でも探しているのだろうか。
雪面を見れば小鳥の足の形がいくつも押されている。
それを見て、ふと、私もこの雪の上を歩いてみたくなった。
冷たいのだろうか。それとも、温かいのだろうか。
「……寒くないのか」
牢の外から声が掛けられる。暁が食事を抱えてこちらを見ていた。声を掛けられると、綿入れも来ていない自分の姿が酷く寒々しいものに感じてくるのだから不思議だった。
膳を横に置き、いつものように錠を開け暁が入ってくる。膳を置いた彼が綿入れを後ろから羽織らせた。
「ありがとう」
洟を啜ると、暁はいわんこっちゃないと呆れていた。ごめんなさいと返しながら彼の腕に従って膳の前に座る。
一人きりで生き抜こうと餌を探す小鳥がやたらと気になった。
あの小鳥は、腹が満ちたら空に旅立つのだろうか。そう思い、では自分は、と振り返る。ふと天井を見上げた。
あの何処までも高い空はここにはない。私の背では届かないが、それでも飛び上がればすぐに達してしまいそうな天井。この部屋の外には出られないように、窓を塞ぐがらすの戸。暁は自分だけ出入りする癖に、私にはそれを許してくれない。
変わり映えのしない毎日だった。ただ、寝て起きて食事を摂るだけ。何のために生きているのかなんて私にはわからない。唯一の違いは、刻々と変わる外の景色と、床の間に行けられた椿の花だけ。つぼみがだんだんと綻び、花開いた様子は私の心を少しだけ癒していた。
「ねえ、暁。鳥って何を食べるの?」
「鳥? 何か見たのか?」
鋭くなった暁の眼光に戸惑った。そんな反応をされるとは思わず、慌てて誤魔化す。
「何でもないの。ふと気になっただけ。私のご飯は暁が用意してくれているけど、だったらたまにやってくる庭の鳥は何を食べているのかなって、少し気になって」
何でもないように言ってみると、暁の剣呑な雰囲気が収まった。胸を撫で下ろした。
「柔らかな葉や、木の実とか……。果物も食べるんじゃなかったか?」
「果物……」
膳の左上には、丁度良く林檎が添えられていた。暁の目を盗んで、一かけらを袖口に仕舞う。私はにっこりと笑顔を浮かべると、暁に強請った。
「私、林檎が好き。明日も出してくれない?」
暁が去ってしばらくした後、私は窓際に駆け寄った。あれから時間が経っていたから、小鳥はもうどこかに行ってしまったと思い込んでいた。だが、彼は――小鳥の性別は分からないが、多分オスだろう――未だに窓の下に餌を求めていた。先ほどよりも動きが鈍くなっている気がする。
私は急いでくすねた林檎を隙間から落とした。ぽとりと雪の上に落とした欠片は、私の口ではほんの一口だが小鳥の大きさからしたら随分と大きい筈だ。
「……案外色味が似てるから気付きにくいわね」
薄い黄色の果肉と、白い雪は私が思う以上に似た色味をしている。小鳥は無事に見分けてくれるだろうか。そう不安気に見守っていると、ややあってから彼が私が落とした林檎の方に近寄って来た。
恐る恐ると言ったように嘴で何度か突く。問題ないと判断したのか、その後は勢いよく啄んだ。その光景に、私はほっと安堵の息を零す。しばらく見守っていると、小鳥は唇を林檎から離した。きょろっとしたつぶらな瞳が、こちらを見上げたような気がする。
私が驚いていると、小鳥は数歩後ろに下がり、頭を下げた。勿論確証していたわけではない。私の目にはそう見えた。挨拶らしきものをした後、小鳥は嘴で残りの林檎を咥えて飛び立った。
家族や、他の子に分けてあげようとしているのか。なんだかその光景が堪らなく切なくて、私は窓枠の上に顔を伏せた。




