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囲いの少女  作者: 豆野
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 朝の冷気はますます強まっていった。

 底冷えする寒さだというのに、困らず快適に眠れるのは、この牢の中を管理してくれる男が配慮してくれるからだ。寒さを訴えた私に彼は毎夜温石を用意してくれていた。

 そして栄養に配慮された美味しい料理も。

 土鍋に入った卵がゆが好きだ。白身魚の甘酸っぱい餡かけが好きだ。

 そう言えば、彼は三日に一回は用意してくれた。


 男は、食事中の私へと視線を向けていた。足を崩して、立てた膝の上に肘をついている。頬杖をつきながらこちらをじっと見つめていた。

 これでも大分ましになったほうだ。初めの二日、彼は牢の外から私を立ったまま見下ろしてきたのだから。流石に監視したまま食事を取る趣味はない。

 だからせめて一緒に食事を取りましょうと言うと、彼はすでに食べてしまっているからと首を振った。

 ならばせめて隣に座っていろというと、彼は考え込んだ後、いそいそと錠を開けてこちらへ入って座り込んだ。直立不動で見守られているよりはマシだが、状況は果たして変わっているのだろうか。間が持たない。

 せめて食事の時間を有効活用せねばと聞くことにしていた。

 もうこのやり取りは十日に渡って繰り広げられている。


「ねえ、ここはどこなの?」

 尋ねると、男は少し躊躇った。だが、答えてくれる気はあるらしい。

「――都から遠く離れた、小島だ」

「都? 都というのは、大勢の人がいるところよね? 小島というのは何?」

 私は驚くほど何も知らなかった。

「海という、塩気のある水たまりを十日ほど泳いで向かった先にある陸地だ。他の人間はここにはいない」

 この場にいるのは私とこの男だけらしい。

「塩気のある水たまりというのは、このお味噌汁のようなもの?」

 手に持った椀の中身をじっと見つめていると、男がぷっと噴出した。

「旨いのか、とでも言いたげだな」

 図星を突かれて、私は押し黙る。否定したところで無駄なのは分かり切っていた。

 私はこれでも合理的で賢い女なのだ。

「……このお味噌汁が美味しくて、見ていただけよ」

 と、私はぷいと顔を背けた。椀に残った最後の一口を飲み干した。

 すると男が私の手から椀を取り上げた。膳を自らの元に手繰り寄せ、立ち上がろうとした。

「食事は終わったな」

「――待って」

 私は去ろうとする男の袖を掴んだ。男が肩越しに私を見る。金の瞳の奥が微かに揺らめいた。

「ねえ、貴方は知っているんでしょう? 私の名前。お願い、教えて」

「またか。前にも言っただろう? それは出来ない」

 何度も繰り返したやり取りだった。だが、今日の私はそれで引っ込む様な大人しい性格はしていない。交換条件を男に繰り出した。


「――だったら、せめて貴方の名前を教えて」


 そう言うと、男は私を見たまま動きを止めた。金だと思っていた瞳に、わずかに赤い筋がちらついた。

 男の髪は白く長く、繊細で優美だ。その上、肌の色も真っ白で陶器のよう。瞳の色も相まって、あまりに美しすぎて吸い込まれてしまいそうだった。

「…………アサギ」

 躊躇いの後に呟かれた言葉だった。

「あさぎ? 浅葱色のアサギ?」

 彼は頷いた。浅葱色はごく薄い藍色だ。彼のどこにもその色味が無いというのに、妙な名を付けられたものだった。

「おかしいか?」

「変、ではないけど……」

「だったら、お前が私に名付けてくれないか」

 そんな犬の子に名付けするみたいな事を言われても困ってしまう。不満気に男を見ると、彼は酷くしょぼくれたような顔をしていた。

 私より随分と背が高いのに、酷く自信なさげだった。絆されたと言っても良い。

 ふと、口をついて出てしまった。

「――――あ、あかつき。……暁はどう?」

 思い付きの割にはそれなりに良い名なのではないか。

「……暁?」

 赤い筋が混じる金の色の瞳は、夜明けを照らす太陽に似ている。

「うん。……気に入らない?」

 やっぱり元の名前のほうがいいのではないか。私が首を傾げた時、彼に――暁の腕の中にふわりと包まれた。

「いいや? 良い名だな」

 気に入ってくれたなら良かったと、私は腕の中でほっと胸を撫で下ろす。

 ――でも、結局これって名前を教えてもらったということにはならないのでは?

 疑問が頭に浮かぶ。しかし、まるで幼子のように縋りつく暁の体温や、懐かしさを感じる匂いに包まれ、この際どうでもいいかと思ってしまった。

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