腐っても美しい
「命は有限です。
でも“流行”は、死を超えて残るんですよ 。」
——CMのタレント風に鏡に語りかけるノア。
「なんちゃって」と呟きながら、今夜も街へ降り立った。
***
十月、渋谷。
街がオレンジと黒に染まる季節。
ゾンビメイクをした若者たちが、
スマホのライトを浴びながら笑っていた。
血糊を垂らした頬、裂けた口元、黒い涙。
その中で、ひときわ目を引く女がいた。
真白レナ。
人気インフルエンサー兼モデル。
フォロワー数は900万。
美と恐怖の両立をテーマにしたブランド「DEAD BEAUTY」を展開していた。
その年の新作コレクションは、
「ゾンビ×グラマー」。
死んでもキレイでいたい、
それがコンセプト。
彼女は言った。
「ゾンビメイクって最高。
だって“完璧”じゃないことが、逆に可愛いんだもん。」
その笑顔が、
やがて“本物”になることを、
彼女はまだ知らなかった。
撮影現場。
光を反射する黒いセットの中に、
ひとりの男が立っていた。
スーツのようでもあり、
喪服のようでもある衣装。
顔立ちは整いすぎていて、現実感がない。
「ノアと申します。
“永遠の美”をテーマにしたコラボ案件をお持ちしました。」
レナは興味津々で近寄った。
「永遠の美?
ゾンビメイクの新ブランド?」
ノアは小瓶を差し出した。
透明な液体が揺れる。
それはライトを反射して、
まるで液体の鏡のように見えた。
「このスプレーを顔に吹きかけると、
あなたの“ゾンビメイク”は、どんな照明でも崩れません。
しかも、24時間、生きているように見える。」
「……面白い。じゃあ、試してみる。」
スプレーを吹きかけた瞬間、
肌がひやりとした。
乾くと、質感が変わっていた。
まるで本当に“死んだ肌”みたいに、
マットで、生々しい。
それでも——美しかった。
メイク担当が息を呑んだ。
「これ、照明の下でリアルすぎません?」
レナは笑った。
「それがいいのよ。
本物っぽいってことは、それだけ映えるってこと。」
撮影が始まった。
ゾンビメイクなのに、艶やか。
裂けた口から覗く歯が宝石のように光る。
SNSに投稿された一枚の写真。
「#死ぬほど美しい」
それが、すべての始まりだった。
翌日、街には“ゾンビメイク女子”が溢れた。
腐敗を模したラメパウダー。
傷跡を美しく見せる血糊グロス。
「死んでもキレイ」キャンペーン。
レナはブランドの顔としてテレビに出続けた。
肌の色は日ごとに青白くなっていくのに、
ファンはそれを「リアルメイク」だと称賛した。
「レナ様のゾンビ肌、最高に尊い」
「加工なしでこの質感とか人間やめてる」
「#永遠の推し」
そう、“人間やめてる”という言葉が、
称賛に変わった瞬間だった。
やがて、レナの唇は完全に裂けた。
声も出なくなり、撮影現場では手振りで指示を出した。
それでも、レナはスプレーをかけ続ける。
皮膚も眼球も垂れ、うめき声を上げるまでになった。
だが、レンズ越しの彼女は、
これまでで一番美しかった。
「これぞ“死を超えたファッション”だ!」
「腐っても、彼女は美しい!」
ニュースもSNSも狂ったように彼女を讃えた。
そして…
葬儀が行われた夜、
巨大スクリーンに映るレナの顔が、
街の照明よりも明るく輝いていた。
ノアはビルの屋上からその光景を眺めていた。
風にコートの裾が揺れる。
「ゾンビは、死んだ人間じゃない。
“流行に殺された人間”ですよ。」
隣で誰かが笑った。
ノアの背後に、ニスが現れた。
「ねえノア。
人間ってほんと面白いよね。
“死ぬほど美しい”って言葉、
まさか本当に死ぬとは思わないんだもん。」
ノアは目を細めた。
「ええ。でも、彼女は幸せですよ。
いまでもフォロワーは増え続けている。
永遠は、ちゃんと叶いました。」
ビルの下では、
新しい広告が点灯した。
DEAD BEAUTY 2026
腐っても、美しい。
あなたも、永遠を。
ネオンが滲む。
ノアの瞳の奥で、街全体が一瞬、静止した。
そして、画面の中のレナが、微笑んだ。




