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星を掴む女、発信!

世界のどこかで、ふと出会うことがある。

その名はノア。人にも、妖精にも見える存在。

ノアはただ、あなたにひとつの道具を差し出すだけ。

それをどう使うかは、あなた次第。

行き着く先を、ノアは静かに見届けている。


***


杉本良子、四十七歳。

スーパーのパート歴十二年。

真面目で愛想はいいが――


同僚たちのあいだでは、あるあだ名がひそかに広まっていた。


「UFO婆さん」


というのも、彼女は隙あらばスマホを取り出し、夜空に浮かぶ不審な光を自慢げに見せてくるからだ。


「これ見て! 昨日の夜、ベランダから撮ったのよ! ほら、三つの光が一直線に動いてるでしょ? 飛行機なんかじゃないわ!」


「え、あ、はいはい……すごいですねぇ」


若い同僚は苦笑いし、裏で「また始まった」と目を合わせて肩をすくめた。


レジ打ちを終えて休憩に入ったときも、良子は興奮気味に言う。


「私、いつか証明してみせるわ! 人類は一人じゃないって!」


家族もとうに諦めていた。

中学生の息子は「マジでやめてよ、学校でバカにされるから」と顔を背ける。

夫は新聞をめくりながら「もう寝ろ」とぶっきらぼうに答えるだけ。


だが、良子は夜な夜なベランダに立ち、スマホを空に向ける。

冷たい風に髪を乱されながらも、彼女の目は星々よりも鋭く輝いていた。


「必ず、迎えに来てくれる……」



その夜、公園のベンチに腰掛けて空を仰いでいたときだった。


不意に、隣に人影が現れた。

白いシャツに細身のパンツ。どこかこの世のものではないような気品をまとった青年。


「君は……真実を探しているのだね」


声は澄んでいて、星明かりのように淡い。

良子が振り向くと、青年――ノアは掌に小さな石をのせていた。

レンズのように透き通り、角度を変えるたび七色に煌めく。


「これは“真実を映すレンズ”。これで覗けば、隠された光も見える」


良子は息を呑んだ。

差し出された石をスマホのカメラに当て、夜空をかざす。


すると、点在していた光が、まるで編隊を組むように浮かび上がった。

三角形、円陣、螺旋。

規則正しく舞い踊るそれは――彼女の心を射抜いた。


「やっぱり……本物だったんだ!」


その瞬間、世界は一変した。



翌日から、良子はSNSに投稿を始めた。

「決定的瞬間!」

「UFOは存在します!」


ハッシュタグを並べ、夜ごとレンズを通した映像をアップする。


最初は身内数人の「いいね」しか付かなかったが、奇妙な動画は次第に拡散され、コメントも増えていった。


――マジ?

――婆さんおもろすぎwww

――これ飛行機やんけ


嘲笑混じりのコメントさえ、良子には「見てもらえている」証だった。


彼女はますます夢中になり、パート先でも布教はエスカレート。

同僚たちはついに露骨に避け始めた。


だが良子には、もうそんなことはどうでもよかった。

空を見上げれば、そこに「真実」があるのだから。



そして運命の夜が訪れた。


「ついに……来たわ」


レンズ越しに映る光が、今度は確かに近づいてくる。


編隊を組むように、すうっと一直線に彼女のベランダへ。


「迎えに来たのね……!」


良子は両手を伸ばし、涙ぐんだ。

その瞬間、夜空から機械音が唸りを上げた。


ぶん、ぶん、ぶん――


光を放ちながら降りてきたのは、銀の機体。

三つ、四つ、いや五つ。


しかし、それは――UFOではなかった。


ドローン。


「え……?」


良子が呆然とする前に、甲高い声が夜を裂いた。


「やべぇ、マジで信じてるぞこのババア!w」

「UFO婆さん、降臨きたーーー!」


空からスピーカー越しに響く笑い声。


そして同時に、スマホの画面にはライブ配信のコメントが洪水のように流れていた。


――爆笑www

――住所わかるやん

――突撃するか?

――通報じゃなくて通報ごっこwww


「やめて……やめてちょうだい……」


良子は必死に手を振ったが、ドローンは彼女の顔を至近距離から映し続けた。

涙も皺も、赤裸々に。


コメント欄には「保存したw」「切り抜き確定」などと次々と書き込まれていった。


翌日、事態はさらに悪化した。

昼下がり、良子の家の前に数人の若者が現れた。

派手な服に煙草、笑いながらスマホを掲げている。


「お前がUFO婆さんか。配信見たぞ」


「うわ、マジでいたんだ」


良子が後ずさると、ひとりが腕を掴んだ。

悲鳴は近所に響いたが、誰も助けに出てこない。

やがて彼女は財布を奪われ、路地裏に蹴り倒された。


「宇宙人、助けに来てくれなかったな」


嘲りの声が遠ざかっていく。

血のにじむ膝を抱え、良子は空を見上げた。

そこにあったのは、どこまでも冷たい雲だけだった。



数日後。

炎上配信のアーカイブは何百万回も再生され、「伝説のUFO婆さん」としてネットに刻まれていた。


ノアは静かにスマホを閉じると、呟いた。


「光を信じた心が、炎上の炎に飲まれたか……」


テーブルの上に置かれた“真実を映すレンズ”は、ひび割れ、粉のように崩れて消えていった。


夜はただ、静かに広がっていた。

星々は無言で瞬き、誰の手も差し伸べることはなかった。

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