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陶芸家の微笑

世界のどこかで、ふと出会うことがある。

その名はノア。人にも、妖精にも見える存在。

ノアはただ、あなたにひとつの道具を差し出すだけ。

それをどう使うかは、あなた次第。

行き着く先を、ノアは静かに見届けている。


***



宮原美代子、三十八歳。


夫は単身赴任中で、高校生の娘は受験に夢中。

家庭に居場所を持て余す彼女は、ふと見かけたチラシに心を奪われた。


「初心者歓迎 陶芸教室」


半信半疑で訪れたそこには、土の匂いと釉薬の甘い香り、そして――


講師の藤堂遼がいた。


白いシャツの袖をまくり、轆轤の前で土をなだめるように手を添える姿。


整った横顔。陶器のように滑らかな肌。

ひとつ笑えば、主婦たちが一斉にため息をつく。


(……こんな人、テレビの中にしかいないと思ってた)


仲間の主婦が耳打ちしてくる。

「遼先生ってね、バツイチらしいの。しかも、今フリー」

「そうなの?」

「奥さん気分になってる人、もう何人もいるのよ」


冗談めかした笑い声に混じりながら、美代子は胸の奥がざわつくのを感じた。

土をこねる指先に、やけに力がこもってしまう。



そんなある日、公園のベンチで美代子は一人、ため息をついていた。


「どうやったら、私も褒めてもらえるんだろう」


ふと、目の前で猫と戯れている青年がいた。

風に遊ぶような銀髪、湖底のような瞳。

青年はにこやかに猫へ鈴を揺らし、それから美代子に気づくと近寄ってきた。


「君の器には――想いがまだ、足りないね」


青年――ノアは、指先で小さな指輪を示した。

銀に光る、不思議な文様のついた指輪。


「これは“想いを器に宿す指輪”。つけて器を作れば、心がそのまま形になる」


差し出された指輪を、気づけば受け取っていた。

冷たい金属が、なぜか胸を温める。


その夜から、美代子の作品は変わった。

柔らかな曲線、艶めく釉薬。まるで恋心を映したように器が光を帯びていく。


「宮原さん、これは……いいですね」


遼が笑顔で褒めた。


その瞬間、美代子の心臓は破裂しそうだった。

もっと褒めてほしい。

もっと愛されたい!


しかし、嫉妬を抱いたまま作った器には、必ずひびが入った。


(私……まだ足りないの?)


指輪は、外せなくなっていた。




ある日、遼の工房に呼ばれた美代子は、不思議な陶器を目にする。


――それは、女性の手をかたどった白磁の作品。


爪の丸みまで生々しく、今にも動き出しそうだった。


「参考作品なんですよ」


遼は柔らかく微笑む。

だがその瞳に、一瞬影が走った気がした。


さらに奇妙なことが起きた。

指輪をつけて轆轤を回すと、土が勝手に動き――女性の顔を形作ったのだ。


知らない顔。

しかし、どこかで見た気がする。


胸がざわつく。

ちょうどその頃、教室に通っていた主婦仲間が一人、ぱたりと姿を消した。


「家庭の事情らしいわよ」


そう噂は流れたが、美代子は信じられなかった。



夜。

遼から「個別指導をしましょう」と誘われ、工房を訪れた美代子。


赤い炎のゆらめく窯の前で、遼は微笑んだ。


「君の器……本当に綺麗ですよ。

でもね、僕の作品には――命が要るんです」


その声と同時に、棚の陶器が闇に浮かび上がる。


壺の隙間、皿の裏。

釉薬の中から覗くのは――白骨化した指、絡まる髪の毛。


「みんな……僕に褒められたくて来た人たちさ。

永遠に一緒にいられるように、作品に埋め込んであげたんだ」


遼の微笑みは陶器より冷たく、狂気を孕んでいた。


「次は……君だよ」


美代子は逃げようとした。だが指輪が急に重くなり、手が動かない。


心臓が土塊になったみたいに重く沈む。

窯の赤い火が揺れ、彼女の影がそこに吸い込まれていった。



翌日、陶芸教室は「急な都合で休講」と告げられた。

美代子の姿を知る者はいない。


数週間後、街で藤堂遼の新作展が開かれ、連日満員となった。


展示された大壺の表面には、微笑むような女性の横顔が浮かんでいた。


人々は口々に言う。


「やっぱり遼先生の作品は魂がこもってる」


遠くからその様子を見ていたノアは、小さく呟いた。


「形は残る。けれど、それが幸せとは限らない」


風が吹き抜け、展示会場に並ぶ陶器がかすかに軋んだ音を立てた。

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