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ポイント信仰カード

世界のどこかで、ふと出会うことがある。

その名はノア。人にも、妖精にも見える存在。

ノアはただ、あなたにひとつの道具を差し出すだけ。

それをどう使うかは、あなた次第。

行き着く先を、ノアは静かに見届けている。


***


宮本絹代、六十二歳。

年金暮らし、ひとり暮らし。

財布は紙幣よりもポイントカードで分厚くなっていた。


スーパーで「今日はポイント5倍デーよ!」と胸を弾ませ、

ドラッグストアで「あと72ポイントで500円券ね」と目を輝かせる。

タクシー代を惜しんで30分歩き、「歩いたぶん健康、さらにポイントも!」と自分を鼓舞する。


「ポイントのために生きてるみたいね」

息子に笑われたこともある。

けれど、それは半分冗談で、半分は事実だった。


ある時は欲しくもないインスタント麺を箱買いしてスタンプを埋め、

「あとひとつでマグカップよ!」と自慢げに並べる。

友人とのランチ会では必ず「どこがポイント貯まる?」と聞き、

結局は自分のカードが効くチェーン店へ誘導していた。


絹代の毎日は、ポイントを「いかに効率よく」貯めるかのゲームだった。

生活の中心は、買い物でも家事でもなく、カードだった。


***


ある昼下がり。

公園のベンチでカード束を整理していると、ひとりの青年が近づいてきた。

シンプルなシャツに細身のパンツ、陽の光を受けて淡く輝く髪。

気品ある立ち姿のその男は、ノアだった。


「君は、随分と多くを抱えているね」


ノアはやわらかな声で言い、掌に小さなカードケースをのせて差し出した。

星の破片のように光を放つそのケースは、吸い込むようにきらめいていた。


「これに入れれば、すべてのポイントは集約される。

 失うことも、忘れることもない。永遠に積み重なっていく」


絹代はその言葉に目を奪われ、迷うことなく受け取った。


***


世界は変わった。

どこで買い物をしても、どのカードを差し出さなくても、自動でポイントが加算される。

レジに立つだけで「+100」、歩けば「+1」、ゴミを出せば「+3」。

テレビをつけただけで「+5」と表示が浮かぶ。


「まあ! 夢みたい!」


最初は楽しかった。

だが、数字はすぐに執着へ変わった。


料理を作るより、ポイント還元のある冷凍食品を買う。

趣味の編み物は「ポイントにならない」とやめた。

近所の世間話も「無駄」と避ける。


「これをすれば+3、でもあれはゼロ……」

絹代の生活は、加算と減算だけで成り立つ計算式に変わっていった。


やがて、息子からの電話を無視するようになった。

「話したって、ポイントはつかないから」

口にした瞬間、胸の奥が冷たく沈んだ。


***


ある夜。

冷蔵庫を開けると、中の食材が光の粒となって消えた。

米袋が、漬物が、牛乳が――「+200」「+50」と数値を残して消えていく。


次の日は、写真立てが消えた。

亡き夫と撮った旅行写真が「+500」として空気に溶けた。


声を上げると、その声が「+1」と数字になり、消えた。

涙を流すと「+2」として吸い込まれた。


鏡の中には、空洞のような自分が映っていた。

肉体はまだそこにあるのに、感情も人間らしさも、数字へと換算されて消えていく。


「でも、ポイントは……貯まってるから……」

呟く声がかすれ、喉の奥で虚しく反響した。


***


数週間後。

別居していた息子が様子を見に来た。


玄関を開けると、そこには空っぽの部屋。

家具も食器も、母の姿さえもない。

ただ、宙に光るスマホ画面だけがあった。


そこには「総ポイント:999,999」と表示されていた。


「……母さん?」


返事はなかった。

残っていたのは、余したポイントの数字だけだった。


窓の外で、ノアが静かに立ち去っていった。

その背に夜風が吹き抜ける。


「人は時に、“得”のために、生を削ってしまう。

 残るのは数字だけ……その先に、誰が待っているのだろうね」


ノアの声は風に溶け、夜の街へ消えていった。

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