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3章 帰郷

 サフラメンシアの深夜、港近くの館奥に数人の男たちが集まっている。サフラメンシアの市民に選ばれた、選任官の中でも重鎮と呼ばれる人たちと、統率者、治安維持部長官たちだ。皆沈痛な面持ちで、話の始まるのを待っている。

「顔ぶれが揃ったようなので、始めます。」

 選任官達の討議する会場の奥、表立っての話は控えたいような時に使うこの小部屋の存在を知っている者は、限られている。まして、それを利用する者などごく少数だ。そのごく少数のほとんどが今、ここに集っている。

「三日前、この部屋で、輸送財務長官が亡くなりました。腹に剣が刺さっていました。床に毒入りの飲み物が転がっていました。

 翌日、我々はバイアスルの使節と会わねばならず、彼の死を隠して事に臨み、事なきを得た今、凍結させていた彼の死の真相を明かす必要に迫られています。

 ここには現役の吏官のみならず、かつて選任官として腕を振るわれ、今でも市井でこの国を支えている方がいらっしゃる。その方たちは、この国の財政等にはお詳しいが、今の政治状況、派閥の動きなどは、十分把握できていない面もおありだろうから、分かっている者にはくどくなるだろうが、一応、今回の出来事について一から説明させていただきます。

 亡くなったオプッテス長官は輸送に関わる財政を担当されていた。新しい計画を実行するための予算作成や、その調達、あるいは物価の安定など、財政は多岐にわたり、そのそれぞれに責任者がいる。オプッテス長官は主に他地域との交易を経て得た利益を預かる吏官長でした。本国は交易を国是として成り立つ国ですから、彼は統率者に次ぐくらいの地位にいたと考えてもいいでしょう。彼の地位を欲する者、妬む者、輸送財政に関して彼と考えを異にする者、多くが彼の死を望んでいました。さて、彼の立場を確認します。彼は、表向き、独立改革派の長でした。

 我らの利益の一部はバイアスルに献納される。他国との交易で得た利益に対する税ですが、それが約半分、税として取られてしまう。これを不服としてバイアスルを長とした連盟から離脱しようという考えの者がいます。これが独立改革派です。

 バイアスルによる全国統一が成った時、ほとんどの国はまだ農耕、畜産で国を支え、海を越え、他国と交易をするなどと言う発想はなかった。このハリアードという大陸、あるいは半島の西は湿地帯で農耕牧畜に向かず、今でも北方のベーナウは貧しいままだ。我々の祖先はこの湿地に土を入れ、港を作り、海の向こうに出て、取引を始めた。そしてこの大陸、半島一豊かな国を作り上げた。戦乱にもほとんど巻き込まれず、豊かなままにあの戦乱の時を乗り切った。 

 しかし、全国が統一され、平和になった。半島の特に東側は、街道が整備され、山脈を越えての外来品が安価に入ってくる。陸上の輸送が発達した。一方西側は湿地であり、我らは運送を主に船でするため、一応、街道は整ったが、その恩恵はあまり受けていない。それに加えてケルバイン、バイアスルまでが港を整え、海上交易に乗り出した。ケルバインは陸上と海上の二面で利益を出している。戦が無くなり、全国で耕地が増え、その陸上の交易量はものすごいことになっている。今、我らの地位はケルバインに抜かれ、モスコバという小国にも追い付かれようとしている。これを憂いているのが独立改革派だ。

 たしかにあの戦乱時、我々は他国に比べ、はるかに裕福だった。そして今、我々の地位は第三位まで落ちているというが、年間の収益ではあの頃の3倍になっている。平和になってこの半島中の国が豊かになり、収穫量もうなぎ上りだ。我らの収益は平和の上に成り立っている。それを保証するのがバイアスルだ。今、このサフラメンシアがバイアスルの連盟から離脱したら、他国が攻めてきた時、どう対処する?隣国のケルバインも貿易に本腰を入れてきた。彼らは我が国をライバルと見ている。また、バイアスルが直接統治すると攻めてきたらどうする? あの戦乱時の末期、ベーナウ沖の海戦ではバイアスルが主となってフラドンスキルとベーナウの海賊を退けた。戦後の一時期、皆が戦乱の復興に手を取られているとき、他の大陸との交易で不足物資をこの大陸に届け大儲けしたのは、このサフラメンシアだけの手柄か。いつまでもあの時代を夢見ている長老たちにはもう引退していただきたい。独立改革派などと言いながら彼らはただの夢想復古派だ。

 ここまで説明した治安維持長官に声が飛んだ。

「そういうあなたも独立改革派ではないか。」その声に応えて治安維持長官は続けた。

 いえ、実は私は条約改定派です。先日のバイアスルとの会談で、我らは税率を45%まで下げた。これからも会談を重ね、25%まで下げられるよう努力するつもりだ。

 実は輸送財政長官、オプッテスも私と同じ考えだった。しかし、彼の周りには独立改革派が多く集まっていた。

 ある日私はオプッテス長官から相談を持ち掛けられた。独立改革派の処遇についてだ。独立改革も一つの考えだ。処罰するわけにはいかない。しかし、今、実際にそんなことはできるわけがない。ではどうするか。二人で考えたのは、一応二人とも独立改革派として振る舞おう。頭ごなしに弾圧するより、理解を示した方が、彼らを落ち着かせることもできるかもしれない。ところがバイアスルとの税率改定の会談が近づくと一部の激高した一団が、バイアスルの使節に危害を及ぼす可能性が出てきた。条約改定と独立改革、いままで何度も議会に上程され、審議不十分のまま次回持ち越しとなった案件だ。実際、独立が絶対多数とならない限り、議案にかけたくはない。もし独立となれば、戦争も覚悟しなければならない。今そんな覚悟は誰にもない。なのに、一部執行官は人気目当てに景気のいいことを並べ立てる。やがて市民もそんな気になったらどうする? 本当に戦争をする気なのか。統率者はその話を持ち出すのは時期尚早と思っている。議会に懸ければバイアスルの耳に届く。いらぬ疑いをかけられたくない。なのに、何も分からぬ老人と若輩者は、夢ばかり語っている。実際働いて収益を上げている壮年者にとっては、我慢がならない。サフラメンシアは分裂の危機に直面しているとさえ言えた。

 独立改革派は日に日に過激化し、ついにオプッテス長官にも抑えられなくなりました。そして彼は全員に詰め寄られ、陰謀に加担することを約束させられました。

 彼らの計画はこうです。この部屋は我らの密議用なので、壁が一重で、盗聴の懸念がなく、他所には漏れません。そして、何かあった時用の抜け道が用意されています。バイアスルとの会談前夜に、この部屋に独立改革派が潜み、会談の最中にこの部屋から打って出てバイアスルの使者を殺します。こうなればもう我々は引けません。そのまま戦闘状態となるでしょう。

 バイアスルからはアーマンド皇太子がいらっしゃっていた。こんな計画が実行されていたらどうなっていたことか。

 まあ実際は、バイアスルの護衛兵に打ち取られていたでしょうけど。治安維持部の長官はしゃあしゃあと言ってのける。

 議場に護衛兵など入れないではないか。

 財務長官と皇太子に付き従う次官や書記官などすべて名うての者たちばかりです。層の厚さが違いますよ。何をいまさらとばかりに長官は言う。

 あの夜、オプッテス長官は館の外に独立改革派を集め、自分はこの部屋に潜みました。そして私に、この部屋に引き入れるから、皆を逮捕しろと迫りました。独立改革派を一掃しようとしたのでしょう。しかし、私は以前からこの計画には反対をしていました。独立改革派の老人達はどうでもいいのですが、若者の中に、そう、例えばここにいらっしゃる方々のご子息も混じっていたからです。逮捕すれば言い逃れはできません。ならば、なぜ止めてくれなかったかという恨みや、もしかしたらこの事件すべてをもみ消そうという動きが起こるかもしれません。分断が進むかもしれず、火種が残るかもしれません。何度も翻意を求めたのですが、長官は強引に決行された。この場で私はもう一度、長官にそれはできないといいました。部下も連れてきていない。今ここに彼らを導き翻意を促せば、我らを殺して明日までここに潜み、事を起こすかもしれませんと申し上げました。それより、ここに毒酒がある。今までの経緯を書いたうえで二人でこの酒を飲んで死に、決着をつけませんか。なに、その彼らは抜け穴がどこに繋がっているかまだ伝えていません。館の前の公園で待機せよと言っています。公園をうろうろして夜が明けたら自然と解散するでしょう。そんなものですよと言いますと、いや、今二人ともが死んでしまっては、またこんなことが起こるだろう、君は生きてくれと言うやいなや、私の剣を抜いて逆に持ち替え自分の首を刺しました。私は一瞬どうしようかと思いましたが、長官の死を無駄にできないと思い、外に出て、計画がばれ、長官が一人罪を負って今自害なされたと告げると、そこにいた者たちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていきました。これが事件の顛末です。

 今まで黙っていた観衆の一人が口を開いた。

 二日前、バイアスルとの会談の朝、この部屋のドアが開き、中で長官が亡くなっていた。首を刺されて死んでおり、傍らに毒の入った酒瓶が転がっていた。何といってもその日の会談のサフラメンシア側の代表である輸送財務長官の死だ。治安維持部の長官である君に連絡が行き、君の指揮のもと、処理され、会談も無事開かれた。なぜ、今頃になって言う? その朝に報告しなかった? 

 一応、統率者には簡単な説明を致しました。何といっても会談が最優先事項ですから、まずそれを遺憾なく遂行したかったので。

 治安の維持が君の仕事であって会談は君の仕事の埒外だろう。

 統率者にまず会談を第一とせよと命じられましたので。

 これほどの大事件が起こりながら、皆を蚊帳の外にした不満があったのだろう、取り巻いている者の一人から声が上がった。

「話の辻褄などどうとしても合わせられるというものだ。証拠はあるのか。」その問いに

「証拠はございませんが、証人なら、そこにいらっしゃいます。」

 治安維持部の長官の視線を追うと、後ろの壁に寄り掛かった人がいる。魔法使いだった。誰も会ったことなどなかったが、一目で本物の魔法使いだと知れた。全身真っ黒で鍔の広い帽子を被っている。自然木の杖を持っている。

「魔法使いは嘘がつけません。さあ、皆さん、彼に聞いてください。」

 皆魔法使いを見ながら、声をかける者はいない。しばらく沈黙の後、

「まあ、そういうことなら、信じるしかないでしょう。」

 こうしてサフラメンシアの館奥で起こった事件の幕は閉じた。

 治安維持部長官が、会談をひっくり返す魂胆の輸送財務長官を統率者の指示で刺殺したとか、輸送財務長官が会談で飲めぬ条約に抗議して自殺しただのと、さまざまにうわさされていたが、捜査、検視の結果、会談の成否を気に病んだ輸送財務長官が発作的に自分の首を刺したのだということでケリがついた。

 あの夜、明日の会談に備えて館の周りを警備せよ。ただ大事になっては困るので不審者は追い払うのみで、逮捕に及ばずとの治安維持長官の言葉で、周辺を警備していた兵達は確かに、明け方、前の公園に屯する数人を見かけ、追い払っている。あの夜、治安維持部長官の説明を聞いた街の名士は自分の息子が明け方に帰ってきたことを後から家の者から聞き、それ以降は口をつぐんだ、

 あの夜、説明を終え、皆が退席した後、治安維持部長は魔法使いに近づき、礼を述べた。

「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。おかげで事なきを得ました。すべてお見通しなのでしょう。(声を小さく低めて、)どうか、あなたが見られた事件の始終はご内密にお願いします。誰もが幸せになるための、ちょっとした工夫のようなものが世の中にはあるように思うのです。」

「もう私にとって、関わる世などないと思っています。どうなっても良いといっているのではない。治まっているのに、わざわざ何かを言い立てるまでもないことが、世にはあるということです。」

「ありがとうございます。これからどうなさるのですか。」

「ちょっと野暮用がございます。それを収めようと思ってこの地に戻って来ました。まあついでだから、他の用も済ませます。明日の朝には発ちますゆえ、ご機嫌よう。」

 言葉の上だけでも引き留めようと治安維持部長が口を開こうと、魔法使いに目をやった時、そこにはもう誰もいなかった。


 明け方、港はもう目覚めて人々の往来はにぎやかだ。入る船、出る船。それぞれに荷を降ろし、荷を積み、その荷を管理して人々は右へ左へと動いている。子供たちも中に混じって手伝っている。数を使える子どもは大の大人に指示して荷を振り分け、積み込んでいる。魔法使いの目の前にはるか昔の光景が蘇ってきた。魔法使いの目の前に少年の彼がいる。今とは服装が違うがやってることは同じ。梱包された荷も大して変わっていない。薄く削った木の板の上に炭で印をつけ、荷を管理している。向こうからサフラメンシアの案内人に連れられて、旅の若者が二人やってくる。二人とも若い。前に立つ若者は何もかも珍しいのだろう、きょろきょろと周囲を見ている。片端から案内人に質問している。お付きの男はさらに若いが、彼はあまり興味がないようだ。ただ、前の男の従者なのだろう。音は聞こえない。はるか昔のこの街に会った光景がただ魔法使いの前で繰り返されている。音が聞こえれば、少年である彼を呼ぶ声さえ聞こえれば。しかし、魔法使いは残念だとは思わない。いや、少しは残念に思っている。しかしそれ以上に、自分がはるか昔、実は彼と出会っていたことを今知った。だからどうだというわけではないが、若い彼が、確かに魅力的であることを知った。人を引き付ける躍動感の持ち主であることを知った。


 ベーナウの浜で魔法使いは焚火をしている。ここはバイアスルが全国統一をするための決定的な合戦をした場所だ。ここで勝利を得て長い戦国時代の幕が閉じた。丸太の流木は半分砂に埋もれている。そこに腰かけ、魔法使いは火を見ている。後ろに気配を感じて振り向いたら、大男が立っていた。魔法使いも長身でその上、帽子まで被っているので、普通の男性の中に入っても顔半分は上に飛び出、その上に帽子がある。しかしその大男はそんな魔法使いをすっぽり包み込んでしまうほど上背があり横幅もあった。そんな大男が後ろにつくまで、魔法使いは気配が感じられなかった。男は忍び寄ったというふうではない。

「横に座ってもいいかな。」という大男に魔法使いは

「さあ、どうぞ」と隣の丸太を示した。その流木に座った大男は、「久しぶりに知人を訪ねたのだが、会えなかったよ。思い付きは良くないね。向こうにも都合はあるだろう、ちゃんと連絡しておくべきだった。でもせっかくだからと尋ね歩いているうち、道を失った。ちょっと知ってるところまで道案内してくれないか。」そういう大男に魔法使いは、 

「いいですよ、急ぐ旅じゃない。少し道連れになりましょう」と答えた。

「人から、あなたが迷っているから力を貸してやってくれないかと言われたので、ここに来たんです。会えてよかった。」

「ふーん、そうなのかね。」男は別に興味もなさそうに相槌を打った。「でも、人とこうして話したり、まして旅するなんて久しぶりだ。いつ以来だろう。ちょっと楽しみだ。」

「私もそうです。道連れなんて。若者たちとしばらく旅をしましたが、あれ以来か。もう何年も前の話だ。」

 二人は焚火の炎を見つめた。特に話すこともない。夜明け近くに少し仮眠を取って、早朝、出立した。東に道を取った。ムガナキ川に沿った街道を行く。急ぐ旅でもないが、はかどって、数日後にはバイアスルの首都、チェルアにいた。さすがに人通りが激しくなる。こんな男はちょっといないほどの大男と、全身黒づくめの魔法使いだが、行きかう人はみな二人に無関心だ。

「チェルアです。懐かしいでしょう。ちょっと寄っていきましょうか。」という魔法使いに

「確かにしばらく住んだ所だが、町はどうも苦手でね。その上、ここでは出番なしだったさ。先に進もう」

「出番なしとは? 」

「何もすることがなかったのさ。だから思い出もない。」と男は応え、素通りすることにした。

「どうして付き合ってくれているんだね。」という男の問いに、

「あなたは優しい。誰にも等しく接する。その上、力持ちだ。強い。そんなあなたを利用しようとしている者から、あなたを守ってやってほしいと言われてね。あなたは良い人すぎるから。」

「確かに俺はお人よしだ。よく叱られたものだ、もっとしっかりしろって。褒められず、叱られてばかりだったな。うすのろなのさ。でもこんなだから、面倒を見ようって人がいつもいてくれた。」

「それでいいんです。褒められなくていい。自分を褒めることのできるようなことをしていれば、いいんです。」

「ああ、そうだね、まったくだ。」

 そんな会話を繰り返しながら、二人の旅は続く。ゾルンバラの町が見えてきた。

「俺がいた頃は、小さな砦だったが、いつの間にか、大きな街になったなあ。」

「当初は、フラドンスキルからの防衛のために作られた町だけど、今はネゴロテからの交易品を運ぶ重要な中間点になったからね。寄っていきますか。さすがにもう、知り合いはいないだろうけど、ここにもいたんでしょ。」

「うん、ここでは半年ほどいたかな。そうさ、まだ何もなくて、砦を作らなきゃって時だった。毎日土木仕事で皆嫌がっていたけど、俺は好きだったな。人を殺さなくてよかったし、毎日いろんなものが出来上がっていく。壁とか堀とか。自慢の力を発揮して、みんなから褒めてもらえた一番の時かな。

 でももう、あの時の、相手を威嚇するような壁や堀じゃあ、もうないね。まだ堀や壁はあるけど。うん、これでいいんだ。人が怖がるようなんじゃなくて、誰もが安心できるものがいいんだ。良い方に変わってる。うん、良かった。

 でももう、やっぱり、俺の出番はないようだね。

 なんだか、疲れたよ、帰りたくなった。先に進もう。家に帰ろう。」そう言って男は、どんどん先に進んだ。


 日差しが少し弱まり、収穫の時になっていた。旅を始めた時、各地の田畑はすっかり色づき、収穫を待っていたが、今は刈り取られた跡を見せる所も方々にあった。

 変わる季節を感じさせる風の中、二人の旅は進み、目の前にネゴロテの町が見えてきた。人混みが激しくなった。明日は、祭りだ。街に入るとその準備をいたるところでしている。皆忙しそうにしている。二人は街中を歩いて店々を覗き時間を潰した。夕になって町を出、荒野の入口に立った。大きな夕日が目の前にあった。荒野では祭りの準備が整って、方々で火が炊かれ、肉や野菜を焼き始めている。日の入りと祭りの始まりを待っている。

「お別れです。私はここまでです。」と魔法使いは言った。

「一緒に行かないか? 」と誘う男に、

「私には浄化の力があるんです。祭りには良いものも悪いものも集まります。ただ、良いといってもそれだけでは。そして悪いからと言って排除すればいいというものでもない。悪いものもなければならない。それが世界です。しかし、私は良いものも悪いものも、浄化してしまう。ここからは、入ってはならないのです。」という魔法使いに、

「目が覚めたら、今のうちに何とかしなくちゃって気がして。でも何をすればいいかわからなくて、あの人に聞こうと思ったんだ。あの人もまだいるんじゃないかって。たぶん、今回で終わりだと思う。今まで、時々目が覚めては何かを捜そうとしたんだ。でも,もう時だ。今回は最後だ。次はもう、自分が誰か分からなくなっている。時を越えてしまったんだ。時のない世界に行かなくちゃならない。」

「いいですね。私はまだ、この時に囚われて、そこには行けません。行きたいと思っているのですが。」

「あの人は優しくて、いつも俺を褒めてくれた。戦に寝坊しても、馬に乗れなくて、戦が始まるといつも最後のほうから息を切らせて駆けつけても、いいんだ、それでいいんだ。お前はそれでいいといってくれていた。将軍も本当は人を殺すのが嫌いだった。戦でもなるべく人を殺さず済むようにしていた。

 俺はこの地で育ち、ここの戦で将軍と出会い、その後、この祭で仲間たちと語り、飲んで食べたんだ。生まれて初めて楽しいなあと思ったんだ。それから、あの人に従って転戦した。砦を作ったり、みんなと野営するのは楽しかったが、やっぱり戦は好きじゃない。みんな傷ついたり、死んだりもした。死ぬってさ、もう会えないってことなんだ。もう話したり笑ったりできないんだ。多くの人が死んだはずなんだけど、なんだかぼんやりしてる。戦は嫌いだけど、うすのろで力自慢だけの俺なんか、戦がなけりゃ、出番なしさ。いる所もない。戦が終って、その後、あの人もいなくなった。

ああ、あの人に会えるかな。」

「今夜会えるといいですね。でも実は私にも分からないのです。あの人がここにいるのか、どうなのか。私もあの人と会ってみたいですね。はるか昔、子どもの頃に出会っているはずなんですけど、一度きちんと話をしてみたいですね。」

「あの人は良い人だ。もし出会えたら、あんたのことを言っとくよ。俺に優しくしてくれたって。将軍に会いたがっていたって。」

「ええ、お願いします。」

「多分、今度はないと思う。これが最後だと思う。ありがとう、最後の旅に付き合ってくれて。」 

 そう言って、「ぽっちゃりボンズ」と呼ばれた人懐っこい勇者は歩き出した。日は沈んでいるがまだ残光は周囲を照らしている。最期まで見送ろうと魔法使いは目を凝らしたが、やがて男はかすれるようにして消えていった。

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