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「君は今朝、自分の名前をちゃんと覚えてた?」

あまんです。


貴方に抜けないような矢を撃ちます。

受け止めてくださいね。


空で音がした。


 誰も聞こえないはずの、音だった。


 風でも、雷でも、鳥でもない。


 それはまるで、何かが走り去っていくような――そんな音だった。




 私はそれを「空を渡る音」と呼んでいた。




 みんなが気づかないままに、世界は少しずつ何かを落としている。


 その音だけが、教えてくれるのだ。




 今日、またひとつ、何かが消えた。




きっと、そう感じるのは、気の所為なんだろうな。


そう、言い聞かせた。






薄い空色の風が頬をかすめる──






ノートを閉じて、カバンに入れる。


遅刻ギリギリの空は、今日も曇っていた。




あの音がした日、空は決まってこんな色をしている。




制服のリボンを結びながら、私は玄関を出た。




今日、学校に行ったら、


ひとり、クラスメイトの名前が思い出せないかもしれない。




……そんな気がした。まただ。




昇降口。靴箱。二年三組。


いつもと変わらない景色。




だけど、机が一つ空いていた。


この時間にはいつも全員座ってる気がする。


でも、思い出せない。そこに誰が座っていたのか。




「……あれ、誰か、休み?」


私がクラスメイトに空いた席を指差して、話しかける。


「え?最初から、あの席空いてたよ?」


やはり、




誰も疑問に思わない。


私の世界だけが、ひとつだけズレている。




そんな、気がするだけなんだ。




こんな事を言ったら、変に思われる。


気の所為だし、話さなくても良いと思うし。




「おはよー!」

明るく挨拶される。挨拶を無言で返す。




「相変わらず無愛想おおお!!」

同級生のミミ。親切に接してくれる。

朝毎日、いや一日中しつこく話かけてくる。

美女って人気だけど、その肩書きは面倒くさいことが増えそうで怖い。




「なんの用?用がないなら帰って。」

冷たく教科書を引き出しに入れながら言う。

「あるよ!ないとチュウ怒るし。」

ミミの髪が横にぴょんぴょんと揺れる。

「まあ、うん。そりゃあ、用もなしにうるさくしないで欲しいし…」


「いじわるーーー!!!チュウともっと話したいのに!」

煩い。目立つのは面倒だ。

………既にもう目をつけられてるとか正論は聞かない。


「で、用とは?」

「あ、そうそう、そこの席の事だよ。」

そしてミミは私の前の席を指す。

あぁ、空いてる席のことか。

もしかして、そこに誰か居たんじゃないとかいいだす?


「今日そこの席に転校生来るんだよ。」

嬉しそうに顎に人差し指を置くミミ。

「転校生…?」

そこには誰か居た…っていうか、きっとそれは気の所為だろう。



「まあ、最初から空いてた席だったし、埋まってスッキリするわ〜」

「ふーん。ま、興味ないけど。」

「ほんと、チュウって興味ないよー、泣いちゃう!」

……正直勝手に泣いててくれ、 と思った。

これを言ったらまた拗ねられるから言わないが。



『キーンコーンカーンコーン … 』

「……やべ、準備終わってない。」


3分前のチャイムだ。結構急がないとヤバい。




「ごめん!邪魔しすぎたなあ…席戻る!」

ミミ…アイツだけ安全地帯(椅子に座る)に逃げやがった。

話すだけ話して逃げたよ…?




「教科書入れてと………ふう、すぐ終わったな。」

教科書が今日は少なくて軽かった。

凄く助かる。毎日こうだともっと助かるけど。






『ガラガラ ── …』

ドアが開く。1日が始まる。帰りたいなあ。




ドアを閉めない先生。ニコニコしている。


多分ドアを閉めないのは、転校生が入って来るからだろうか。




妙に先生がニヤけている。転校生に浮かれ過ぎでは?




「朝のホームルームを始めます。」

「先生!転校生って!」

いち早く手を挙げてミミが言う。

流石クラスの人気者。堂々としている。

私にもその勇気を分けてもらい…いや、面倒くさいからいいかも…。



「早いですよ、ミミさん」

「はーい……」

先生は優しく返事をする。


「お前テンション高すぎ!」

「気になるけど違うだろ!待とうぜ!」

男子、女子たちが騒ぐ。

ミミだからそこなんだろうな。




小さく欠伸をする。もう眠たい、さっさと帰りたい。




「ま、いいでしょう。ミミさんも気になるようですし、転校生を先に呼びましょうか!」

ミミに甘い先生。

美女ってとんでもない肩書きだな、と少し思う。



「入ってきて頂戴!」


先生が言った瞬間、足音が聞こえる。




ドアから揺れる薄い空色が見える。なんだ?髪か?




入ってきた転校生の姿は、


髪は肩下くらいの長さ。風に揺れる柔らかさ。


瞳はグレーに近い青。「空に色がない」と言いたくなる透明感。


肌はすこしだけ色素が薄い。まるで光を透かしているよう。


服装は、制服をきちんと着てるけど、どこか古風なリボンや手袋をしている。


風に髪が揺れる瞬間、影がまるで薄れるように見える。


転校生は、

優しく笑った。少し寂しそう。



──私は、その瞬間息を呑んでいた。

息をするのを止めていた。



な、なん、なんだろう。なんなんだろう?

誰なんだ?転校生?なに?この子は?


き、れい。




きっと、その時、クラス全体が静寂に包まれていただろう。


私も見惚れていたから、よくわからないけども。




沈黙を破ったのは、先生だ。

「綺麗な方でしょう?」

「すっごく、綺麗…です…。」

ミミが優しく言う。瞳が震えているように見える。




「ロシア出身です。神崎クウと言います。」

転校生が自己紹介をする。目が離せない。




「ロシアで生まれましたが、すぐ日本に来たので、日本語しか喋れません。よろしくお願いします。」


「すげぇ…!」

「一瞬息できなかった!」

クラスの皆が盛り上がる。




「ロシア人なの!?」

「可愛い!」

「美しい!」

「すげー瞳きれー」

煩い、だが、今回ばかりは同意だ。

ロシア人か…初めて見たな…。




「さあ、クウさんそこの空席に座ってください。」

「はい。分かりました。」

空いている私の前の席にクウさんが座る。




「ではホームルームを始めますよー!」




その後の内容は頭に入ってこなかった。


私がこんな夢中になるなんて、なんでなんだろう。




どうでもいいはずなのに。




『キーンコーンカーンコーン … 』


「では、5分休みです。一時間目の準備を忘れずにお願いします。 日直!」 先生が言う。

「起立!」

日直が言う。


「おーい、チュウ!ぼーっとしすぎだ!」

クラスの男子が言う。

ぼーっとし過ぎて立つのを忘れていた。

話が頭に入ってこない。


「あっ…すみません。」

最悪だ、注目の的だ。

皆がくすくすと笑うような視線を浴びる。


なんだかずっと上の空だった。本当に最悪だ。



「クウさんの姿に見惚れすぎw」

ミミが言う。

「………。」

図星だ、何も言えない。




「「ははははははははwww」」

クラスの笑い声が私に向けられている。

いつもなら最悪で済ませられるのに。

その視線が私となると…。




「………礼はしないのですね。」

その空気を無視して、透明な声が言う。

下を向いている。

前の席の転校生のクウさんだ。




「あ、礼…。」

日直が忘れてたように、気まずそうに言う。

「「…お願いします…。」」

皆が気まずそうに挨拶をする。

空気をガン無視してクウさんが言ってくれたから、良かった…。




一時間目までの時間は絶対おしゃべりタイム。

クウさんに話ける確率100%。

私はもうどうでもいいや…、気にしてたら嫌なことしかないし。

無理やり気にしないことにしよう。

さっきみたいなことが起こりかねない。





─そう思ったのに、私の前に立ち、クウさんがこちらをじーっと見ている。


「………なに。」


少し嬉しい。なんかやっぱ気になっちゃう。




「君は今朝、自分の名前をちゃんと覚えてた?」

その表情から感情が読み取れない。

「は?」

なに、を言って?

私の脳内はハテナで埋めつくす。



「お、覚えてたけど…?」


「そう、ならいいの。」


あ、それだけ?会話それだけ?

なんなの?え?なに?本当になに?

ハテナで更に頭を埋める。



「いや、それだけじゃない…」

それ、だけじゃない?




「この世界変だと思わない?」

少し試すように風で髪を揺らしながら言う。

予想の斜め上の質問過ぎて、返答があやふや。

「変って…なにが?」

予想の斜め上の質問過ぎて、返答が疑問で返す。

「なにか、世界が変わっていってる気がしない?何かが、ない…そんな気はしない?」

!それは………!!!




「します!凄く!物凄く!この、よくわからないけど!」

興奮して大きく立って私は言う。


「珍しくチュウが煩い…!」

ミミが目をキラキラさせながらこちらを見る。嬉しそうに。

クラスの男子がクスクス笑う。



「…………不憫ね。可哀想。」

「クウさんのせいでしょ…。」

「………チュウさん?」

しまった、声に出てしまっていた!!

でもじ、事実だし…!!



「私は、そんなキャラじゃない…そんなキャラじゃないんだよ…!」

笑い声に苛立つけど、なぜか胸がざわつく。

本当になんか変だよ…!!!


「クウ!アンタのせいで私は今日は変なんだよ!なんで!なんで!」

そう言った瞬間、



「君面白い…!!」

クウの口が横に裂けていく。

「は!?!?」

脳内では火山噴火している。

もう混乱で頭が回らない。



てか、あれ?



世界が止まっ…?


一瞬何が起こったか分からなかった。




周りを見渡してみる。




ミミたちが、クラスメイトが、先生が動きが止まっている。静止画のように。




私の呼吸音と心臓の音が聞こえる…動ける。


私は動けている。


どういうとこだ?私だけが動ける…的な?




「ようこそこちら側へ」

「え…?」

クウさんも動いている…?








「時間と時間の狭間へ来ちゃったね。来れちゃったね。」



貴方にいい矢を刺せたかな。

すぐ抜けた貴方は次は心臓撃ち抜きます。

お覚悟。


チャイムって4回目なりますよね。

『キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン』

省略して1回って許してだってばさ。

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