extra.8-1
しばらく、近藤視点での話が続きます。
――数時間前、未明。
この世界の冒険者の服の上から、砂漠色のマントを羽織った近藤たち。
ロノウェが転移魔法の陣を発現させたとき、確認するようにマクシーニが耳打ちしてきた。
「……シゲ、本当にヴィクトリアを置いていっていいのか?」
その問いに、近藤はちらりと視線を投げるだけに留める。
「……あのじゃじゃ馬娘、黙って置いていったら絶対荒れるだろう。……それに」
「死ななければいい。それだけだろう」
ふい、と近藤はマクシーニから視線を反らす。
そのとき、ジャックがマクシーニに言った。
「まあまあ。マックス。何日も前から決めてたことだろう。ヴィッキーは置いてくってな」
「ああ。俺はいいと思うぜ。うら若い娘さんに、これ以上血は浴びさせられないだろ」
「……それがしは、ただ頭領の意思に従うのみ」
フェリックスとカーノンも同調する。
特にフェリックスは、近藤の偽らざる本音をズバリと口に出してくれた。
これだけで精神的な負担は多少なりとも減る。
「……マクシーニ」
近藤は再びマクシーニを見やった。
「嗤うか? 今更になって、戦場を知らん奴のようなことを言ってヴィクトリアを遠ざける俺を」
じっと見上げると、マクシーニは早々に降参とばかりに肩を竦めた。
「いいや。俺だって、返り血を知らんままでいられるなら、その方がいいってのは知ってるからな」
ぽん、とマクシーニは近藤の肩を叩いてくる。
近藤は1つ頷き、それから背後にいる3人を振り返る。
「……お前たち、覚悟はいいな」
その問いに、3人は躊躇うこと無く頷いた。
近藤もそれに頷き返し、ロノウェに言う。
「やってくれ」
「心得た」
彼の操る闇のマナが、転移陣を起動させる。全員それに飛び込んだ。
転移陣の先はドーラッド王国の首都。王城城下町の外れだ。
「ひひひ、来たなァ」
出迎えたのは、浮浪者という様相の男女が数人。
「侵入路・退路は確保済みよ、ロノウェ」
「ご苦労だったな。だがまだ終わりではないぞ」
「分かってるってェ。ハイルズと、それに与する人間、そんで異世界の人間を召喚する陣をぶっ壊すまでが今回の仕事だってなァ」
近藤は軽く頭を下げる。
「よろしくお願いする」
そう言うと、彼らは機嫌が良さそうに笑い声を漏らす。
彼らはロノウェの同胞だ。彼らの一族の王から、近藤への協力を命じられている。
表面的にであっても、敬う・従う、そのような態度を取れば、ロノウェを含む悪魔族は表向き友好的な態度を示してくれる。
そうした方がいいと、彼らの王――心身を壊した近藤を治療し、手駒として囲うことをもくろんでいた男――から教えられた。
まあ、マクシーニだけはそれにいい顔はしないのだが。
「こちらよ」
1人の女が先導して歩き出す。
しばらく歩くと、粗末な家屋に辿り着く。
「……なるほど」
マクシーニが声を上げた。
「王族専用の緊急避難路の1つか」
「ご明察ゥ~」
小声ではあるが、ケラケラと1人が笑う。
「ここの兵士共を、俺達のイウコトをよ~く聞くイイコちゃんたちにしてから、俺らの方で道をちょちょいとイジったのさァ」
ドアを開けながら男は説明する。
室内には、直立不動の第二騎士団の騎士が2人。
どちらも心ここにあらずといった目になっている。
「……」
近藤は彼らの様子を、一度見てから目を伏せる。
何かの運命が違えば、彼らも悪魔の洗脳など受けることも無かったろうに。
(……すまない)
ドーラッド時代に見た顔ではない。名前も知らない。若く見えるから、きっと自分たちがドーラッドから脱走した後に騎士になったのかもしれない。
悪魔の洗脳は、人間の洗脳術よりも深く精神に作用し、時に魂を容易く壊すもの。
人間族にとって、悪魔族は超常の存在であるのだ。
彼らは洗脳を解除されたとして、それ以前と同じ精神性を取り戻せるのだろうか。
(……詮無いことだ)
だが、所詮は他人。彼らの人生と自らの人生は、敵という点でしか交わらない。
ならば彼らの行く末まで気にかけるのは、こちらの心が疲弊するだけ。
まだ自我を取り戻す前に、まるで愛玩人形のような触れ方をされながら、誰かにそんなことを言われたような気がする。
悪魔族たちの案内を受けながら、近藤は一瞬引かれた後ろ髪を切り落とすイメージを脳裏に描く。
そして、それを床にばらまいて捨てた。
「……シゲ」
ひそりと、マクシーニが話しかけてくる。その表情からはこちらを案じる色が見えた。
近藤は思わず苦笑する。
「……大丈夫だ」
洗脳も、殺人も、近藤にとっては忌避すべき事柄、未だ癒えきれていないトラウマだ。
しかし今はそんなことを言っていられない。
ハイルズ・ヒューゲル・ドーラッドを殺し、これ以上の地球人召喚を防ぐ。
その為に近藤は這い上がってきたのだから。
もうその顔には、先ほどまでの憂いはない。
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