extra.2
リシアーナ視点です。
少し時を戻して、護がリシアーナの執務室から辞した頃。
ふわりと霞のように、アルフィンが現れた。
「……団長、どうされました?」
彼女はノックもなしに入り込んできた上司に目を向ける。
瞬間、キン、と空気が張り詰めた。結界魔法だ。
「マモル様のご様子はどうだい?」
彼は、持ち込んだ何かを応接テーブルに置きながら訊ねてくる。ふわわ、と白いマナが散ったそれは布袋だった。
封を開け、中から焼き菓子を出してかじり始めた上司に溜め息をつき、羽ペンをホルダーに置いた。
「お変わりありませんわよ」
言いながら立ち上がり、向かいに座る。
「それは重畳。マモル様には健やかにいていただかなくては」
「……」
リシアーナはじっと上司を見やる。
彼女は魔法について、それなりの自負がある。他人の考えを見抜く洞察力も、それなりに。
だがしかし、この男には得意の光魔法であっても勝てた試しがない。考えもいまいち読めない。
アルフィンは、最愛の妻子と可愛い弟、そして尊敬する両親以外には隙を見せない。こうして彼女がじっと見つめていても、アルカイックスマイルで受け流すのみ。
勇者マモルの教育担当に名乗りをあげたのはいいが、その真意が謎だ。
前第一団長の仇を取ってくれるのではないか、という淡い期待を持っている実弟とは、考えを異にしているとしか思えない。
そんな彼が実父以外に唯一、誰かのことで嘆き悲しんだことがあった気がする。
アレは誰だったか……。
「〝まだダメだよ〟」
その言葉に、リシアーナの思考に一瞬霞がかかる。
正面を見ると、アルフィンは片手で焼き菓子を摘まみ、もう片手の中で白と黒のマナをジャグリング玉のようにくるくると回している。
にこ、と彼は笑った。
「マモル様にはそろそろ、魔法のなんたるかをお教えしてもいいかもしれないねぇ。こちらがあんまりのんびりしていると、私がアルディスに怒られてしまう」
その光景がありありと想像できてしまい、リシアーナは溜め息交じりに答えた。
「では明日から、魔力の訓練も始めたいと思います」
「頼むね」
よっこらせ、とソファーから立ち上がった団長を、彼女も見送るために立ち上がる。
ひらひらと手を振って、アルフィンは出て行った。
ドアが閉まると同時に、キィン、と結界魔法が解かれる。溜め息をついた。
「……なんだったのかしら」
アルフィンが屯所内をふわふわと渡り歩いているのはいつものことだ。
だが、今は明らかに含みがあるように見えた。
それが何なのかは分からない。分からないからこそどうしても気になる。
ふと、アルフィンが置いていった焼き菓子が目に付いた。布製の袋の中から覗いているのは、黒褐色の平たい焼き菓子。
「まあ……」
甘い香りを漂わせるそれの入っている袋を持ち上げ、柳眉を寄せる。
「どうして置いていったのかしら……」
そう呟き、訝しく注視しているとき。
「――……、」
ふと脳内にちらついた、黒。
「……、食べ物に、罪はないわ」
わさわさと、白いマナが焼き菓子の周りに寄り集まる。
この動きは、騎士団・魔法師団共同食堂でも見られるものだ。
彼女を含めた多数は毎食、提供されたての定食を光のマナに数瞬の間覆い尽くされる。
マモル・トウドウがこの世界に現れてから見られるようになった動き。
それが何故なのか、アルフィンとマモルはもしかしたら分かっているのかもしれない。
浄化魔法は光のマナに通ずる。ということは、王城で提供される食事に何かしらの細工がされているのではないか。
疑問に思ったリシアーナや他団員がアルフィンに訊ね、光のマナが視える団員の間にのみ通達されている推察だ。
一部の団員は懐疑的であったが、リシアーナは団長の言葉をひとまず受け入れることにした。
マモルと食堂で昼食を共にすることもあったが、いつも彼は食事から離れる光のマナに感謝するような視線を送ってから食事を始めるのだ。
食の恵みに祈りを捧げる僅かな時間でマナたちは集まり、散っていってしまうから、彼の視線も一瞬のものなのだが。
だが、光のマナが散ったあとの飲食物はいつにも増して美味に感じる。ということは……。
「……」
先ほど光のマナたちがくっついていた菓子。ならば食べても大丈夫だろう。
彼女はそう思い、焼き菓子を口に運ぶ。
かり、と日持ちするように堅く焼き上げられたそれをかじる。小麦の風味に混じって、彼女にとっては未知の甘味が感じられた。
「……甘い? でも美味しいわね」
ポリポリと菓子を咀嚼しながら、リシアーナは何故か郷愁を感じていた。
黒褐色の平たい焼き菓子はココア味です。
ひと昔前、薬品として王族が粉状態で摂取していたカカオを、焼き菓子に混ぜ込むことを提案した地球人がいたようです。
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