scene.10
リシアーナさんの執務室の前に到着し、ドアにノックする。
「はい」
返事が返ってきたのでドアを開けた。
「今日もお世話になります」
「いいえ、お待ちしておりましたわ」
俺はすっかり慣れたように、応接ソファに座る。
アルディスさんの執務室の家具は、色味も作りも重厚な印象を与えるものばかりだった。
ここも家具は共通しているが、花が生けてあったりして女性らしさがプラスされている。
こういう柔らかな印象の飾りがあるとないとではやっぱり違うなぁ、と俺はここに始めて来たとき思ったものだ。
「さて、昨日差し上げた本はお読みになれましたか?」
「はい」
俺は頷く。
文字の習熟に関しては、この国のアルファベットを習うところから始まり、日本語との違い、書き読みの訓練、と積み重ねてきた。
ちなみに、アルファベットの書き取りを終えたとき、俺の目にはこの国の言葉が全部ローマ字に見えるようになった。
これも異世界転移特典なんだろうか? 俺の認知能力は一体どうなっているんだ。
俺はギリアムからもらったお古のナップザックの中から、借りた本を出した。
本、とは言っても絵本のように見開きいっぱいに描かれた絵と短めの文章だ。なんでも、文字が読めるようになった子供向けの児童書だという。
「では、簡単な文章を読めるようになったかどうかのテストをいたしますわね」
リシアーナさんは笑い、俺の出した本を広げた。
俺は中表紙に描かれている、本のタイトルを読み上げるところから始める。
「そうぞうじゅさまと、このせかい」
本の表紙は他の本と変わらないような、しっかりとした装丁だ。だが中表紙から雰囲気は変わる。
淡い水墨画みたいな絵柄で描かれている挿絵。白いローブのようなものを着た人のような姿をした者がいて、囲むように6つのオーブ的な何か。その周りを動物、魚、植物、あらゆる生き物が取り巻く。その側にそれらの要素を見た目に持つヒト。一緒にいる人間と同じ姿のヒト。それらから少し離れたところに白い光。
真ん中にいるのは創造主。その周りにいるのは、6属性のマナ、この世界の動植物たちとその特徴を持つ亜人、人間。
この本は、この世界の成り立ち……とこの国では教えられている創世神話を子供向けに書いたものなんだとか。
それを聞いたとき俺は、さぞかしこの国は人種の坩堝なんだろうとちょっとワクワクした。
のだが、この国がある大陸では、どうやら人間族以外は人権がないらしい。
亜人がいるとしたら、人身売買か拉致されてきた奴隷か、見た目が人間と変わらないくらいに血が薄まった末裔くらいしかいないと彼女は言った。
それを聞いたとき、俺は唖然としたんだ。
現代日本人の感覚だと、人身売買だの奴隷だのは、普通に生きてたらそうそうお目にかかることのない社会の暗部でのことだ。
俺は怖いから、そういうことには関わらないようにして生きてきた。裏社会や外国じゃあまかり通ってるってのは見聞きしたが。
おっといけない。早く本文を読まないと。
「このせかいは、そうぞうしゅさまがつくった。そうぞうしゅさまは、まずマナをつくった。マナはつち、かぜ、みず、ひになった」
何もない空間にぽっと、創造主が浮かび、その周りを四つの光が取り巻いている絵だ。
ページをめくる。
「よっつのマナはきょうりょくして、せかいをつくった。だいち、そら、うみ。そうぞうしゅさまは、おおいによろこんだ」
前のページとは打って変わって、大陸と空と海が、白黒ながら雄大に描かれている。
その光景を四つの光が駆け巡り、創造主はそれを見守っているようだ。
「そうぞうしゅさまは、せかいにいきものをつくった。だいちにすむ、けものやくさばな。そらにいきる、とりやむし。うみをすべる、さかなやかい」
見開きが三分割され、それぞれの光景が描かれている。
どれもこれも、繊細かつ緻密なタッチだ。
俺には到底真似が出来ない。
「いきものから、そうぞうしゅさまのすがたをまねしたものがうまれた。じゅうじん、ちょうじん、にんぎょ。ほかにもたくさん。」
創造主と寄り添う四つの光を中心に、獣人や鳥人、人魚などが和気藹々と集まっている。
あ、端の方で肉やら魚やらをたき火で焼いて食べてるのがいる。
いいなぁ、直火バーベキュー。
「マナはまねをして、けんぞくをうみだした。つちのドワーフ。かぜのエルフ。みずのセイレーン。ひのイルヴィッシュ」
おお、流石にエルフやドワーフは俺も知ってるぞ。こっちの世界でもあまり違いがなさそうな見た目で安心した。
ドワーフに会えることがあったら、今後の参考に話を聴いてみたいな。
セイレーンも聞いたことはある。確か歌声で船乗りを海に引きずり込むんだっけか?
イルヴィッシュは知らないなぁ。でも、絵に描かれている姿は、人間の子供とあまり変わらない。全身が燃えたぎっているのを除けば。
「そうぞうしゅさまは、さいごにじぶんのすがたのけんぞくをつくった。それがひかりのみこ。ひかりのみこは、たくさんのけんぞくとこどもをつくった。そのこどもは、めぐりめぐってにんげんになった」
創造主と同じように光り輝くヒトが、何人もの人間を見守っている図だ。
さらにその様子を創造主が空から見守っている。
「これが、このせかいのなりたち」
最後の見開きに描かれている絵は、創造主の周りを、これまでに出てきたたくさんの存在や種族が囲んでいるものだった。
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