5 帰り道
杏は、我に引き戻された。
この人は・・・、いや、妖怪だからか、人の心を読んでるんだろうか?
ただ、そうだとしても杏は不思議とそれが嫌だとは思わなかった。ヒロちゃんを見るさっきの眼差しを見てしまったからだろうか。
ここにこのまま残りたい。
この、人と人でないモノたちが分け隔てなく集っているこの居心地のいい世界に、わたしも混じりたい・・・。
そんな思いに引きずられかけていた杏は、魂が自分の肉体に帰ってきて重なったような気がした。
矢田さんの言葉で、ふいにまた夏樹の顔が浮かんだ。
夜遅くまで働いて、帰ってきた母親の顔も・・・。最近のわたしは、あの時の母親に近い顔をしていたかもしれない・・・。
夏樹は忙しいわたしに代わって、ずっと食事を作ってくれている。夏樹だって、自分のイラストの仕事があるだろうに——。
残業で遅くなった日だって、一緒に食べようと待っててくれる。
そんなに気を使わなくていいよ。そんなに優しくしなくっても、嫌いになったりなんかしないよ? その優しさが、ちょっと重いんだよ・・・。
でも、ここの大人たち(ほとんどが妖怪だが)を見ていると、みんななぜかとても幸せそうだ。それはひょっとしたら、ヒロちゃんという小さい女の子を愛することで集まっているからなのかもしれない。
小さな女の子の幽霊。
この家の中心——主。
本当の家族・・・。
ああ、矢田さんが言ったのはそういうことか・・・。
子どもを育んで、そして愛して・・・幸せにしようとしている大人たち。
そうか——。
わたし、家族が欲しかったんだ。
こういう家族になりたかったんだ。
そうだ。
わたしは愛されたいんじゃなく、愛したいんだ。
夏樹もきっとそうなんだ。
だから、あんなに優しくて、あんなにいろいろやってくれるんだ。
わたしはそれを少し重荷に感じていたけど、そうじゃない。素直に受け取っちゃえばいいんだ。ナナシちゃんのクッキーみたいに。
そしてたぶん、子どもができたら・・・、夏樹のそれは半分以上そっちに行くんだろう。わたしもそうかもしれない。
あいつは・・・、ヒロちゃんみたいな子どもができたら、きっとデレデレになるんだろうな。(笑)
わたしはきっと、こんなふうに、わたしたちの子どもを幸せにしたいんだ。
うん。
杏は立ち上がった。
「ご馳走さま。美味しかったです。」
カウンターにもたれかかるように立っている鬼乃崎九郎さんに声をかける。
「道が、見えましたか?」
矢田さんが帽子を持ち上げた。
「はい。」
杏は素直に答えた。
この妖怪は、何も言わなかったけれど、ずっとわたしの心が彷徨い歩いていたのを見ていたのに違いない。
今はそのことも、なんだか心地よい。
親戚のおじさん・・・って、こんな感じなのかな?
いないよね。人間にこんないい人は・・・。
「よかったら、これ持ってってください。」
九郎さんが会計の時、渡してくれたカードのようなものには、あの入り口の黒板に描いてあったような綺麗な花のような紋様が描いてあった。
「護符です。パスポートみたいなもんです。普通の人間にはあの門、めったに見えないんで——。」
「もうすぐ若女将になるはずの女性が描いたんですよ。神主の家柄のお方なんですけど、妖怪に理解のあるいい人でね。」
源蔵さんが手を突っ込んだ袖を振りながら言うと、九郎さんは少し慌てたような表情を見せて顔を染めた。
「源蔵さん! まだ・・・」
それから、照れ隠しなのか、杏に営業スマイルを見せる。
「また来てください。」
「はい。」
矢田さんが、ひょいと帽子を持ち上げて挨拶をする。
ヒロちゃんが、ヤモさんのエプロンの端をつかみながら、もう片方の手を振っている。
また来ますとも。
今度は家族で———。
重厚なドアを開けると、さほど長くもない石畳の小径の先に、あの錆び付いた門が見えた。
了
一気に書き上げました。
「これは規定にあるところの『ホラー』じゃない!」って言われるかもしれませんが。。(^^;)
読後に、優しい妖怪たちから力をもらって帰路についていただければ嬉しいです。




