第八話 説明
落ち着いたようなのでシャーリィを解放し離れる。
「あ……」
小さなつぶやきが聞こえるが、聞こえないふり。
「当面の問題をどうするかを考えていた。クーゲルとか言ったか? その街に出たほうが良さそうだと思っている」
「え、なんで……」
「見ての通り、私のできることとここで必要とされていることは合わない。だから、だな」
「そんなの! あたしが‼」
苦笑する。
「ま、いい大人が何もせずにフラフラしているのはあまり良いことではないからな」
私の言葉に、しばらくうつむいていたシャーリィ。キッと私を見据え、宣言する。
「じゃあ、あたしもついていく。あんたは界渡りしものだからどうにも危なっかしいし」
「いや、それは……」
「反論は受け付けません。却下です。聞こえません」
耳を両手で塞いで首を振るシャーリィを見て、ため息一つ。
「ああもう、わかったよ。好きにすればいい」
私の言葉にシャーリィは満面の笑顔。
「となると伝えておかなければならないことがあるな」
左手の手袋を外す。漆黒の手が現れる。
「……なに、それ?」
「ガーランドと言うらしい。様々な魔術を行使でき、さらにこちらが指示をすると新しい魔術を構築するもののようだ」
恩寵の眼帯を外す。シャーリィは私の顔を見て息を呑む。
「レン。情報を制するもの、らしい」
シャーリィを見ると、彼女の情報が見える。
――――
シャーリィ・クロトヴァ
称号
撃滅者
職業
剣師
精霊術師
戦闘力評価
616
――――
眼帯を戻す。世界は元の風景を取り戻す。
「情報を制するもの?」
「そうだ。ステータスオープンで見えるものが見えている」
「そう……なの」
シャーリィは沈み込む。
「私の元いた世界では、女神アルテアは復讐と撃滅の女神と呼ばれていた」
「……え?」
「女神は、大地の神の娘であり、大地の神の敵をその手の斧で撃滅した」
不安そうなシャーリィの頭を軽く右手で撫でる。
「撃滅者という称号は、女神アルテアのものと同じ。必要だから、女神もその選択をした。シャーリィもそうなのだろう? なればこそ、その称号は尊い選択の結果だと私は思っている」
シャーリィはしばらく呆然と私を見上げ、その後また抱きついてきた。
「おおっと! あんまりおじさんに抱きつくものではないよ」
「……バカ」
シャーリィはその顔を私の胸に押し付けたままだったのでくぐもった声だったが、はっきり聞き取れた。が、再び聞こえないふり。
「まったく……甘えん坊だな」
娘がいたらこんなことをしていたのかもしれないな、と思いながら、右手でシャーリィの頭をそっと撫で続けた。
しばらくしたらシャーリィの方から離れた。
「大変、失礼しました」
シャーリィは赤い顔でうつむいている。
「気にするな」
短くそれだけ言い、左手に手袋をする。
「気になってたんだけどさ……その手袋、すごく薄くて、でも綺麗よね」
「ああ、女神からの下賜だからな」
サラッと言うと、シャーリィは目を丸くして私を見る。
「ラルフ、あなたって本当に、なんて言ったらいいのかしら」
「冴えないおっさん、でいいんじゃないかな」
シャーリィは目を丸くして私を見た後、大笑い。
「自覚のない人って扱いに困るわ」
「分をわきまえている、の間違いではないかな?」
右目でウィンクして、右人差し指で彼女を指差す。
「ふふっ、まあ、どっちでもいいわ。クーゲルには3人が戻り次第移動しましょう。多分明後日には戻ってきます」
「そうか。じゃあそれまでの間、この集落の広場で野宿していいか族長に許可」
「ダメよそんなの! ここには部屋が余っているんだから!」
シャーリィがかぶせ気味に言ってきた。
「私に拒否権は?」
「あると思う?」
シャーリィはウィンクして私を右人差し指で指す。
「降参だ」
両手を開いて肩をすくめる。
「ふふ、じゃ、ご飯作るわね。ラルフはその間に湯浴みでもしておいて。火精霊、お願いね」
シャーリィがそのまま右手を前に出して手のひらを上にすると、小さな火がその上に現れ、消える。
「ああ、精霊術師だからか」
私が小さく言うとシャーリィはびっくりした表情でこっちを見る。
「職も見えるの? え、精霊術師? 精霊使いじゃなくて?」
「ん、ああ。そうだよ。見えるし精霊術師になっていた」
「やった! クーゲル行ったらカード更新しなきゃ」
シャーリィは上機嫌で鼻歌でも歌いそうな勢いだった。
「カード?」
「ギルドの登録カードよ」
「ギルドってのは、なんなんだ?」
しばらくシャーリィは考え込む。
「そうね……ちょっと説明長くなりそうだから、ご飯のときにでも説明するわ。とりあえずラルフは湯浴みしてて」
部屋を追い出されてしまったので、仕方なく湯浴みの部屋に向かった。
指し示された湯浴み部屋に入る。
「ガーランド、保持しているものの一覧を出せるようなら出してくれ」
《イエス、マスター》
ステータスのような半透明の一覧表が出てくる。
・グラーフ金貨 8万枚
・男性用肌着 6セット
・冬向け旅装束 2セット
・夏向け旅装束 3セット
・ロープ40m 3本
・軽量簡易糧食 30セット
・寒冷地用糧食 60セット
・通常糧食 60セット
随分と女神様はいろいろ入れてくれていたようだ。糧食はおそらく軍で食べていたアレだろうな、と少しげんなりする。味は二の次でとにかく携帯しやすいように作られている。
冬向け旅装束が1セット少ないのは今着ているからだろう。
脱いでチェック。汚れがまったくない。さすが女神製。肌着もチェックするが、汚れがない。なんてことだ。
湯浴みの部屋のたらいにはたっぷりの湯があった。
シャーリィの火精霊のおかげなのだろう。感謝しつつ、体を洗った。
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