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第七話 思慕

 謁見を終え、外へ。当面の問題は、仕事だろう。

 エルフの集落は自然とともにあり、私のようなタイプの人間には仕事はあまりなさそうだ。

 なぜならば褐色肌を持つエルフが族長、シャーリィ以外に見当たらない。

 シャーリィの隣に並んで歩きながら話しかける。

「なあ、シャーリィ。この集落の規模はおおよそ300~500と見積もっている」

「正解よ。424人いるわ」

 この辺は人族とあまり変わりはないようだ。

「ふむ。ならば君や族長のようなエルフはあと何人いる?」

「え?」

「褐色の肌を持つエルフ、だ」

 シャーリィは私の質問に首を傾げながらも答えてくれた。

「全部で5人よ。他の3人は今クーゲルに武器のメンテナンスに行ってるわ」

「クーゲル?」

 知らない単語が出てきたのでそのまま問いかける。

「あー……ここから一番近い人族の街ね。ここよりずっと大きいわ」

「武器のメンテナンスってことは鍛冶屋か……エルフは鍛冶が苦手なのかね?」

「まあねえ。力はないし、火は苦手なのが多いね。あたしや族長なんかはあんまり気にしないし力もあるんだけど、でも鍛冶の技術を覚えるには遅すぎ、ってところ」

 自分の提供できるものを考える。

「なあ、シャーリィ。私がここで鍛冶屋を開くとしたらなにか問題が起こりそうか?」

「え、鍛冶屋? んー……あんまりおすすめはしないねえ。さっきも言ったとおり、火を気にするエルフは多い。っていうか、ラルフ、あんた鍛冶出来んの?」

「まあ、な。そうか……となるとできる商売はほぼないな」

「商売って?」

「働かざる者食うべからず、ってところだ」

「あー、そうねえ……ま、とりあえずここがあたしんちだ」

 白壁の小さな家の前に着いた。

「さ、入って入って」

 ドアを開け、私を中に呼び込む。

「いや、独身女性だろう?」

 私の言葉にシャーリィはカラカラ笑う。

「大丈夫だよ。()()()()の貰い手なんざいないから大丈夫だよ」

「エルフの価値観はよくわからん」

 まっすぐシャーリィを見つめる。

「は?」

「シャーリィは魅力的だよ。私があと20歳若く、この傷もなければ結婚を申し込んでいたかもしれない」

「はあぁぁぁ⁉」

 叫ばれた。シャーリィはその後さっさと家の中に入って扉を乱暴に閉じてしまった。

 どうも彼女の自己評価が低いなと思って軽く言ってみたのだが、慣れないことはするものではないな、と反省した。

 フラフラと新参者が歩き回っていたら余計なトラブルが起きるだろうと予想できる。その場合、迷惑の先はシャーリィ並びに族長だろう。となるとじっとしているのが正解だ。

 そう、シャーリィの家の前でぼーっと馬鹿面を晒すしかないと判断した。

 バタバタドタドタとドア越しに音が聞こえる。

 しばらくするとドアが小さく開く。

「ほら、入ってよ。そこに突っ立ってられたらかえって迷惑だわ」

 シャーリィに促される。

「そうか」

 それだけ返してシャーリィの家に滑り込んだ。

「あ、靴はそこで脱いで。椅子使っちゃっていいから」

 シャーリィの声は玄関のすぐ脇の部屋から聞こえる。だがここからは見えない。

 椅子に座り、靴を脱ぐ。黒いふくらはぎの半分まで届くブーツ。靴紐を緩めて足を抜く。おそらく蒸れてひどい匂いがしているだろうと覚悟していたが……。そういえば不快感がまったくなかった。駄女神とはいえ、女神なのだなとふと思った。

 足を引き抜くと黒いソックス。頭の片隅にここまで黒で統一か、という考えが浮かんで、散っていく。

 シャーリィの声のした部屋に入る。

 銀髪をアップにまとめた白いワンピース姿のシャーリィがいた。ボディラインに合わせた縫製は見事の一言。だが、それ以上に刺激的だったのはざっくりと開いた胸元と、ノースリーブ、そして膝から下が見えているというその丈。

 そして、その上に整った顔がある。

「……なによ」

 あまりの美しさに声を失っていたら、非常に不満そうなシャーリィの声がした。

「いや、その……声も出ないというのは、事実なのだな、と思った」

「……そんなに似合わない?」

 低い声で言うシャーリィ。

「違う。この感情を正確に言葉にできない。その時人間は言葉を失う。綺麗だという言葉が陳腐でしかないという絶望に絶句する。言葉を重ねる無様さに思い至る。そういうことだ」

 自分が饒舌であることを感じる。軍人の私はそれに警告を、そして男である私はそれに羞恥を。

 シャーリィはぽかんとした表情の後、私に抱きつく。

「ど、ど、どうした、シャーリィ」

 不意打ちに対処できずに宙に無様に舞う両手を見て、ふと冷静になる。

 左手は腰へ、右手は背中に。ポンポンと右手で背中を軽く叩く。

 しばらくそうしているとギュッと抱きついていたシャーリィの力が抜ける。

「あのね」

「ん?」

 私の胸の中で小さくなっているシャーリィの頭をそっと撫でる。

「あたしはさ、ほら、()()だからさ……その……」

 そっと抱きしめる。

「だから、ここでは、軽蔑されてるんだ。族長にはなれないしさ」

 エルフの社会システムはわからないが、彼女は褐色肌になったことに対してコンプレックスを抱いているのかもしれない。

「ねえ、ラルフ」

「ん?」

「あなた、何歳?」

「渡る前、なら52だな。そろそろ死んでもおかしくない歳だ」

 シャーリィはその答えに私の胸に顔を擦り付けている。嫌だ、ということだろうか。

「人間は、そういうもの、だ」

「どうしてあたしはエルフで、あなたは人族なんだろうなー」

 小さくつぶやかれた彼女の言葉。聞こえないふりをした。


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