第六話 移民
しばらく森の中を移動していると、急に開けたところに出た。
「ここが、私達の集落よ」
シャーリィは親指でその集落を指し示す。
「失礼なのは承知の上なのだが……一つ、いいかね?」
「なにかしら?」
私の口調に合わせたのか、ちょっと上品に答えるシャーリィ。一瞬自分に浮かんだ疑問を飲み込もうかと思ったが、それはそれで不自然だ。さらには代替の質問も思いつかなかったので、後悔の念とともに吐き出す。
「私達の国では、シャーリィのようなエルフのことをダークエルフと呼び、エルフとは異なる種族とみなしていた」
シャーリィはキョトンとした表情で私を見た後、カラカラと笑う。
「あー、なるほどねー。人間にはそう見えるかもね」
シャーリィは子どもたちに中に入れと手で指示する。全員が中に入った後、私に近寄る。
「ま、あたしたちエルフは基本的には命のやり取りはしないんだけどね。とはいえ、それで生きていけるかっていうとそういうわけにもいかないんだよね」
シャーリィはそう言うと私の首に両手を回す。
「あんただってそうだろ? 国を、子どもたちを守る以上、綺麗事ではすまない」
「ああ、そうだな」
シャーリィから視線をそらさず答える。
「覚悟を決めたエルフは、こんな肌になっちまうのさ。そして男なら筋肉質に、女なら肉感的になっちまう。俗世に染まるって言われてるけどな」
私はシャーリィに頭を下げる。
「失礼なことをした。シャーリィ・クロトヴァ、あなたは戦士としてこの地に立っているのだな」
シャーリィは私にまたカラカラと笑いかける。
「んな大層なものじゃないかもしれないよ。あたしらは悠久の時を生きてる。だからこそ倦んだ結果こうなったのかもしれないねぇ」
私は右膝を付き、右手を左胸におき、左手を右肩へ乗せて深く頭を下げた姿勢のまま、固まる。ディーフヴァルター帝国の軍人の、敵意を持たず、相手に尊敬の念を示す姿勢。
すでに私の故国は遠くにあるのだが、刻み込まれた習慣は剥がせないものだな、とその姿勢のまま思った。口の端には苦笑も刻まれていたのかもしれない。
「ラルフ、頭を上げてよ」
ゆっくりと頭を上げると、目の前にシャーリィの笑顔があった。
「あたしゃ、望んでこうなったんだ。誰かがやらなきゃならないことではあったんだけどね。あんただって、そうだろ?」
そのまま族長との会見となった。一族の長は褐色の肌の壮年の男性だった。名前は、セシル・クロトフだという。その族長の前でディーフヴァルター式の敬意の姿勢で頭を下げる。
「ふむ……戦士シャーリィよ。彼は二重……なのかね?」
「私が聞いている限りは、そうです」
「そうか」
しばらく考え込むセシル。
「ラルフとか言ったか? 顔を上げてもらえるか」
「はい」
ゆっくりと顔を上げ、左手を肩から腰の後ろへ回す。これも敵意のないことを表す姿勢だが、果たして通じるかどうか。
「その、な……私には視えるのだが……」
セシルはゆっくりと私に告げる。通じていると思って良さそうではある。
「ああ、なるほど。聞かれなかったので答えておりませんでした」
「やはり、そうか。界渡りしもので、更には」
「ええ」
小さく遮るように答える。
「界渡りしもの!」
シャーリィは叫んだ後、慌てて口を手で塞ぐ。
「どうもその界渡りしものっていうものがよくわかっていないのですが」
苦笑交じりに答えるとセシルは私の上から下まで視線を走らせ、その後シャーリィを見る。
「シャーリィよ。ちゃんと身元確認をしたのかね?」
「あ……」
セシルはそのシャーリィの返事を聞いて右手で顔を覆い、大きなため息をつく。
「戦士としてはとても優秀だが、どうもな」
セシルの嘆きに曖昧な微笑みを浮かべて黙っていた。下士官の嗜みの一つだ。
「とはいえ、だ。女神様の加護のある方だ。信用している」
「ありがとうございます」
族長の言葉に静かに頭を下げ、左手を再び右肩へ。長年の習慣というものは、やはりそう簡単には剥がせないものだ。
「界渡りしものであるなら、いろいろと不便であろうこともわかる。クロトフの名を受け入れてはどうか?」
「その……ですね、恥ずかしながら浅学菲才と謙遜するのもはばかられるほどでありまして、その……大変申し訳無いのですがクロトフの名を受け入れるということの栄誉と意味を知りませぬ」
頭を下げたままそう告げると、頭上で派手なため息が再び。
「シャーリィ……」
「いや、その、あの……はい、すみません」
「ラルフ殿。我が一族が大変な失礼をした。顔を上げてくださらぬか?」
言葉に従い、顔を上げる。
「我らエルフの一族は、氏族制なのだ。その地域に住まうものは同じ氏族に属する。ここの森の一族は氏族名として、男性はクロトフ、女性はクロトヴァを名乗る」
薄っすらと理解してきた。なるほど。
「しかし、私は人族ですが……」
「森の守り手が氏族に加わることはさほど珍しいことではない。そもそも女神様は種族にこだわることなくあまねく愛を我々に下賜くださるのでな」
「なるほど……ですが、私が一方的に利益を得ることになりませんかな?」
私の疑問にセシルはびっくりした顔をしてから呵呵と笑う。
「ああ、そういえば界渡りしものでしたな……氏族への下賜は、その構成員が増えるほど強くなるのです。アルテア様は大地の神。生命が満ちることを是とされておるのですよ」
自分の中の常識と認識を修正する。元いた世界では復讐と撃滅の女神だったが、この世界では主神、ということか。
そんなに立派な女神とは思えないが、まあそれは今の問題にはあまり関係がない。
「そうですか、ではお受けします」
「え、即決⁉」
私の言葉に一番ビックリしていたのはシャーリィだった。
「お互い、利益がある提案なのだから何も問題はないだろう。それともあなたは私を騙すつもりだったのかね?」
私の言葉にシャーリィは激しく首を振って否定した。
ちょっと意地が悪い質問だったなと反省した。
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