第四十一話 忘八、顕現
家に帰った。
リズとマリアは出勤済み、残っていたのはシャーリィとオリヴィアだった。オリヴィアはすでに自室に戻っていて、シャーリィは洗濯をしていたところだった。
「まったく! ご飯が片付かないじゃない!」
シャーリィに怒られた。ひたすらに頭を下げて食卓に残っていた冷めたスープを啜り、自室に戻る。
ベッドに体を投げ出して、女神の言葉を考える。
レンとやりあったことを出された上で、ガーランドの調整をしたと告げている。
調整しなければならない事態が発生すると考えるべきだろう。
ガーランドで眼帯を押さえる。眼球とは異なる固い感触があるのがわかる。
「レンの眼に未来が見えるのならば良いのだがな。いや、よくはないな」
左手を天井に向けて伸ばす。今は手袋を外しているので甲のレンズが見える。濃紺だったそれが若干明るい青に変わっている。これが調整の結果だろうか。
考えがまとまらない。
部屋を出てリビングへ向かう。
ソファに浅く腰掛けていたオリヴィアがいた。立ち上がろうとしたので手で制して彼女のそばに立つ。
「オリヴィア、暇だろう」
「ええ……まあ、そうですね。やることもないですし」
「そういえば、その服は?」
「リズさんが用意してくれました」
薄桃色のワンピース。よく似合っていた。
「そうか。これから、君はどうしたい?」
「多分、冒険者としてしか生活ができないと思います」
オリヴィアは自分の胸に手を置き、うつむく。
「それはまたどうしてだね?」
「僕は、中途半端な存在です。男として育てられ、成長を止められ、そして……」
彼女のブロンドの頭をそっと撫で、指で梳る。
「大丈夫だ。私が保証する」
片膝をついてオリヴィアと視点を合わせる。
オリヴィアは私の右手を掴んで自分の頬に当てる。鍛錬の末に出来上がった固い右手が彼女の柔らかな頬に当たる。
「固いだろう」
「温かいです」
私の質問に対する答えではないオリヴィアの言葉。
「お昼ごはんどうするー?」
シャーリィの声に振り返る。オリヴィアの頬から自分の右手が離れたときに、少し膨れたオリヴィアの顔が見えた。
「任せるよ。リズもそうだがシャーリィもまたご飯美味しいからな」
「褒めたって何も出ないよ!」
オリヴィアから離れた手が少し寂しく感じ、彼女の頭を軽くポンポンと叩く。
輝いているオリヴィアの笑顔があった。
翌日。リズとマリアとオリヴィアと四人でギルドへ向かった。
マリアはクエストボードへ直行、リズは着替えるために中へ。
併設の酒場のテーブルにマリアと座り、黒茶を二つオーダーする。
無言で黒茶を飲んでいると、扉が派手に開いた。赤髪の粗忽者が立っている。
オリヴィアが抜けたあと、二人の女の子も離脱し、今はソロ状態だとはリズから聞いた。
手当たりしだいに声をかけ、かなりうざがられているらしい。
赤髪はフロアをぐるりと見回し、こっちに向かってきた。
「ねえねえ君、俺と組まない?」
馴れ馴れしくオリヴィアの隣りに座って肩を組んでいる。
どうも私は視界に入っていないらしい。
「うちの娘に何の用だね?」
静かに問いかけるとリチャードはこっちを初めて視認したようだ。
「げ、またてめえかよ」
「質問に答えろ。娘に何の用だ?」
リチャードは慌てて手を外し、席を立つ。
「あ、いや、その」
オリヴィアはホッとした表情のあと、少し寂しそうにしている。
「で、何の用だ? 答えられないのなら失せろ、忘八」
リチャードはヘラヘラ笑いを浮かべていたが、私の言葉にキッと睨みつけてくる。
「んだとてめえ!」
「女性にベタベタと触って口説こうとする。そういうのを忘八というのだよ。シスターにも言い寄っていたよな?」
リチャードは赤い顔でふるふると震えている。
「俺からリズさんをビルを略奪してさらに邪魔するのかよてめえ!」
「いつから君のものになったんだね?」
「うるせえ!」
リチャードはギルドカードを私に突きつけてきた。確か規則にあった、決闘の申し込みだったかな。
「勝負しろ、ジジイ」
「お断りだ。私に何のメリットもない」
「なるほど。臆病者ということか。じゃあそれを喧伝してや」
「やったところでお前の品位を落とすだけだ。どちらが信用されていると思う?」
「俺は最速で黃級に到達したレコードホルダーだぞ」
「あら、残念ね。その記録はつい先日更新されたわ」
着替え終わったリズが会話に割り込んできた。
「え? 誰だ、そいつ」
「あなたの目の前に座っているじゃない」
リズはそう言うと私の肩に手を置いた。
「伊達に何年も受付やってないわよ。有望だから専属を願い出たってわけ。おわかり? お坊ちゃん」
リズが静かに怒っている。珍しい。
「それにね、あなたの評価、そんなに高くないのよ。あのパーティだったから、ってところかしらね」
憧れの君に蔑まれる屈辱に、表情が憤怒へと変わるリチャード。これ以上はまずいな。
「わかった。決闘を受けてやる。私が勝ったらクーゲルから出ていけ。どうせここは資源が枯れてしまった街だ。未来はないだろう。さあ、お前の条件はなんだ?」
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