第三十七話 新生活
マリアはポンコツだと思っていたが有能だった。
オリヴィアの秘密をリズとシャーリィにうまく伝え、その上でオリヴィアへの淑女教育を始めた。
女性であることというのは男性であることより大変らしい。
私は男性だからそういうことが全くわからない。
マリアのことをちょっと、いや、かなり見直した。
ザック曰く「ポンコツお嬢様」だし、自分もそう思っていたが……。ポンコツなのは武が絡んだときだけのようだ。
オリヴィアは徐々に馴染んでいって、今は女性陣と一緒に風呂に入っているらしい。
彼女は失われていた人生を一気に取り戻している。
その御礼といってはなんだが、マリアにある程度武術指導のようなことをやっている。
最初は筋トレから始めたのだが、早々に泣きが入ったので今は模擬戦で教えている。
マリアの剣は真っすぐで、綺麗だ。
綺麗な剣はたしかに強いが、狡猾な相手には勝てない。
私は生き残るための汚い剣術をいくつも知っている。
軍人と保安官。とても良く似ているが決定的に違うことがある。
保安官は犯人を信じている。いや、信じたいと思っている。
やつらは悪人を逮捕し、更生させるのが仕事だ。
だが軍人は違う。軍人は敵を殺し、何もさせないのが仕事だ。
だから軍人は相対する相手を信用していないし、なんなら自分すらも信用していない。
今の敗者に、今後も勝てるかどうかを信じていない。だから勝ったときに殺す。それが軍人だ。
マリアは軍にいたがどちらかというと保安官だ。
それは貴族のお嬢様だからだろうな、とも思う。彼女の振るう剣は、人民を虐げるモンスターにのみ向かうものだ。
私のようなモンスターにも人にも向かう剣を教えるのは間違っているのではないか。
そう思いながらも、今日も彼女に稽古をつけている。
「ここで問題が一つあります」
朝食の食卓で、リズが重苦しく切り出してきた。
「ほう?」
私が相槌を入れるとリズは大きくため息をつく。
「オリヴィアの冒険者登録をどうしましょうか」
「あー……」
シャーリィが頭を抱える。
「新しく取り直せばいいんじゃないのか?」
「そんな事できたら犯罪者が取り直して経歴リセットできちゃいますよ」
リズはため息をつく。
「ふむ。だがあれは神器なのだろう? だとしたら大丈夫だ」
「なぜ言い切れるのです?」
「名付けを依頼してきたのはアルテア様だからだ」
この世界ではアルテアは人に寄り添っているように感じる。私がもともといた世界は数多の神がおり、結果人から遠ざかっているように思える。
それがいいことなのか悪いことなのかは私には判断がつかない。
「とはいえ、まあしばらくの間じっとして、新たにオリヴィアとして登録、かね。黒級からになるだろうが……当面は私ものんびりしたいから教会の依頼を受ける予定だし、問題ないだろう」
「なんでじっとしてるんだ?」
シャーリィの問いにため息とともに答えておく。
「リチャード・ダーレンという面倒くさい男がいる」
リチャードの名前を聞いてオリヴィアが不安そうな表情で私を見る。視線を合わせ、頷く。
「誰、それ」
シャーリィの疑問に答える。
「人品骨柄卑しからぬ、とはとてもいい難い人物でな」
「もしかして、赤髪の黄級の冒険者ですの?」
マリアの言葉にリズと二人でため息をついた。
「よくもまあマリアに手を出そうと思ったものだ」
「それは、どういう意味ですの?」
マリアにギロっと睨まれた。とはいえ迫力はなく、可愛いものだ。肩をすくめて首を振りながら答える。
「子爵家のお嬢様に粉かけるとは随分な度胸だなと。まあ冒険者ならそんなものかもしれないが……いや……私も三十も若ければやっていたかもしれないな」
「御師様?」
「若ければ柵もなにもないからな。歳を取るということはそういうことだよ」
リズとシャーリィは苦笑、オリヴィアはキョトンとしている。心が少し痛んだが、軽く流す。
「ま、オリヴィア。悪いがしばらく引きこもりだ。夕方、マリアとの稽古に顔を出してくれ。色々教える」
「はい」
「御師様と二人きりがいいのですが……」
マリアが不満をこぼす。
「なるほど。ではマリアは稽古はなしで。地獄の筋トレでいいかな」
「え、あの、その、また、あれ……ですの……?」
「あれはまだ新兵向けの軽いものだ」
「あれが、ですの……」
マリアが絶句している。
「ディーフヴァルターではそうだな。どうせ私も家にいるときは毎日やっているし、付き合え」
「……あの、その、えっと……普通に稽古でお願いします」
「そんなに、大変なんですか?」
オリヴィアの質問にマリアがふるふると派手に首を振る。
「あれは、あれは!」
「なるほど……オリヴィアもやってみるか?」
「はい!」
「じゃ、マリア。先輩として君も付き合え」
「いやあああぁぁぁぁ!」
初日なので軽めだったのもあるだろうがオリヴィアは黙々と筋トレをこなした。彼女の覚悟はかなりなものだ。
マリア? うん、まあ、そうだな。
やはりポンコツだった。
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