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第三十四話 触れ合いと、軛

「ありがとうございます」

 カゴいっぱいの薬草を見てシスター・イザベルが丁寧な礼をしてくる。

「これにサインを」

 クエスト完了書を提示し、サインしてもらった。

 サインが終わると同時にシスター・イザベルの後ろから子どもたちがわらわらと出てくる。

「おっちゃん、真っ黒だな!」

「まあな」

 子どもは国の宝だ。ここには少し生い立ちは不幸かもしれないが宝がたくさんある。

「なーなー、おっちゃんもイザベル姉ちゃんねらいなの?」

「イザベル姉ちゃん美人だし、おっぱいもおっきいしなー」

 これだけあれば、中にはスレた宝もあるものだ。

「だったら私たちのお父さんになるの⁉」

 小さな女の子が私をキラキラとした目で見上げながら言う。男親の愛情が欲しかったのかもしれない。

「あと三十歳若かったら、そうだったかもな」

 見上げていた女の子の頭をくしゃっと撫でてやる。

「だが、もう私は年寄りだ。もうまもなく人生を終えるだろう。君たちがシスター・イザベルを守ってやらないとな」

「ちょ、ちょっとラルフさん!」

 後ろでシスター・イザベルが声を上げているが無視してしゃがみ込み、女の子と視線を合わせ、両肩に手を置く。

「守るというのは、敵と戦うことだけではない。自律できる人間になることを言う。シスター・イザベルは君たちが自律できるよう、ここで君たちの生活を守っている」

「じりつ?」

「自由気ままに生きるのではなく、自分のことはちゃんと自分でやって、正しい行いをすることだ」

「んー……」

「今はまだ自律という言葉だけを覚えておくだけでいい」

 女の子の頭を撫で、立ち上がる。

「では、これで」

「え、おっちゃん遊んでよ!」

 シスター・イザベルの胸がどうこう言っていた腕白そうな男の子が声を上げる。

「遊べと言われてもな。子育てしたことがないからどうすればいいのかわからんぞ」

「え⁉」

 シスター・イザベルがびっくりした声を上げる。

「長いこと下士官をしておりましてな。羽の生え揃わぬひよっこどもをどうにか一人前の帝国軍人と言えるくらいまでに育てたことは何度もありますが、ついぞ女性と縁はなく、ね」

 シスター・イザベルに向けて微笑むと、彼女は顔を伏せてしまう。一般の女性には怖い部類の人間であることを忘れてしまっていた。シャーリィにしろリズにしろ、ギルドの関係者。やはり彼女たちはかなり特殊なのだろう。

「これは失礼」

 礼をし、立ち去る。

「いえ、その、あの……すみません」

 後ろから小さく声をかけられた。

「いやいや。私のような風来坊を怖いと感じるのは自然なことですよ。お気になさらず」

 振り返り目礼するとシスターはまっすぐ私を見て言う。

「いえ、その、そうではなく……」

 そこでまた再び目を伏せる。辛抱強く彼女が口を開くのを待つ。

 シスターはまたまっすぐ私を見る。

「また……薬草回収をお願いしてもいいですか?」

「ええ、喜んでお受けいたしますよ、シスター」


 そういえばここは教会併設の養護院だった。表に回って中に入る。

 祈りを捧げると白い部屋に立っていた。

「んもう! ほんとになかなか来ないんだから!」

 ふくれっ面のアルテアがいた。が、ぱっと表情を変え、腰を折ってから人差し指で私の胸を突く。

「そ・れ・に・し・て・も。ラルフちゃん、隅に置けないわねえ」

「はい?」

 私の言葉に頭を抱えるアルテア。

「……自覚してないってのは罪だわ」

 アルテアは大きなため息をついてからそう言う。

「ま、いいわ。当面の問題はウィリアムちゃんよ」

「は?」

 もうあの薬物の(くびき)からは放たれているのに、何の問題があるというのだろうか。

「成長を止められていたのよ。それが解放された。結果、どうなると思う?」

 無言で突っ立っていたらアルテアが再び盛大なため息をついた。

「ほんとにもう! いずれ大変なことになるからマリアに事情を話しておきなさい。彼女も貴族の子だから理解してくれるはずよ」

「大変なこととは?」

「ピンとこないならあなたが気にすることじゃないわ。大丈夫、マリアがきっとうまくやるわよ。あなたの弟子でしょ? 信用しなさいな」

 アルテアはウィンクしながら私の胸を指で突く。

「わかったわね? じゃ、またね」


「相変わらずの説明のなさ。ひどいものですな」

 女神像を見上げてそうつぶやく。

 白いその像は当然ながら無言だ。ため息とともに教会を出る。

 完了報告をするためにギルドに顔を出すとちょうどマリアがクエストボードの前で唸っていた。

「あ、御師様!」

「昼過ぎに出てくりゃろくな依頼はないだろう」

「あ、あははは」

 乾いた笑いのマリアに手を振ってカウンターへ向かう。

「受領、確認しました。報酬は口座の方に」

 リズが事務的な対応をする。仕事の出来る女性というのは美しいものだ。

 それに引き替え……。とはいえアルテアの話があったのでマリアに再び近づく。

「少し話がある」

「ひゃああ!」

 後ろから声をかけるとマリアは小さな悲鳴を上げて少し伸びた。その後肩をすくめたままこっちへ振り返る。

「お話……ですか?」

「ああ、ちょっと付き合え」

「あ、でもほら、お仕事……が……」

「どうせ薬草回収しかないだろ。まだ黒級なんだから」


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