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第三十話 旅路

 アトキンソン領付近までは一時間ほどかかる。

 固い座席にウィリアムと並んで座る。腕を組んで目を閉じる。とはいえレンを閉じることはできない。

 三十分ほど経った頃だろうか。沈黙に耐えきれなかったのか、ウィリアムが口を開く。

「その……よろしかったのですか?」

「質問が不明瞭だな」

 右目を開け、右隣のウィリアムへ顔を向ける。

「えと、そのですね……僕は庶子なんですよ。なのでその……」

「面倒なものだな」

「面倒、ですか?」

「やれ血統だ家柄だと、貴族の世界は面倒事ばかりに見えるな」

 私の言葉にウィリアムは力なく笑う。

「そうですね。そしてそんな世界にちょっとうんざりしてたところに弟が生まれて……弟が五歳になったときに、その」

「廃嫡か?」

 ウィリアムはコクンと頷く。

「弟とは何歳離れている?」

「七つです」

「そうか」

 前を向き、目を閉じる。

「僕の人生は、なんだったんでしょう」

「それを決めるのは自分自身だ。まだ時間はある」

「でも!」

 再び右目を開け、ウィリアムを見る。彼女はまっすぐ私を見上げていた。

「長い人生から見れば、ささやかな誤差みたいなものだよ」

「でも、僕は……僕は……」

 右手でウィリアムの背中を軽く叩き、さする。

「そうだな。辛いな」

「あなたに! 何が!」

「わからんさ。私は君じゃない。君も私の辛さはわかるまい? だがな、想像することはできる。そして寄り添うことも」

 ウィリアムはうつむく。

「すみませんでした。八つ当たりでした」

「構わんさ。人間、誰だってそういう事がある」

 頭をクシャッとなでる。

「なにするんですかー!」

 少し元気になったようだ。腕を組んで前を向いて目を閉じる。

 ゆっくりとウィリアムが手を伸ばしてきているが、そこで固まった。私に触れようとして躊躇しているようだ。

 目を閉じても世界の有り様がわかるのは便利だが、こういうときに困る。

 気が付かないふりをしてじっと待つ。

 ウィリアムはしばらくそのままためらい、そして手を伸ばして私のマントをギュッと掴んだ。

 つい、笑みが溢れる。

「父の代わりとしてはだいぶ年寄りだが……そうだな、祖父扱いでどうだね?」

 目を開けてウィリアムを見ると、ものすごく膨れたレアな表情をしていた。

「なんでですか!」

 今度は怒り出す。

「おや、不満かね」

「……なんでそう思ったんだろう……」

 ウィリアムはマントから手を離すと、口を覆うように右手で顎を支えて考え込む。

 再び右手で頭をクシャッとなでる。

「だから子ども扱いをですね!」

「私から見たらみんなかわいい子……というか孫のようなものだ。諦めてくれ」


 乗り合い馬車から降りて、徒歩でアトキンソン領へ向かう。

 豊かな穀倉地帯を通る道を並んで歩いている。

 畑は小麦だけではなく野菜類と小さいながらも果樹園もあった。

 更に畜産業もそこそこ行われているようで、いくつか豚舎が見えた。

 豊かな土地なのだろう。行き交う人々もゆったりとしている。

「いいところだな」

「はい」

 ウィリアムは嬉しそうに返事をする。

「今日はなんで実家に顔を出すんだっけか?」

「その……僕は昔からあんまり体が強くなくて、ずっと薬を飲んでいるんです。それがなくなりそうなので」

「ほう……どんな薬だ」

「これです」

 ウィリアムはピルケースから一粒取り出す。レンで覗き込む。

――神経系増強薬。成長阻害効果、精神依存性あり。

 眼帯を戻す。ため息をつく。

 ウィリアムは少し丸みを帯びてきているもののまだ中性的なままだ。

 とはいえ、今それを明かしても仕方のないことだ。事実を無理やり飲み込んだがやるせなさが全身を覆う。

「なるほど。大変だったんだな」

 ウィリアムはピルケースに薬を戻すと微笑む。

「廃嫡はされましたが、こんな高価な(もの)を用意してくれる……父は僕を愛してくれています」

 胃に冷えた重い塊が落ちたのはあの洞窟(ダンジョン)侵攻戦(レイド)以来だ。不快を表に出さぬよう細心の注意を払う。

「その薬を飲んで、何年になる?」

「廃嫡後からなので五年になります。この薬に変えてから体のキレがよくなったんですよ」

 ギリギリと奥歯を噛みしめる。

 ディーフヴァルター軍でもこの手の薬はあった。夜間警戒剤(アラートパウダー)。眠気を飛ばし、集中力を上げ、能力を向上させる。その代償として食欲減退が起こる。耐性は簡単に獲得されてしまい、効果を得るためにはより多量の夜間警戒剤(アラートパウダー)を摂取する必要が出る。

 そして効果が切れると向上の反動から倦怠感と精神的な不安定さが現れる。

 ウィリアムを見ている限り、夜間警戒剤(アラートパウダー)ほどの強さはないが、だがそれにしてもあまり素性のよくない薬だろう。

「そう、か……そのあたりの話も含めて、少し話をしておいたほうがいいかもしれん」

「え?」

「すっかり治っているように見えるからな」

「そうですか? そうだったら嬉しいなあ」

 ウィリアムの眩しい笑顔を直視するのはかなり辛いが、視線をそらさず受け止め、そして右手でクシャっと頭をなでる。

「だから、子ども扱いしないでくださいってば!」

 ウィリアムから弾けるような笑い声とともに文句を言われた。

「ならば、強くなれ。君にはそれができる」

 心の奥歯を噛み締めながら微笑んだ。できたと思う。


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