第三話 移転前
「私の世界に渡る前に、これを」
アルテアはそう言うとジャラジャラと金貨を積み上げていく。
「これは?」
「ほら、いろいろ入用になるだろうから、ね。本来だったら名誉除隊の慰労金があって、その後年金ももらえるはずだった。この金貨はその代わり、ですわ」
バカみたいな山の金貨を見る。
「こんな大金持ち歩けませんな」
「ガーランドは空間に干渉できるから全部しまえるわよ」
アルテアはペタペタとガーランドをなで回しながら言う。
「何をしているのですかな?」
「魔術回路の修正ですわ。次はレンをやりますね」
アルテアは私の顔を両手で包み込み、覗き込む。
「あら、冷静ね」
「そう見えますかね?」
十代の頃ならおそらくは気まずい雰囲気になっただろうなとも思う。加齢と、レンのトラブル。結果、他人にあまり良い感情を持たなくなった。それに害意があるかどうかはすぐに分かる。
そういえば、レンからアルテアの思考を読み取れていない。さすがは女神ということか。
アルテアは更に近づいてレンをじっと見つめる。さすがにちょっと近すぎる。
そっとアルテアの両肩を掴み、少し遠ざける。
両肩を?
両手で?
え?
「あら、ガーランド、ちゃんと動くようになりましたね」
アルテアの言葉に左手を見る。太さがあっている。いつの間に。
アルテアは微笑むと最後にレンを右手でそっと撫でる。レンにはまぶたがない。視界の半分が暗くなる。しばらくそうしているとアルテアは手を外し、離れる。
「うん、これでいいわ。これから少しガーランドとレンの使い方を教えますね。それが終わったら、界渡り、ですわね」
「ガーランドは知性魔法装置と呼ばれるものらしいのよね。ここにあるガーランドはあまり知性が感じられないんだけど……ただ、主を守る意志はあるみたいなので、普通に使ってあげればいいと思うわ」
「普通、とは?」
「左手として自由に動くようになっているから、あと……そうね……この子のスロットに入っている速攻魔法を読み上げるわね」
「スロット?」
私の疑問に女神はちょっと困った顔をした。
「んー、どう説明したものか……まあ、使える魔術が準備されているもの、ってところかしら」
なんとなくわかったようなわからないようなそんな曖昧な説明に対して頷いておく。
「じゃ、読み上げるわ。まずは衝撃。無属性攻撃。基礎だけど属性を持たないのでものすごく使いやすい魔術よ。あと、金属鎧殺しでもあるわ」
魔術のことはよくわからないが、名前から効果を想像すればいいのだろう。
「次から属性魔術ね。焼却、氷矢、岩雨、風刃。火、水、土、風属性の攻撃。火と水、土と風は相反するんだけど、このあたりは雰囲気で学んでね」
「適当な……」
アルテアはぺろっと舌をだす。どうも若い娘を相手にしているようで調子が狂う。
「で、次は魔法具関係。粉砕は破壊を、消失は一時的な停止」
「破壊と停止の違いは?」
「破壊はもとに戻らない。停止は時間経過で機能を取り戻すわ。使い分けは考えて。あと、防護円環っていう防御のものがあるわ。大抵のものは止めるんだけど、限界が来ると割れるわ」
「割れる?」
「そう、文字通り、ぱりーんとね。一応多重に展開できるけど、それやるには魔力がかなりいるわ。あなたの魔力だとそんなに枚数は展開できないかなー、あ、でも……」
女神はそこで言葉を濁す。
「でも?」
「ううん、なんでもない。さて、と。駆け足だけど説明はこれで終わり。あとは実地訓練あるのみ」
「そうですか」
諦めつつ頷く。
「レンは解析専門の魔法具なんだけど、魔術回路が正しくつながったのでこのままだと情報過多でパンクしちゃうわね……なにか手を考えておくわ。あ、あっちに行ったら割と私の教会が建ってるので、そこで祈りを捧げたら私とお話できるよ!」
「はあ、そりゃあ、まあ、よいことで」
「あとね、あっちは私の都合で管理しやすくするために、ステータスシステムを取ってるの」
また訳のわからない単語が。
「ステータスシステム?」
「そう、向こうについたら『ステータスオープン』と言うといいわ。そうしたらわかるわよ」
女神はそう言うとクスクスと笑う。どうもいたずら好きなようだ。
「では界渡りを始めるわね」
空間にきらめく何かが描かれている。じっと見つめているとクラクラとめまいがし、意識が遠のく。しゃがみこんだ。
「ん、成功。えと、黙ってたことが一つあるの。アーノルドとアザレアが作ったこの世界の人が、その子たちの世界に移動するときには位階を降りることになるの。位階の高いところから低いところに移動するときは、エネルギーが」
ここで私の意識は途切れた。
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