第二十五話 対決
路地裏へ。
「ガーランド、跳べるか?」
《イエス、マスター。転移》
軽いめまい。世界が一瞬で暗転する。
《篝火》
冷たい女声が響くと小さな明かりが宙に浮く。
「セーフエリア……か」
砕けた水晶があり、小さな欠片が弱々しい光を放っている。
ギルドにあった資料からアベン・ダンクルの構造は頭に叩き込んであるが、崩落があったことから深層階の信用度は低い。あまり得意ではないが『臨機応変に適当に対処せよ』しかないだろう。
ゆっくりと奥へ進む。このあたりが踏み荒らされていないのはアルテアの加護のおかげか。
少し先になにか嫌な気配を感じる。
「ガーランド、支援しろ」
《イエス、マスター。自律行動開始》
ディルファを抜き、逆手に持つ。
「行くぞ!」
覚悟を決め飛び込む。
「おやおや、これはまた……奇遇ですなあ。左目に眼帯とは」
整った顔立ちの銀の長髪の男が立っている。彼もまた左目に金糸で刺繍された黒い眼帯をしている。
衣装はディレクターズスーツで部分部分を見るならば仕立ては確かなものに見えるのだが、全体の印象は奇妙に歪み、吐き気を覚える。
「そうだな」
ディルファを眼前に構える。
「随分と物騒なものをお持ちで。まずは自己紹介からいかが?」
「断る。名を知ることは相手の魂を掴むことになるからな」
「ふふふ、随分と古風な考えの御仁のようだ」
「ペラペラとよく喋るな」
彼の右目は暗闇でも薄ぼんやりと赤く光っている。亜神の可能性をアルテアは指摘していた。
嫌な予感がするが、短時間での決戦を行う必要がある。
眼帯をずらす。
――――
レン'
称号
道化師
神を慰撫するもの
深淵の監視者
職業
囁き手
伝道師
道化師
戦闘力評価
9999+
――――
「貴様ぁ! 私の左目を!」
「これはお前のものではない! レンの出来損ないめ!」
「古き神アーカットの信徒風情が何を!」
右手を前に、左手を顎下へ。足も同様にスイッチ。同時に手の中でディルファを順手に持ち替える。
肩を、肩甲骨を回す。すべての関節を柔軟にしていく。脱力。
前の世界ではたどり着けなかった境地に、今到達する。
それでも、相手は亜神。足りるかどうか。
足りなければ、死ぬだけだ。
そう思った瞬間に体が軽くなった。
ディルファを軽く振り、レン'の前手、左手首を狙う。
刃は狙い通りに左手首に吸い込まれ、弾き飛ばされる
〈主よ、神を切ることはできぬ〉
ディルファの泣き言を聞き、鞘へ戻す。
人型ではあるものの、人の理に従わぬもの相手の戦闘。
勝てる気はしない。が、負けるわけにはいかない。
「やれやれ、老骨相手にこんな化け物とは。世界は私を嫌っているのかね」
「逆だよ。愛しているからこそ、絶望に沈むようにしているのさ」
レン'は神経を逆なでするような高笑いをする。
「さて、亜神に類するもの相手に私の武が通るかどうか……いや、通すしかないんだろうな」
左手を前に、手のひらを相手に向けて軽く握る。右手も手のひらを前に軽く握り、顎を守る。
「おやおや、武術ですか」
「お互い、語るのに口はいらぬだろう、堕落亜神」
レン'は眉と口角を釣り上げ私を見る。
「たかが人が、私に喧嘩を売るとは。だから下界は愉しい」
――右フック。
私のレンがそれを伝え、理解したときにはギリギリ右手を差し込んでキャッチしたものの弾き飛ばされた。
「あらあら、人の身にはすこし過ぎた武でしたかねえ?」
レン'の嘲笑が遠くに聞こえる。
それが意識を引き戻す。
「うるせえぞ、なり損ないめ」
殺意が膨れ上がる。
「人の身で神に対し不遜であろう!」
「たかが亜神の、さらになり損ないが何を言う」
言葉は思考を、魂を制限し、強制する。
《戦闘支援レベル上昇。積極的支援へ移行。防護円環解除。全リソースを攻撃に使用。速攻魔法速射》
ガーランドの宣言後、細かな打撃が大量に発生する。
「ほほほ、これはまたなかなか」
氷、炎、石。様々な塊がレン'に吸い込まれていく。
レン'はグネグネと関節を無視して曲がる。体ですら。
そのグネグネとしたレンを殴りつける。
柔らかいゼリーを殴った感触。
「そんな打撃では私は倒せませんよ」
「打撃でどうこうするつもりはないさ」
ガーランドの攻撃にあわせて顔すら変形させるレン'。
ガーランドの魔術をひたすら避け続けている?
ガーランドの氷の矢が上から降ってくるタイミングにあわせて両手でレン'の頭を固定した。
「ぐぬっ」
指の間から変形してズルリと抜け出そうとしてきた。ぐっと握り込んで固定する。
矢がレン'の頭部に刺さる。
「許しませんよ下賤のものめ!」
強烈な力で両手が弾き飛ばされる。右手の感覚がない。
右手を手のひらを前に構える。視界の隅に自分の指がぼんやりと見えた。
アルテアの手袋のおかげで手は消し飛ばなかったようだ。
「ガーランド、攻撃時間の残りは」
《おおよそ10分》
間合いを詰めるために飛び込んだ。




