第二話 アルテアの祝福
意識を失っていたのは一瞬で、ガーランドからの不快な痛みですぐに意識を取り戻した。
白く塗りつぶされた空間。
その真中に立っていた。
『ごめんなさい』
凛とした声が響く。
「何に対しての謝罪だ?」
私が問いかけると、塗りつぶされた空間に一人の美しい女性が突如現れた。
「私の目が届かなかったばかりに」
女性は私の顔にその右手を添え、レンを親指でそっと撫でる。
痛みが和らいだ気がしたが、ガーランドを振り回し、振り払う。激痛が走るが無視する。
「ああっ、なんてことを」
「名乗りもせず、人に触れる無礼者にかける情けはない」
女性は私の言葉にびっくりしたように目を見開いてからまじまじと私を見る。
「……知りませんか、私のこと?」
「女性に縁のない生活をしていてね」
「その……見たことはあるはず、なんですけど」
女性を見る。柔らかな金髪のウェイビーロングヘア、切れ長の目、長い耳、細い顎。豊かな胸に締まった腰。スラリと伸びた足。絶世の美女と言っていいだろう。
見たことがあれば忘れるはずもない。
「多分、絵姿で見ているはず、です」
いたずらっぽく笑う女性。しばらく記憶をたぐる。
「……復讐の女神、アルテア?」
「その二つ名は不本意ですが、そうです」
太陽神アーノルドが道化の神アガディームの悪ふざけで死んだときに光を失った大地母神アザレアを護るためにアザレアの腹を斧で切り裂き生まれ落ちた女神アルテア。
大地に仇なすものを討ち滅ぼす、撃滅そして復讐の女神。
「では撃滅の女神」
「そっちも不本意ですぅー」
アルテアを自称する女性は頬を膨らませ、文句を言う。
「人間って勝手ですわ」
「神ならざる我々の知覚力ではそのようにしか見えないのですよ、女神」
面倒くさそうなので自称女神にあわせておく。アルテアは私の言葉が気に入ったのか膨らませた頬をもとに戻す。
「で、何の用ですかな、女神。私は戦神アーカットにその信仰を捧げておりましてな」
「知ってるわよ」
また膨れる。面白い。
「実に人間味あふれますな」
私の皮肉に気がついたのか、真顔に戻る。
「アーカットの信者なら知っているでしょうけど、アガディームとは因縁がある、わよね?」
アガディームの悪ふざけでアーカットはアーノルドを殺す。その贖罪からアーカットはアガディームを一度滅し、その後は自らを厳しく律するようになったと言われている。
「そのせいで、時折アーカットの信者にちょっかいをかけるのよ。アーカットは不介入を決めているんだけど、アーノルドとアザレアの子でもある私としてはアガディームの暴虐には賛成できないのよね」
「なるほど」
「シモン・フルトマンはアガディームの司教でもあるのよ」
アルテアは私の左目と左手を見る。
「ああもう、こんなひどい魔術回路接続……」
「そもそも、このレンとガーランドとは何なのですかな?」
「レンはアガディームの眷属の一人でね、道化神の真意を見抜き、伝える役目を課されていたのよ。でもアガディームの真意は亜神程度では捌ききれなくてね」
アルテアはそこで目を伏せる。
「ほんっっっとうにアガディームって祟り神だわ」
「ふむ。ではガーランドは」
「これはね、外なる神の一部。だから私にもよくわからないの。多分父さんと母さんでもわからない。すべての世界にあまねく存在する、救いであり災厄であるもの、って私は見ている」
ピクリとも動かない左腕を見る。鈍痛が走る。
「でもね、魔術回路はわかる。だから、治すわ。それと、レンの力を抑える何かも」
「はあ」
「でね、一つ提案。アガディームは、言葉は悪いんだけど、あなたのことを『おもちゃとして』気に入っている。だから、私の管理する世界へ行かない?」
人間、想像もしていない提案をされると、思考が停止するものだな、と冷静に考えた自分を褒めたいところだ。
「アーノルドもアザレアもだいぶ力を失っている。結果、ストッパーがいない。直系の子たちである私もアガディームもこの世界ではかなり自由に力を振るえてしまうのよ。私の管理する世界ではアガディームは間接的にしか力を振るえないの」
「……私には柵がまだあるのですが」
「避難は一時的なものよ。今はこの世界の巡りの都合でアガディームの力が強いから。でもいずれそれも終わる。世界はそのようにできているから。アガディームの力が弱くなったら、またここへ戻します。どう?」
「なるほど」
間合いを取るためだけの相づち。
「しかして、なぜ私のような矮小な存在にそれだけの慈悲を?」
「あー……えーと……アーカットってかっこいいのよね」
「……恋愛事は誕生の女神アリアの役割だと思っていたんですがね」
「わ、私だって女の子ですっ‼」
随分と俗っぽい復讐と撃滅の女神だな、と思うと笑いがこみ上げてきた。
「どうしたの?」
不思議そうな表情をして私を覗き込む女神を見て、さらに笑いの発作が起こりそうになったが、飲み込む。
「ま、いいでしょう。一時避難ってやつですね。受け入れます」
「ありがとー。アーカットにもよろしく言っておいてね」
「女神様の管理する世界でアーカットに祈りを捧げて届くんですかね?」
私の疑問に、女神は視線を合わせなくなった。
「……なるほど。まあ、いいでしょう。どうにか折り合いを付けますよ」
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