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第十八話 問題

 屋敷に戻る。

「ラルフ! 今日なんかすごい入金があったんだけど、何したの⁉」

 ギルドから戻ってきたリズに詰め寄られた。

「剣を売っただけだ」

「売っただけ……って……それと! 守護騎士隊から身元照会が今日来ました」

「なんだそれは?」

「守護騎士隊は独立した組織であるギルドに対し不干渉を是としていますが、犯罪などの止むに止まれぬ事情の際に身元照会を行う権限があります。ただしそれには不名誉が付きます。自らの捜査ではたどり着けなかったという告白になるからです」

 頭を抱える。本日何回目になるかわからないため息をつく。

「で、私の容疑は?」

「容疑が空欄の照会でした。前例のない照会のため、ギルド内でも扱いに苦慮しています」

「苦慮?」

「はい。ギルドはある種爪弾きにされた人間の互助会です。犯罪者であるならばその告発はやぶさかではないものの、仲間を売るようなことはできません。容疑空欄の照会は、後に好き勝手な容疑を書くことのできる……そういう性質のものだろうと。ただ、たかが赤級の新参者……ごめんなさい……という幹部もいました」

 頭をガリガリとかく。

「わかった。それの出どころもわかっている。どうにかしよう」

「それと、ウィリアム・アトキンソンから手紙を今日預かりました。これです」

 封蝋の施された手紙を渡される。アルテアの話を思い出す。

「アトキンソン家って騎士爵家なんだよな?」

「そうですね。ウィリアムさんはかなりよい戦士ではあるのですが、ちょっとその……体格がですね」

「もしかして重装騎士の家、か」

「はい」

 彼女の線の細い体を考え、ため息。

「おー、ラルフ! このところ朝イチで出ていいって夜まで帰ってないわりに依頼こなしてなかったけど何やってたんだ?」

 シャーリィが寄ってきてバンバンと背中を叩く。

「剣を打っていたんだよ」

「おー、そういえば鍛冶師だったなー。あたしの剣も打ってくれよ」

「ああ、そのうちにな」

「よろしくね」

 シャーリィはそう言うと私に抱きついて頬にキスをしてきた。

「老人をからかうものじゃないよ」

「ふふ」

 シャーリィはそう笑うと手を振って自室に戻っていく。

「ラルフさん」

 リズが珍しく敬称付きで私を呼ぶ。リズをみるとふるふると震えている。私を見上げ、そして首に抱きついてきた。

「あ、おい」

「私は! 私は!」

 落ちないように支えるために脇に手を差し込み、下ろす。

「ほら、危ないよ」

「ラルフさん!」

「シャーリィは家族みたいなものだと考えているんだろう。私は氏族の一員だからな。リズ、あなたはそうじゃない。だからこういう接触は私が勘違いしかねない」

「……勘違い、ですか……」

 地の底からの怨嗟の声というのはこういうことかもしれないな、というくらいの低い声が聞こえた。

「そうですか、わかりました」

 なにか、回答を間違えたかもしれない。


 自室に戻り、封蝋を切る。手紙を読む。

 随分と長い話が書かれているが、端的に言えば『助けてくれてありがとう。この身を捧げます』だった。

 このあたりは貴族教育の賜物(たまもの)なのだろうなとは思う。そして歪んだ教育の結果でもあるなとも。

 その上でアルテアの依頼もある。頭の痛い問題だ。

 こういうときには風呂に限る。部屋を出る。

「シャーリィにリズ、ちょうどよかった。二人とも、風呂入ったか?」

 二人が頷くのを確認し、宣言する。

「じゃあ、これからひとっ風呂浴びることにする」

「そ。じゃあ洗濯物ちゃんと出すように」

「……いや、だからな。洗濯の必要がないんだよこれ」

 シャーリィに睨まれるが肩をすくめてやり過ごす。

「ったく、もう。ご飯はリズに取られちゃうしさ―」

 シャーリィの愚痴を聞き流し、風呂場へ向かう。


 この屋敷のいいところは、巨大な風呂があることだ。貴族の贅沢というやつだな。

 湯は魔道具(アーティファクト)で作るので、魔力(マナ)を注げば潤沢に出る。私の場合はガーランドがそれを行ってくれるので非常に楽だ。

 左手をカランの上にある丸い石に乗せるとふんわりと光り、湯がだばーっと出てくる。

 右手を浴槽に突っ込むとちょっとぬるい。浴槽にも丸い石があるのでそこに左手を乗せる。浴槽全体がほのかに光り、加熱が始まる。

 右手を突っ込んで温度を確認しながら調整していく。

 温度調整が終わったので一度脱衣所に戻って服を脱ぎ、ガーランドに格納する。

 まずは桶に湯を汲んで体にかける。その後布でゴシゴシとこすってからもう一度かけ湯。その後浴槽に体を沈める。

「ふぅ」

 どうしても声が漏れる。歳なのだろうな、と思う。

 そういえばこっちに来る前は長年の軍務のツケで体のあちこちにガタが来ていた。両膝は天候によってはしくしくと痛み、右手首も若干の可動域の制限と痛みがあった。

 それがこっちにきてすべて治っている。体の調子だけを見るなら二十代のころとあまり変わらない感じだ。

 無数の傷跡は消えていないが、引きつったような抵抗感はない。これもまたアルテアの祝福なのだろうか。

 浴槽で体を伸ばしながらそんなことを考えていると、バタンと扉の開く音がした。

「シャーリィ! ダメですってば!」

「リズだってノリノリじゃんかー!」

「だってほら濡れたらあとが面倒くさいじゃないですか!」

 ため息。

 ぼんやりと湯煙の向こうに浮かぶ二人の影はなかなかいいスタイルをしているのを示しているが、もうこの歳だ。女性に対しての欲望は薄い。

 浴槽から上がるとそのまま脱衣所へ向かう。

「え、あれ、あの!」

 無視されたシャーリィが恥ずかしくなったのか体を手で隠す。リズも同じ。

 二人の間をすり抜けて脱衣所へ。

「また風呂か。きれい好きで仲良しだな」

 そう言い残して扉を閉じ、体を拭いて着替えた。


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