第十四話 昇級
どうしてこうなった。いや、私の選択の結果なのだが、実に不条理だ。
新居はだだっ広い。シャーリィは冒険稼業を半分休む感じで掃除だのなんだのをやってくれている。とてもありがたいが、だが彼女はそれでいいのだろうか。
リズはリズで美味い食事を作ってくれている。これはまあ家賃と言ってしまった手前どうにも断りにくいのだが、彼女はギルド職員としての仕事もある。これも若干心苦しい。
その上で、稼ぎが自分一人分しかないのがどうにも。
もとは宿代節約のつもりで小さな家でよかったのだが……駄女神の呪いだろうか。
さっさとランクを上げて、上の仕事ができるようになるのがまず心の平穏には必要だろう。
朝、リズと共に家を出る。ギルドまでの10分間の雑談タイム。
「そろそろ、ランクアップですね」
「ほう、そうか?」
「ラルフの納品する薬草、丁寧に処理されているので上級ポーションの素材になるんですよ。普通の冒険者だと割と乱暴に扱うので中級ポーションの素材にすらなりません」
何が違うのだろう。
「多分、錬金術師だからかと。素材の扱いについて熟知してますからね」
「なるほどな。職というのはそういうことか。アルテアの祝福なのだな?」
「そうです」
きれいな横顔を見ながら歩く。
「その……」
リズは立ち止まり、私を見上げる。彼女はシャーリィよりは背があるものの、それでもわずかに高い程度だ。私の知る限りという前提がつくがこの世界の女性としては小柄な部類だろう。
「あなたは、なぜ、ここへ」
「難しいな」
帽子を深くかぶり直す。そのまま右手を顎にあて、考える。
事故のこと、神のこと。アルテアは知っているだろうが、アガディームのことをどう説明するか。
「そうですか……シャーリィは知っているんですか?」
「ん? いや」
シャーリィの名前を出されてちょっと戸惑った。
「そうですか」
リズはそう言うとくるっと前を向いて歩く。
その後ろ姿を見ながら少しホッとしている自分に気がついた。
自分語りは苦手だ。
「昇級申請が通りました。ラルフ、今日から赤級です。ゴブリンなどの討伐依頼を受けられるようになります。ペンダントの交換をお願いします」
ギルドのカウンターで凛とした表情のリズがそう言う。
「とはいえ、ソロですからさほど重大なケースはまだ受けられません。まずは通年出ている依頼で街道沿いのゴブリンの任意退治を薬草の回収ついでに実施をお願いします。討伐証明は右耳の提出です。頭蓋骨に沿って切り落とした完全な形の耳一つで一体の討伐証明になります。モンスターは数日後に消滅しますので死体の処理は不要です」
「なるほどな。了解した」
ディーフヴァルターでも昔はフィールドにモンスターがいたと歴史の授業で習った。帝国軍が丁寧に討伐し、更に洞窟から漏れ出るハグレを起こさせないよう定期的な侵攻戦を行った結果、フィールドのモンスターは絶滅したという記録がある。
ここではまだそこまでの力がないということなのだろう。
だからこその冒険者、か。
「獣については猟師の邪魔をしない程度の実施は認められていますが、死体の放置は認められていません。獣かモンスターか区別がつかない場合は埋葬処理をしてください」
私が考えている間にもリズの説明は淀みなく続く。
「そっちも了解だ。では行ってくる」
「このところ、洞窟から出てくるモンスターの報告が増えています。気をつけてくださいね」
背中にかけられたリズの言葉に右手を上げて答え、ギルドを出た。
薬草自体は日当たりの良いところに生えるため、街道付近の草原にポツポツ群生がある。根こそぎ取らないよう気をつけながら回収する。
遠くからなにかが走ってくる音がする。
「逃げろ!」
この声は、赤髪のリチャードのものだ。立ち上がり、声のする方を見る。
「やべえのがいた! 逃げろ!」
リチャードの他にウィリアムとあと女の子が二人。こっちに向かって走ってきている。街道沿いに逃げてきたのだろうが、そのまま逃げ続けるとクーゲルの街にその『やべえの』を引っ張っていくことになるだろう。
派手な土煙を上げているなにかがいる。眼帯を上げて見る。
――――
ガーグ
称号
同族喰らい
将軍
職業
剣師
拳師
戦闘力評価
2541
装備品
『骨断つ悪夢』血みどろの鉈
『斬撃殺し』悪夢の鎧
――――
眼帯を戻す。ディルファを抜く。
戦闘力評価は高いが、私のようにオーバーフローはしていない。そもそも人型相手ならば負ける気はしない。
「状況開始」
〈魂を、唄を捧げよ〉
《強化レベル10。防護円環展開》
体の動きが気持ち悪い。なんだこれは。
《強化キャンセルします》
普通に戻った。ナイフを軽く握り、構える。
私の背は180cmほど。それよりも頭ひとつ大きい。体の幅と厚みなら2.5倍はあるだろうそれは立ち止まり、私を睨みつけている。右手には信じられないサイズの鉈が握られていた。
左手を突き出し、人差し指をクイクイと二回曲げてかかってこいと挑発する。
オークは怒りの咆哮。
「バカかおっさん! 逃げろ!」
後ろから赤髪の声が聞こえた。律儀なものだ。
「気にするな。お前たちこそ逃げておけ」
オークから視線を切らさずそう告げる。
「くっ……なるべく早く助けを呼んでくる。それまで持ちこたえてくれ」
オークの斬撃をディルファで横へ払う。思ったほどは重くない。
「ああ、頼んだ。受け流すだけならどうにかできるようだ」
軽く受け流されたからか、更にオークは激昂する。
「やれやれ、だ。できれば老骨に無茶をさせんでくれよ」
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