第十三話 拠点
資料を片っ端から見ていく。薬草知識、モンスター知識。あまり私のいた世界と大きくは違わないようだ。
とはいえ薬草なぞ入隊直後にしか見たことはない。知識として持っているだけで体に染み込んでいないところが気にかかるが、泣き言を言っても仕方がない。
職に関する説明を読む。神の加護があるからか、勝手に動くようになる、らしい。試してみる必要はあるだろう。
新人資料と言われる棚の本はそれほど多くない。とりあえず読み切って出る。
「おや、随分かかったね」
「まあな。初心者だからな」
「そうかいそうかい。慎重なのはいいことさね。長生きの秘訣の一つだよ」
老婆はクックっと笑うと手を振ってあっちへ行けと示した。
階段を降り、リズに挨拶してギルドの建物を出る。初仕事、だ。
それから3日、薬草採集に精を出す。
「今日もお疲れさまでした。あ、そうでした。家を手配しました」
薬草を提出するとリズにそう言われた。
「ああ、助かる。場所は?」
「んー……ちょっとわかりにくいところなので、ご案内しますね。仕事上がりまで待ってもらえますか?」
リズは建物内に併設されている酒場を指し示した。指示通り、酒場へ向かう。
「ご注文は?」
恰幅の良い女性がオーダーを取りに来た。
「軽くつまめるものと、茶だ」
「茶?」
「仕事中は飲まないようにしている」
「はえー、真面目だねえ。代金は口座に請求でいいかい?」
「ああ、それで。多分リズがうまいことやってくれているはずだ」
リズの名前を出すと、女性は珍しいものを見るようにまじまじと私を眺め回す。
「はー、あんたがラルフさんかー」
女性はバンバンと私の背中を叩いて戻っていった。
しばらくすると黒パンとレバーパテ、それに黒茶が出てきた。
「ま、ここは酒場だからね。こんなのしかないんだよ」
しばらく待っているとリズが着替えてやってきた。制服のリズは堅いイメージだが、私服は女性的でふんわりとしている。そしてなぜかシャーリィもいた。
「行きましょうか」
給仕の女性に手を上げ帰ることを伝え、ギルドを出る。
10分ほど歩き中心から少し離れた住宅がポツポツと建っている地域にある、壁に囲まれた一軒家に案内された。
「これは……」
「アルヴィン家の別邸の一つだったものです。三代前の六男の方のクーゲル滞在時の館でした。部屋の数は八あります。風呂と台所、食堂、ダンスホールもありますね」
「……豪華すぎないか?」
「ギルドの持つ物件の中で、グラーフ金貨で支払った後のお釣りを出せる限界がここだったという話です」
「おー、いいじゃんいいじゃん。あたしも住むからさーよろしくねー」
シャーリィの言葉にリズがキッと睨みつける。
「なんでシャーリィがここに住むんですか」
「えー、ラルフ家のことできる? 家事の手ほしくない?」
「少なくとも一通りはできる。この歳まで独身だからな」
私の言葉にシャーリィが膨れる。
「とはいえ、慣れた森の生活からこっちについてきてくれたんだ。気が済むまで住めばいい」
「え、ホント! やった!」
手をうち飛び跳ねるシャーリィは微笑ましい。年相応のかわいい子だ。
「……あの」
リズがうつむいたまま私のマントを掴んでいる。
「どうしたのかね?」
「実は、その……」
「言いにくいこと、か」
私の問いにリズが頷く。
「シャーリィ、宿に荷物置きっぱなしなのだろう? 取ってきたらどうだ?」
「はーい、そうしまーす。もう宿代払ってるから明日からねー!」
シャーリィは軽やかに去っていった。
「行ったようだ。じゃあ、中で話そうか」
館は家具、魔道具付き。よくメンテナンスされており、壁に仕込まれている魔道具に魔力を込めることで明かりが煌々とついた。
部屋の一つにテーブルとソファーが置かれた応接室と思しきものがあったので、そこに入る。
柔らかなソファーに身を沈めると、リズもその向かいのソファーに足を揃えて座る。
彼女が言い出すまで待つつもりでいた。
しばらくするとポツリポツリと彼女が語りだす。
彼女は末っ子で、年老いた両親が田舎にいること。他の兄弟は皆独立し、家庭を持っていること。
両親が体を悪くしていて、その金銭面の世話を彼女がしていること。
「それじゃ、リズは結婚は……」
「諦めています」
そう言うと、寂しそうに彼女は笑った。
「そうか……」
「で、ですね。ギルドの細則を読んでいなかった私のミスなのですが、専属になると固定給から歩合給に変わるのです」
「……なんだって?」
「完全歩合給ではないのですけども……一応、蓄えは少しはあるのですが、お恥ずかしながら……」
頭を抱える。ある意味特殊な私のために彼女の人生が狂ってしまっているわけだ。
「あー、わかった。いい。みなまで言うな。部屋に余裕はあるのだろう? 家賃は気になるなら飯を作ってくれるだけでいい。材料はこっちが提供する」
私の言葉にリズはぱっと笑顔を咲かせる。
「ありがとうございます!」
「で、いつから来る?」
「では明日からお願いします。もともとあまり荷物がないんです。家に戻って全部手続きをしてまいります」
広い館に一人暮らしよりはマシだろうと考えることにした。
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