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第十話 移動

 あれから3日、シャーリィは朝から出かけてしまっている。やることもないので部屋の中でできる鍛錬をしていた。

「ただいまーっとうわ!」

 シャーリィは連日夜まで帰ってこなかったが、今日は昼前に戻ってきた。鍛錬中の姿を見られた。上半身裸でちょうど腕立て伏せをやっている最中だった。

「はー、ラルフいい体してるねー」

「軍人だからな……ああ、もう元、だな。まあ長年の習慣だ」

 汗を拭い、服を着る。

「やっと族長を説得できた。3人も戻ってきたし、これからクーゲルに行くぞ」

「これから?」

「半日で着けるからね」


 森をでててくてくと街道を歩くこと数刻。壁に囲まれた街が見えてきた。

「あれがクーゲル。人口はだいたい2000人ほどと聞いている」

「地方領主の領都ってところか?」

「いや、ここらはアルヴィン伯爵の統治下だね。領都はクーゲルからさらに4日ほどの距離にある」

「ほう……エルフの国と国境を接しているってわけだ」

「いや……我が森もそうだが、森の管理はエルフに任せるってのがアルヴィン伯爵の方針でね。だから自治領扱いになっているんだよ」

 政治体系はよくわからないが、おそらく私のいた世界に近いのだろうとは思う。

 そんな雑談をしているとクーゲルの入り口につく。

「おや、クロトヴァの。入れ替わりでメンテかい?」

 門番の兵士がシャーリィに声をかける。

「いや、移住だよ。こいつの付き添いでね」

 シャーリィは親指で後ろに立つ私を指す。

「……エルフ、じゃないよな、あんた」

 門番は不審げに私を見る。

「ああ」

「あたしの後見じゃだめかい?」

 シャーリィが門番に言うと彼は手を前に出して慌てて手をふる。

「いえいえ、そんなことは!」

「そ。んじゃ通るわね」

「いやいやダメですよ! ちゃんと申請しないと! シャーリィさんはもうアレですけども!」

 門番が慌てて懐から紙を取り出す。名前、所属、後見人、続柄の欄がある。

「面倒ねえ。ラルフ、ちゃっちゃと書いちゃって」

 示されたテーブルに紙をおいて渡されたペンで欄を埋めていく。

「名前と後見人はいいとして、所属と続柄どうすりゃいいんだ?」

 私の言葉に不審の目が更に鋭くなる。

「所属はクロトヴァ……じゃなくてクロトフの森。続柄は恋人でいいわよ」

「……友人にしておくよ」

 記入し、門番に渡す。

「まあ、シャーリィさんが後見だから通すけど、普通は通れんよあんた」

「だろうね。私も通れないとは思うよ」


 シャーリィに案内され、ギルドへと向かう。

「まずは登録しないとね。ギルドカードがあれば申請書はいらなくなるよ」

「なるほど。シャーリィは何度も通っている……というよりエルフが珍しいから覚えられているってわけだ」

「そうねー。武器のメンテはここでしかできないから、しょっちゅう来るし」

 町の中央部にそこそこの規模の館が建っている。

「ここがギルド。クーゲルのギルドは他の生産系ギルドとの関係が良好なのよ。なので建物も共同で使ってる」

 建物の中に入りながらシャーリィがそんな説明をしてくれた。

「ほら、あそこ窓口へ行くよ。新人登録だ」

 シャーリィは一番奥を指し示す。新人登録と言われた私を見て、フロアにいた人間がぎょっとした表情を浮かべる。

 まあ、新人と言うには(とう)が立っているからしょうがない。

 窓口には長い白髪(キャニティ)の美しい女性が立っていた。

「はじめまして。登録ですか?」

「はい」

 私が返事をすると後ろからシャーリィが声をかける。

「あ、リズ! ラルフの登録料はあたしの口座から引き落としちゃって。あたしはカードの更新してくるから」

「え? あ、はい、わかりました」

 リズと呼ばれた女性はシャーリィに笑顔を向けると、こちらに向き直り、咳払いをする。

「改めてはじめまして。新規登録窓口業務担当のエリザベスと申します。新規登録のためにいくつか手続きを行います。まずはお名前をいただけますか?」

「ラルフ・クロトフだ」

 クロトフの名前にピクリとエリザベスが反応する。

「人族……ですよね?」

「ああ」

「彼女、シャーリィとはどういったご関係で?」

「友人だ」

 彼女は不審そうに私を見上げる。

「失礼だとは思うのですが……そのお歳で新規、ですか」

「そうなるな」

 こればかりはどうにもならない。私は流れ者どころのレベルではない不審者そのものだからな。

「すみません。左手をこの水晶にかざしてください」

 手をのばすと、エリザベスが慌てて言う。

「あ、手袋は外してください」

 あまりガーランドを見せたくはないが仕方がない。体の前で手袋を外す。

 彼女の目が丸くなる。私は右人差し指を口にあててウィンクする。

「あ、ああ、すみません。では左手をお願いします」

 体でできる限り周囲の視線から遮断するようにして水晶にガーランドをかざす。

「え……?」

 エリザベスは水晶玉の乗っている台の一部を見て小さな声を上げる。

「なにか?」

「あの……この称号と職……」

「ああ、それか。気にしないでくれ」

 彼女はしばらく私を見上げた後、水晶脇にずらっと並べられているボタンを器用に叩いていく。

「あ、左手ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」

 手袋をつける。

 しばらく待っていると何も書かれていない黒いカードが一枚と、黒いペンダント乗ったトレイを差し出された。

「これがギルドカードとペンダント、あなたの身分を証明するものになります」


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