第一話 不名誉除隊
洞窟侵攻戦での傷もまだ癒えていない。いや、癒えることはない。
そんなことを考えながら、かつての主、そして上官だったレオン・フェストランド大佐の前に立つ。
左手は吊ったまま。軍服の前は開かれていて袖はだらりと垂れ下がっている。かなり不敬ではあるがどうにもならない。
レオン大佐はディーフヴァルター帝国の侯爵家の嫡男で、かつて従者として付き従っていた人でもあるが、私がこうなった事故の当事者でもある。
「ラルフ、ここに呼ばれた理由はわかっているな?」
「はい」
大佐はため息をつく。
――なぜ私がこんなことをしなければならないのか。
左目が不快な痛みとともにそう告げてくる。忌々しい、レンの眼。
「ラルフ、不名誉除隊だ。二等兵降格も同時に行われる。本来ならばその左手の甲に不名誉除隊印を焼き付けるのだが、すでにお前の左腕はその印を不要とするだけの特徴を持っている」
吊っている左腕は、黒い義手のガーランド。無理やり魔導移植で繋げられ、動きもしない。太さも合っていないために軍服の袖を通すこともできない。それどころか腕を振るだけでジクジクとした痛みが走る。
手の甲に埋め込まれたレンズは薄ぼんやりと濃紺に光っている。どんな仕組みなのかは全くわからない。
レンとガーランドを魔導手術で埋め込んだ主席宮廷魔術師のシモン・フルトマンはピクリとも動かないガーランドを見て、舌打ちした後私への興味を失った。
そして傷も癒えていないうちに原隊復帰させられた。
だがレンのせいで人間関係は悪化。
レオン大佐率いる第一部隊から第五部隊、通称掃き溜めに左遷。
そこでもどうにもならなかった。
――いや、あれは私が無理をしたから、だからラルフは……いや、それでも。
大佐の逡巡をいちいち伝えてくる。余計なことを。
――そうだった、ラルフは私の思考が見えるのだった。
恐怖の感情。だが、大佐の表情は平静だ。佐官の精神力はすごいものなのだななどと考えていた。
「……済まなかった。私の判断ミスで」
かつての主、上官の声を右手で制する。
「必要だから、そうしただけです」
大佐は私をじっと見つめ、そして頭を下げた。
「それでも、謝罪させてくれ」
「構いませんよ。ほぼ平民だった準男爵の四男をここまで引っ張り上げてくださいました」
私の言葉に、大佐のまぶたが少しだけ痙攣する。
「そう、か……これから、どうするつもりだ?」
「まだ何も決めておりません。どうも人ではないものになってしまったようなので、それを考えながら生きていく予定です」
軍宿舎の割り当てられた居室に戻った。荷物をまとめる。
シモン・フルトマンは私というちょうどよい実験材料を得て、レンとガーランドを無理やり私に繋いだ。
どちらも洞窟産出の魔道具で、鑑定師が見ても詳細がわからなかったので人体実験したと手術後に面と向かって宣言された。
あのときのフルトマンの表情はおぞましいものだった。なるほどな、とも思った。
憎悪を焼き固めたらフルトマンになるというのが宮廷での評価だというのは軍に入って間もない頃に聞かされた。
「それでも魔術師としての腕は確かなために主席宮廷魔術師なのだ。だから逆らうなよ?」
軍に入ってすぐに配属された小隊付軍曹にそんなことを言われた。そして自分も小隊付軍曹になったときに新人どもにそれを叩き込んだものだな、と、軍規の書かれた手帳を廃棄物のかごに投げ込みながら苦笑した。
もともと私物はそれほど多くない。今着ている軍服も貸与品だ。脱いで畳んでベッドの上に置く。私服に着替える。
私は不名誉除隊のため、武装することが禁じられている。長年愛用してきたナイフも廃棄物のかごに入れる。
革の頑丈なブーツが当面の間の武器になる。それなりに体術は使えるからまあなんとか生きていけるだろう。
結局、いくつかの着替えと、溜め込んでいた給料くらいしか持ち物はなかった。ずだ袋に着替えを適当に放り込んで、背負う。
「ラルフ、退出します」
宿舎の入り口の警備兵に声をかける。警備兵はこっちをちらっと見て顔をしかめた。
――気持ち悪いな、あの赤く光る目。
レンは赤く揺らめく光を放つ。周りの引き攣れた傷の中に赤く光る目というのは我ながら不気味と思う。
とはいえそれをまっすぐぶつけられればやはり傷つく。
今となっては口にしていないのだからと気にしなくもなったが、当初はあれがレンの機能だと知らなかった。
その上にガーランドから常に伝わる不快な痛みと合わさり、かなり荒れた。
その結果が不名誉除隊だ。
駐屯地を出てまっすぐ街の外門へ向かう。不名誉除隊印を免れたのは左手だからというわけではなく、おそらくは大佐が便宜を図ってくれたのだろうと思う。
不名誉除隊者は官報に載せられ、更にその印が体に刻まれている。私の場合は名前と身体特徴が官報に掲載されるわけだが、一般市民は官報をまず見ない。
彼らが見るのは左手の甲。そしてそれは私の場合は丸い濃紺に光るレンズで印ではない。
代わりに不気味がられるだろうが、生活する上での不自由さはかなり減るだろう。
それはおそらく大佐の贖罪なのだろうと思う。
ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、足元に白く光る魔術陣が現れる。
――アルテアの祝福。
レンからそう伝えられた直後、意識を失った。
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