67.尋問
今まで出会ったどんな時の彼女に対しても感じたことのないものが胸の奥から湧きおこってくるのを感じた。
彼女自身の口から放った魔力の息吹の跡である水晶の柱の列と、その先で倒れる男を冷たく見据えていた紫水晶の瞳がそらされ、そんな彼女から視線を外せずにいたガーディアの金色の瞳と重なった。
薄明の時の、その時にしか地上に現れない光がその美しい白色の鱗を包み、その白はほんの少しの身じろぎで金色に輝いて見える。若さゆえにほっそりとした体はしなやかで、それに反して紫水晶に似た角の先や爪の一つ一つは恐ろしいまでの鋭さを持っていた。
長い首が澄んだ美しい音を立てる――それにつられるように伸ばした手は、「陛下?」といつもと同じようで、いつもより少し空気を震わせるような声によって遮られた。
その声にハッとして我に返り、視界に入った自身の手にどこか気まずさを覚えて思わず視線が泳いだ。その間にミモザは何事もなかったかのようにさらりと見慣れた人型の姿に戻り、落ち着かない雰囲気のガーディアを心配そうに、不思議そうにのぞき込んだ。
「……大丈夫か?」
気まずさを誤魔化すようにそうたずねれば、ミモザは少し困ったように笑い、誤魔化されるように「はい」とうなずいた。実際、見たところ傷一つないようだ。ドラゴンなのだから傷つけられるようなことはそうないのはわかっているが、心配してしまうのは仕方ないことだろう。
ミモザの毛先にかけて白くなっていく金色の髪が朝日の下で輝いている。触れたくなる気持ちを抑え周囲の様子をうかがえば、彼女も同じように視線を動かすのがわかった。
倒れた犯人たちはガーディアと共に駆け付けた軍部の者が捕縛している。リリアナとジュリアの傍にはベレナングレンとシトロンがいて、彼らが二人から話を聞いているようだった。
一緒に捕まっていた二人のことが気になっていたのだろう。ミモザがそちらに足を向けたのに合わせてガーディアも足を進める。
二人分の足音に気がついたリリアナの顔が上がり、澄んだ色の瞳がミモザを映した。あの日、この人間の王女の瞳に揺らいでいた感情は今日は欠片も残っていない。それどころではなかったからだろうか。そのことにガーディアは安心に近い気持ちを抱いた。ミモザがいる場所であの感情を見かけたら――ガーディアにはどうでもいい感情ではあるが――ミモザが気にするだろうと必要以上に冷たくしてしまいそうだ。イシルマリの王女であることを考えれば問題になるし、何よりそんなことをすればミモザが気にしてしまうだろう。
となりにいるミモザに視線を向ければほっとした顔をしていた。リリアナたちは疲れと安堵が滲んだ顔色こそ悪かったが、傷などはないようだった。
「あなたも無事だったようですね――いささかやりすぎな気もしますが……ドラゴンにしてはマシな方と思うべきか」
ミモザが放った息吹の痕にちらりと視線を向けて、ベレナングレンが言った。
「お二人から話を聞いていたところです。犯人たちの目的について――あなたたちが妃候補であることを口にしていたそうですね?」
「はい」
「それにわたくしたちのことを……“売り物”だと言っていました」
元々話の途中だったのか、リリアナがつづけた。
「売り物、ですか――つまり犯人たちはあなた方をどこかに売るつもりだった。それは実行犯の独断だったのかそれとも――」
彼らに依頼した誰かがいるのは間違いないだろう。その依頼がただ誘拐だけだったのか、その後のことまで指示していたかは犯人に聞くまではっきりとはわからないが。
「あの小屋に来た男たちの増援は、人間だけのつもりだったみたいです」
それに――ミモザは男たちの会話を思い返しながら黙り込んだ。しかしこのことをリリアナたちのいる前で話していいかはわからない。
「何か気になることでも?」
「その……」
「行方不明事件のことですか?」
ベレナングレンがあっさりとたずねてきたことに少し動じながらもミモザはうなずいた。
「イシルマリでも事件が起きていますし、情報の共有をお願いしています。それで?」
少し肩の力を抜いて、ミモザは口を開いた。
「犯人たちが言ってたんです。売り物の話の時――魔族なら、別ルートがあるって。でもそのルートは今は使えないって」
「今は使えない別ルートですか――」
「たしかに関係がありそうだな」
人身売買の目的が何かにもよるだろう。人間と魔族では客層が違うから、というそれだけの理由かもしれない。けれど、男たちの会話には何か含みがあったような気がしてミモザは不穏な気配を感じていた。
「それを含めて話を聞いた方がいいだろう」
ガーディアが視線を向けた先には、捕縛された犯人たちが軍人に引きずられるようにして連れてこられるところだった。一瞬身を固くしたリリアナとジュリアの前にミモザが立とうとすると、二人は大丈夫だと言うように首を振った。
「さて」
おそらくリーダー格だと思われる魔法を使える男以外は皆、体の自由を奪われるだけでなく口もふさがれている。と言っても、ミモザが吹き飛ばした強面の男はまだぐったりと意識を失ったままで、他の三人も顔色悪くぼんやりとした様子だった。
魔法を使える男はガーディアの姿に身を固くしたが、口を開いたのがベレナングレンだとわかると少しだけ挑発するような視線を彼へと向けた。王宮の者たちからある意味でガーディアより恐れられているベレナングレンだったが、それ以外の者からすれば穏やかなエルフそのものだ――見た目だけは――男がそういう態度を取ったのは、ドラゴンと比べて彼を侮ったからだろう。ミモザは残念なものを見る目を男へと向けた。
「色々と質問に答えていただきましょうか」
「ここで、ですか?」
リリアナが眉をひそめた。
「軍部に連れて行って尋問部屋でとなると、我々もそこまで足を運ばなければなりませんから」
それはそうなのだが、リリアナとジュリアが思わずと言ったようにミモザに視線を向けたのに、彼女も苦笑いしかできなかった。普通なら軍部で対応するべきなのだろうが、場合によっては次の指示を出さなければいけない彼にとってあちこち無駄な移動をするのは余計な時間を使うことと同様なのだろう。
「さて」
ベレナングレンはまた同じ言葉をくり返し、男へと視線を合わせた。最初と同じ言葉だ。どちらにも魔力が含まれているのをミモザは感じたが、魔法を使える男はその微量な魔力には気づいていないようだった。当然、その効果にも。
「まずは、そうだな――あなたたちが何者なのかについて答えてもらいましょうか? あなたとそっちの男は軍服姿ですが、軍部の者ではないようだ。他の三人は出入りの商人といった風ですが」
「俺たちはバラガン商会の者だ」
その名前に息を呑む。
いや、なんとなく予想はついていた。誘拐の動機に妃選びが絡んでいるのなら、自分たち以外の妃候補やその関係者が絡んでいるのは間違いない。自分とリリアナ以外の三人でこういうことを一番しそうなのは――
「バラガンというと、シシー・バラガンの……?」
リリアナの問いかけにベレナングレンが男へ視線で促すと、「そうだ」と男は何の抵抗もなく答えた。
「では、あなたたちはバラガン伯爵の依頼でこの誘拐事件を企てたというわけですか?」
「伯爵じゃない。我がまま娘さ」
「シシー・バラガンが直接?」
「まさか! 侍女だっていうおばさんが依頼してきたんだ」
つづけていくつか質問し、その内容から察するにシシーはベライドにいた頃も父親の商会で下っ端として働くごろつきのような男たちにこづかいから金を出して個人的な仕事を依頼することがあったのだという。
その内容のほとんどは気に入らない貴族の令嬢を貶めることだった。もっとも、このリーダー格の男がその我がままを受けることはなく、強面の男がそういう依頼を受けているのを知っていただけだった。
「具体的にはどんな依頼だった?」
「妃候補の女を攫って売り払えって依頼だ」
「相手がイシルマリの王女だと知っていたのですか?」
「知ってたさ」
そう言って笑う男に眉をひそめ、ベレナングレンは一瞬ガーディア、シトロンと視線をかわした。
「一国の王女を売り払えば我がままではすまないとわかっているのか?」
ベレナングレンの声が一段と低くなった。
「俺たちには関係ないね。そのためのこの格好だろう? やることやって金をもらったら遠くの国におさらばだ」
「なるほど……」
ベレナングレンはリリアナを見た。彼女も厳しい顔で男を見ていた。
「それでは――魔族を売る別ルートとは?」
「魔族だけを売る特別なルートがあるんだ。そっちの方が高く売れるんでね。今は使えないのが残念だが」
「そのルートについて知っていることは?」
「俺の仕事は商品を調達して流すだけだ。それ以外の詳しいことは知らない。ただ、噂じゃ王宮のお偉いさんが買い手らしいな」
「ベライドの王宮……」
言葉のとおりそれ以上、男は何も知らなかった。他に聞きたいことがないかを確認した後、ベレナングレンはまた魔力のこもった言葉でこの尋問の終わりを告げた。
先ほどまでベレナングレンに対して侮るような視線を向けていた魔法を使える男の顔が見る見る青ざめていく。ベレナングレンはわざとわかりやすく魔力をこめたのだろう。混乱する男を冷めた目で見ながら、彼は犯人たちを軍部に連れて行くよう命じたのだった。
「あの男は随分と色々な話をしましたね」
「閣下がそうなるように魔法を使ったんです」
そっと話しかけてきたリリアナにミモザは同じくらいの声量で答えた。尋問の間、ずっと疑問に感じていたのだろう。
「誘拐が成功していたら、イシルマリと戦争になっていたのでしょうか?」
シトロンが硬い声でたずねた。
「戦争になっていたかはわかりませんが、ザルガンドの軍人が犯人という体で国に責任をなすりつけるつもりだったのでしょう――その辺りは令嬢の我がままではなさそうですが」
おそらく、シシーをそそのかした誰かがいる。
「夜会に来ていたのは王太子だったな」
ガーディアは興味がなさそうな口調で言った。
「ザルガンドとイシルマリがもめたところでベライドには何の得もなさそうだが」
イシルマリもベライドもザルガンドの隣国ではあるがこの二国は間にアルディモアがあるため国境を接しておらず、しかもそれほど仲がいいわけではない。
「魔族を求める買い手がベライドの王宮にいるという噂も気になりますね」
「シシー・バラガンにも話を聞きに行きますか?」
「そうですね、後はローズ王女にも」
「リリアナ王女殿下を部屋に送り届けてから、面会を依頼しに行きます」
「そうしてください。それから誰かをやって“蛇の巣”から医官を。外傷はなさそうですが王女殿下たちを診るようにと」
「わかりました」
うなずいたシトロンは一瞬ミモザに心配そうな視線を向け、それからリリアナをいたわるように促して彼女とその侍女を部屋まで送り届けに行った。
「ベライドには何があるんだろう……」
その背中を見送って三人だけになった時、ミモザはぽつりとそうつぶやいた。
自分と母のこともベライドでのことだった。ベライドの王宮に魔族の買い手がいるかもしれないなら、行方不明になった魔族たちもベライドの王宮に? でも、何のために? 昔に比べて取り繕うようになってはいたが、ベライドは近隣で最も魔族に対する偏見が強い国だ。それは王宮も例外ではない。
「イシルマリと揉めさせようとしたことも気になりますね。陛下の言うとおり、ベライドに得はないと思いますが……」
「それより」
ガーディアが口を挟んだ。
「ミモザ、君も“蛇の巣”へ行った方がいい――ケガはなくても、診てもらった方が。俺が送る」
「そんなわざわざ――」
「俺がそうしたいんだ」
金色の瞳にはミモザに対する心配と安堵が揺れていた。ベレナングレンが大きくため息を吐くのがわかったが、そんなものは聞こえないとでも言うようにガーディアはミモザの手を取った。心配をかけたのはわかっている。だからこそその手を振り払うことができなくて、ミモザはただ困った顔を彼に返し、それを受け入れることしかできなかった。
朝露に濡れる庭園は幻想的にけぶり、この季節にふさわしい寒さはミモザとガーディアの吐く息を白く染めた。自分たちは平気だけれど、ただの人間であるリリアナとジュリアがそれなりに長い時間を外にいることになってしまって、後で体調を崩さなければいいけれど。つながれたままの手を見ながら、ミモザはそんなことを考えていた。
蛇の巣に向かうこの道中も、駆け付けてくれた時のようにどことなくガーディアは落ち着かない雰囲気をまとっているような気がした。心配をかけてしまったからだろうか? とも思ったが、それもどこか違うような……つながれた手から視線を上げて少し前を歩くガーディアを見上げれば、白銀の角が朝日に輝いて見えた。
「ガーディア、どうかしたの?」
「何がだ?」
「さっきからちょっと、様子がおかしいなと思って……」
「そ、そうか……?」
こんな動揺した声を出すのも珍しい。ミモザは神妙にうなずいた。
「そうか……」
「わたし、何か変なことをした?」
「まさか! いや、その……今の君の姿を見たのがはじめてで」
「えっ?」
「君が人間だった時も君の姿かたちも含めて愛していた……ただ、ミモザ、君は――その」
ぐっと息を飲み込み、ガーディアは慎重に言葉をつづけた。
「とても、綺麗だ」
思いもよらないひと言にミモザはぱちりと瞬きを一つした。理解するために言われた言葉を頭の中で繰り返すと、頬にじんわりと熱がたまっていくのが自分でもよくわかった。
「それって……今までのわたしは綺麗じゃなかったってこと?」
「そういうわけじゃない……!!」
照れ隠しで出た言葉に焦るガーディアを見て、ミモザはフッとふき出した。
「……からかわないでくれ」
「だって」
声を立てて笑うミモザにガーディアも苦笑いを返す。束の間の穏やかな時に、ミモザは自分の手を包むガーディアの手をきゅっと握り返したのだった。




