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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第三章 同胞喰
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65.静寂の夜




 衣擦れの音とくぐもった声が微かに鼓膜を揺らし、ミモザは壁から離れて暗い小屋の中へと視線を戻した。物置小屋らしいそこには壁際に木箱や袋が積まれ、入口の付近には無造作に農具が置かれているからきっと畑か果樹園の近くにある小屋なのだろう。


「気がつかれましたか?」

「……ここは……?」


 目を覚ましたリリアナが身を起こしながらぼんやりと辺りを見渡した。きっとミモザよりもこの暗い小屋の中を把握できない彼女にどこかの小屋に閉じ込められているのだと説明すれば、意識がはっきりしてきた彼女は明らかに顔を強ばらせた。


「ジュリアは?」


 その傍には未だ意識のない彼女の侍女がいる。あの襲撃の時、魔法で姿をくらませていた敵にまとめてさらわれたのだ。


「すみません……きちんとお守りできなくて」


 一国の王女が誘拐されたとなればさすがに問題になるだろう。犯人は間違いなく魔族だが、ミモザが意識を失う直前に相手が口にしていた言葉から察するに、リリアナが妃候補だから襲ったようだった。ならば必ず、裏に手引きをした者がいるはずだ。


「なぜあなたが謝るのです?」


 まだその表情に緊張はあったが、リリアナは眉をひそめながらそう言った。


「わたくしを守るのはあの場にいた護衛の仕事。あなたが責任を感じることはありません」

「それは……」


 確かにそうだ。自分はただの使用人で、偶然あの場に居合わせただけなのだから。


「……ジュリアは大丈夫でしょうか?」


 何て返せばいいかわからないミモザに、リリアナは別の話題を振った。しかし実際に侍女のことの方がミモザの謝罪よりも気になっていたのだろう。その声には親しい者への素直な心配が滲んでいる。


「気を失っていますが、大丈夫ですよ」

「ここはもう王宮の外なのでしょうか?」

「それはないと思います」

「なぜ?」


 リリアナが目を覚ます前、ミモザはひと通り小屋の中を確かめた。見張りの気配はないが、魔法の気配が強く、小屋はそれによってしっかりと守られ外に出ることはできない――もっとも、ミモザは本気を出せばわからないが、犯人がどこにるかわからない以上、無理やりここを脱出してリリアナや彼女の侍女と共に逃げるのは難しいだろう。

 天井の近くにある灯り取り用の小さな窓を見るに、外は暗く、夜のようだ。意識を失ってそれほどたっていない気もするし、それならば王宮――中枢区の外に出ているとは考えにくい。


「中枢区の出入りには必ず門を通らなければいけません。門だって厳しいチェックがあります。もしわたしたちを中枢区の外に出したいなら、きっと朝晩の商人の出入りに紛れこませるはずです。相手はめくらましの魔法を使えるので、その方がバレないと考えるでしょうから」


 リリアナには言わなかったが、中枢区の出入りはパランティアやスティナの千里眼で逐一チェックされている。姿を消す魔法を使っていても千里眼からは逃れられない。それに、当然それ以外のあらゆる魔法が仕込まれている。どんな魔法かまでは細かく知らなくてもその事実自体は隠されているわけではないのでここで働く魔族はもちろんそれを知っていた。犯人がそれを知っているかはわからないが、こんなことをしでかす以上は調べて知っている可能性が高い。

 もし誰かを密かに連れ出すなら、朝晩の出入りの商人に紛れ込ませるのが一番連れ出せる可能性は高いはずだ。荷物も多く、隠す場所はいくらでもある。調理場で荷物を受け取ることも多いミモザはそのことを知っていた。


「ここがまだ中枢区の中なら、逃げる方がいいのでは?」


 ミモザはリリアナとまだ意識を失って眠ったままのジュリアを見た。最悪、自分が二人を運べるけれど……。


「犯人は追ってくるでしょうし……それに、目的もわからないのにここで逃げたらまた同じ事が起きるかもしれません。そうなれば、きっと今度はもっと手荒なマネをしてくるでしょう。あの二人だけが犯人ではないと思いますし……」

「わたくしたちが妃候補であることを口にしていました」


 リリアナは少し考えながら言った。


「他の妃候補の方々か……そうでなくても、妃候補が減ることに利益のある方が裏にいるのかしら……」

「わたしもそう思います」


 外は静かなままだった。犯人は近くにいないのだろうか?


「それにわたしたちがいなくなれば必ず誰かが気づくはずです。特に殿下がいなくなって騒ぎにならないことはないでしょう――少なくとも朝になればもっと騒ぎは大きくなるはず。もちろん、犯人たちもそれをわかっているでしょうが……外に出るなら素早く行動しようと焦っていると思いますし、そうでなくても騒ぎになっていれば動きづらくはずです。わたしたちも動くならそれからの方がいいと思うんです」

「誰かというのは――」


 リリアナはほとんど無意識にその言葉を漏らしたようだった。ハッとして口をつぐみ、しかし意を決したようにミモザを真っ直ぐ見据えた。


「誰かというのは、陛下のことですか?」

「えっ?」


 思わぬ問いかけに、ミモザは面食らった顔をした。


「陛下なら、あなたがいなくなったことにも気づくと――」

「い、いえ、わたしはただ、殿下の周りには人が多いですし、わたしにも友人や同僚が多くいるのでひと晩いなくなれば絶対に騒ぎになると……」


 いなくなったことに気づくかはわからないが、ミモザが行方不明となればガーディアは動揺しても、すぐミモザを見つけてくれるだろう。それはミモザがドラゴンで、彼が星影の竜だからだ。ドラゴンたちの王である彼は、他のドラゴンの居場所を把握することができる。


 リリアナの表情は硬かった。しかし、さっきまでの硬さとはまた違ったように見えた。「陛下は」と彼女は静かにつづけた。


「陛下は、王妃を選ばないとおっしゃっていましたが、わたくしにはそう思えないのです」

「……噂になっていることなら、噂はあくまで噂ですよ」

「それだけれはありません――あのおとぎ話」


 それが何をさしているのか、ミモザにはすぐにわかった。


「黒いドラゴンの恋の相手は、あなたではないのですか?」


 ああ――伏せられた澄んだ色の瞳に、ミモザは察した。彼女はきっと、彼を想っているのだ。それを彼女自身が気づいているかはかわらないけれど。


「わたしは……わたしです。リリアナ王女殿下」


 心は不思議と落ち着いていた。その中で、のどの奥だけが妙に熱かった。


 伏せられていた視線がミモザに向けられた。複雑な感情がその澄んだ色に浮かんでいる。そこにある純粋な想いに、ここに来たばかりの頃のように彼がこの想いに答えたらかまわないとは思わなかった。それなら、この熱は嫉妬なのだろうか?


「……候補者から誰も選ばれないのは、わたくしたち――イシルマリやベライドに気を遣ってくださっているからでは? 全て終わった後に、あなたを迎えようと――」

「陛下が決めたことに、わたしは関係ありません」


 ミモザは少し困ったように微笑んだ。


「陛下が誰も選ばないと言ったなら、ただ、本当にそれだけのことなんです」

「でも陛下はあなたのことを特別気にかけているわ――いえ、これはわたくしの気のせいかもしれませんが……」

「殿下……」


 また少し外に意識を向ければ、やはり静かなままだった。夜明けまでどれくらい時間があるのだろう? どちらにしろ、これ以上ミモザがリリアナの疑問に答えることはできなかった。それに彼女自身が自分の気持ちに無自覚である以上、きっといつまでも要点を得ない会話になってしまう。彼女が気持ちを自覚するのがいいことかどうかも、ミモザにはわからない……。


「少し休みましょう」


 ミモザはそっと言った。


「こんなところで休めと言われても難しいかもしれませんが……あなたの侍女の方も、目を覚ました時にあなたが疲れ果てていたらきっと心配しますよ」

「……そうですね」


 リリアナは目を覚ました時のようにまた少しぼんやりしてきたようだった。いたわるように意識を失っているジュリアの手を取り、心配そうに彼女へ視線を向けた。


「確かに慣れない場ではありますが、休んでおいた方がいいのでしょうね……あなたも休んだ方がいいのでは?」

「ありがとうございます。でも、わたしはこれでも丈夫なので」


 ミモザが微笑むと、やっとリリアナの表情が和らいだように見えた。




 少し心配ではあったが、リリアナはジュリアに寄り添うようにしながらやがてうとうととまどろみはじめた。一見、いつもと変わらないようだったが不安も大きいだろう。この短い時間の中ですでに彼女の顔には疲れが滲んでいる。眠っているその表情はあどけなく、普段の凛としたたたずまいの彼女からは想像できない。


 膝を抱え、ミモザはそっと自分ののどに触れた。あの熱は感じない。リリアナに、嫉妬したのだろうか? でも嫉妬とは違う気もした。ただ、あんな純粋な想いを自分はガーディアに対してもう抱けない気がして、それだけはうらやましく思えた。






***






「えっ」


 イシルマリの王女であるリリアナとその侍女の行方がわからなくなっている――そのことで、ベレナングレンの指示のもとシトロンも捜索に加わっていた。何者かに襲われたのは間違いない。その場にいたと思われるリリアナの護衛や侍女たちはまだ意識が戻らず、医療棟である“蛇の巣”で治療を受けていた。

 襲撃現場である庭園の一角は荒れ、魔法が使われた痕跡がある。シトロンの鼻で探ろうとしたが残念ながらその痕跡は途中で消え失せ、リリアナや共にいなくなった侍女の匂いも同じだった。


 空が少しずつその暗い色合いに白を混ぜはじめた頃、新たな手がかりを求めてリリアナと彼女の侍女がさらわれたと思われる現場にシトロンが戻ると、ちょうど別で動いていたパランティアが顔を出した。明るくなってきたので、何か進展があったのかもしれない。

 パランティアの千里眼は魔法の目くらましも見抜けるが、逆に星明りも月明かりも弱い夜の暗闇には弱いのが欠点だった。それでも力になることは間違いないので別動隊で捜索に加わっていたのだ。


 ちょうど、不自然に落ちた“星の涙”にシトロンが視線を止めた時だった。


「ミモザが!?」

「“白い庭”の掃除に向かった後、戻ってきていないようで……」

「陛下には?」

「まだ伝えていません」

「どうして? すぐに――」

「それはいけません」


 パランティアの視線が周囲で手がかりを探す兵たちへと向けられたのを見て、シトロンは口を閉じた。


「……そうだな。今はリリアナ王女のことが優先だ」


 ミモザは同じ妃候補でもあくまで使用人。ガーディアが妃候補から誰も選ばないならなおさらここでガーディアにこのことを伝えるべきではない。もし伝えればガーディアは間違いなくミモザを優先するだろう。秘書官として冷静であろうとシトロンは奥歯を噛みしめた。


「だけど――」


 足元に不自然に落ちている“星の涙”を一輪拾う。だけど、秘書官として冷静に、可能性の一つを提示するのは間違っていないはずだ。そこに私情が含まれていたとしても。


「もしかして、ミモザも……」

「この花だけでははっきりとは言えません」

「そうだな」


 しかしこれは間違いなく“白い庭”に咲いているものだ。ミモザの気配が残っていないかと鼻を寄せたが、微かに“星の涙”自体の香りがするだけだった。


「一度、ベレナングレン様に相談しよう。もしミモザがリリアナ王女と一緒なら陛下に報告する方が王女も早く見つかる――陛下ならミモザがどこにいてもすぐわかるはずだ。王女を見つけるのが遅くなり何かあったらイシルマリも黙っていないだろうし、可能性が少しでもあるなら試すべきだ」




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