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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第三章 同胞喰
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62.ドラゴンと蜘蛛




 気づけばガーディアの執務室には部屋の主であるガーディアとミモザ、それからベレナングレンしか残っていなかった。シトロンはミモザに気を遣ってかロスソニエルの様子を見に行くと言って蛇の巣へ向かい、他の者もこの場に留まる理由は特になかった。

 あの小蜘蛛はもう少し調べたいからとエレンヒアが持って行ってしまった。何か気になる点があるようだった。


「エレンヒアが一番、古い魔法に対して知識があるからな」


 ガーディアが言った。


「魔力だけならエレンターリの方が上だろうが……」

「今は大して変わりませんよ」


 エレンターリはかつて不老不死の者たちの中で最も魔力が多く、その力は強大だったという。


「ただ感覚で魔力を使っている彼女と違って父の方が知識が多く理論的だという点は間違いありませんね」


 どんな話題であれ両親の話は楽しくないらしく、「そういえば」とベレナングレンは話題を変えるためにミモザへと視線を向けた。


「まだきちんとあいさつを交わしていなかったと思いますが――必要ですか?」


 その言い方に苦笑いをしたミモザに対して、ガーディアは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。


「ミモザとして会うのははじめてだろう」

「あなたがそういうことを言うなんて」


 意外そうにベレナングレンはガーディアを見た。ベレナングレンからしてみればミモザもミモザの前世も同一の存在のようだったが、ガーディアはあくまで――本心ではどう感じているかは別にしても――ミモザはミモザだとしてくれることにほんの少し口元が緩んだ。


「まあ、どちらでもかまいませんよ、私には――ベレナングレンです。宝石竜の子」

「ミモザです。使用人として働いています」


 改めて名乗られ、ミモザもそれに返した。ベレナングレンと直接顔を合わせて関わったのはアルディモアからこの国に嫁ぎ王妃となった一つ前の前世だけだ。あとはガーディアがその時ミモザの前世が過ごしていた国に現れ、その国で共に過ごした。立場によっては魔族の国の宰相の存在を噂くらいは耳にしたがそれだけだ。


「使用人ですか……それはできる限り長く、勤めて欲しいものですね」

「突然やめることはしないだろう?」

「アルティナの髪飾りを届けるために採用試験を受けたけど、仕事は楽しいからできるだけつづけるつもり」


 ほっとしたガーディアに苦笑いがこぼれる。ガーディアのことを抜きにしても、ここでの仕事は充実しているし、ここで出会った仕事仲間や友人たちの存在はミモザにとってかけがえのないものだ。元々の目的を果たしたからといって突然やめようとは思ってもいなかった。


「それに、今は事件のことも気になるし……やめろって言われても、逆に困るかな……」


 使用人の立場では直接関われることはないだろうが、ここで働いていなければそもそも行方不明事件のことだって知らないままだっただろう。


 無意識に、ミモザの少し荒れた指先は自身の角に触れていた。先だけが紫水晶のようになっている、黒曜石を思わせる角――母の角は、美しいエメラルドのようだった。あの男が持っていた……。


「行方不明になった魔族が、同胞喰の被害にあっている可能性も……あると思う?」

「なくはないが……」


 ガーディアはベレナングレンと視線をかわした。


「しかし、あったとしてもあくまで可能性です。証拠もなしに判断するわけにはいきません。行方不明者はあちこちで出ていますが、あの蜘蛛の術者はこの国にいる可能性が高い――もしこの国で同胞喰が行われていたら、誰かしらが気づくでしょうから」

「何か気になることがあるのか?」

「ううん……ただ、母さんやわたしの角ももしかしたらと思って……」


 ラングドール・バラガンが母の角を宝石として加工したものを持っていたが角に対して小さいものだったし、何より角は二本ある。あんな風に加工されてあの男を飾っているだけでも我慢ならなかったのに、それ以上に悪用されていたらと思うと不安になった。


「そうだな……だが、宝石竜の角は人間たちの間では普通の宝石として取引されることがあると聞いたことがある。それに、同胞喰の糧とするなら角にしろ何にしろ体から離れてすぐに取り込まないと意味がない」


 ガーディアの指先がやさしくミモザの角の先に触れた。「見つけてやれればいいんだが……」そう言いながらもそれが難しいことはガーディアもわかっていた。


「失った物のことを嘆いていても仕方ないでしょう」


 どうでもよさそうにベレナングレンが口を挟んだ。宝石竜の角は昔から欲深い人間だけでなく魔族にだって狙われてきた。だから今、彼らは星明けの山脈で隠れるように暮らしているのだ。


「確かにドラゴンの角が同胞喰の糧とされていたら問題ですが」


 先の方が紫水晶のようになった黒曜石の角を見ながらベレナングレンは息を落とした。彼はそうでないことを願っていた。もしこの角が同胞喰の糧となっていたらと思うと最悪な気分になる。


「それに、休暇で帰った時に蘭の館の姐さんが花街で若い子がいなくなっているって話していたのも気になって……」

「花街ですか……それなりに管理されているはずですが、ああいう場所は目が届かない部分も多いですからね……」


 「誰か調べに行かせましょう」とベレナングレンは言った。


「それから、またロスソニエルのようなことが起きないように小蜘蛛をどうにかしなければ」

「蜘蛛の巣はパランティアが掃除させているらしいが」

「巣だけどうにかしても意味がないでしょう。それに小蜘蛛を探せば術者への手がかりも何かつかめるかもしれません」

「でもどうやって……? あんな小さい蜘蛛なのに」


 まさかシトロンの鼻を頼るつもりなのか? ミモザは心配になった。蜘蛛の臭いはミモザだってかなりうんざりしている。シトロンには耐えられないだろう。


「シトロンを使うなよ」


 同じことを思ったのか、ガーディアが口を出した。


「シトロンでは役に立たないでしょう」


 冷ややかな新緑色の瞳を真っ直ぐに向けられ、ガーディアの口から「は?」と気の抜けた声が漏れた。






 が、それが悪態に変わるのはすぐだった。


「別にあのミモザというドラゴンの娘に頼んでもいいんですよ」


 ずっと嗅いでいると吐き気がしてくる臭いに近づくという苦行を強いられたガーディアに、何でもないようにベレナングレンは言った。


 あの小蜘蛛は一見普通の蜘蛛と区別がつかない。虫が少ない時期とはいえ全くいないわけでもないし、かと言って普通の蜘蛛まで潰していたらキリがない。臭いでたどれるのならそうした方がいいと考え、その役目をガーディアに押し付けたのだ。


「キャロックに頼めばいいだろう……」

「頼めるものならどうぞ」


 嫌そうにガーディアはため息をはいた。もちろん彼の中にはミモザに手伝ってもらうという選択肢はない。


「文句を言っている暇があるなら早く見つけてください。今日中に全て見つけろとは言いませんから」


 涼しい顔をしているベレナングレンに噛みつきたい気分になる。彼はガーディアが顔をしかめるこの臭いを全く感じないのでどこ吹く風だ。もっともベレナングレンの性格的に、もし臭いを感じられたとしてもこの態度は変わらないかもしれない。


「あの娘に頼むのはどうせ嫌なんでしょう? あなたが一人でやるしかありませんよ」

「いちいち彼女のことを言うな」


 ぼそりとガーディアはつぶやいた。


「どうせ俺への嫌味のつもりなんだろう?」

「よくわかっているじゃありませんか」


 庭園を歩く二人の間を冷たい風が通り過ぎていった。胸にいら立ちが湧き起こり睨むようにベレナングレンを見たが、となりを歩くエルフの冷たい瞳は前を向いていてガーディアへと向けられることはなかった。


「あなたやキャロック様が感じる臭いがあの娘にもわかるというのは、彼女がドラゴンだから――というだけではないのでしょう?」


 不老不死の者であるキャロックが自分とガーディア、そしてミモザ()()わかると言っていたのを考えると、もし蘭の館のクヴィストが王宮にいたとしてもこの臭いに気づかない可能性は高い。

 ドラゴンが喰ったにせよ喰われたにせよ、逆に相手がドラゴン以外の種族だったのならこの不快な臭いはしなかっただろう。同胞喰に巻き込まれたのがドラゴンだからこの臭いをガーディアは感じるのだ。他のドラゴンではなくガーディアだからこそ……普段は感じない気配も、このキツイ臭いならばキャロックやミモザが気づいてもおかしくはない。


「アルティナ様が生まれた時点で異変は感じていましたが」




――なんてことをしてしまったんだ




 大昔にあの男に言われた言葉が脳裏を過り、ガーディアはつま先に視線を向けた。この季節のせいか乾燥した雑草が、さらさらという音も立てずに崩れて消えた。


「アルティナが生まれたことが異変と言うなら、それは俺にとって幸福な異変だったんだ」


 しかしアルティナを授かったことはたしかにガーディアにとって幸福なことだったが、それが意味することまでは意識したことがなかった。こうしてベレナングレンが口にしてはじめて、彼は何が起こっているのかを理解した。


「俺はただ――」


 いや、本当は気づいていたのかもしれない。


「ヴァラドール」


 となりに立つエルフが、ガーディアが望んで得たわけではない名を呼ぶのが聞こえた。


「……その名を呼ぶな、ベレナングレン」


 不快な臭いが鼻を刺し、ガーディアが伸ばした鋭い爪が草木の影を隠れるように進んでいた小さな蜘蛛を捕らえた。酷い臭いだ――ベレナングレンが魔力で作った結晶の中にそれを閉じ込めた後も、まだ臭いだけが残っている。


 しかし今、ガーディアの胸の奥によどむ不快感の原因がその臭いだけではないことを彼はわかっていたのだった。






***   ***






「なんてことをしてしまったんだ……」


 男の声に、彼が顔を上げることはなかった。


「なぜお前がここにいるんだ」


 唸るような声が男を威圧したが、男は少し眉をひそめただけでそれに臆することはない。


 狭い部屋の中はしんと静まり返り、はがれた壁紙や日に焼けた跡がその部屋の年月を感じさせた。同じくらい年季の入ったチェストや机、そして二人で眠るには窮屈なサイズのベッドがある。


 そのベッドに、今は一人が眠っている。


 かさついた白い髪、痩せた体、しわが刻まれた顔は穏やかさに包まれていたが、男には彼女が眠っているわけではないことがひと目見てわかった。

 彼はベッドの傍らに膝をつき、しわだらけの華奢な手をしっかりと握りしめて顔を伏せている。その頭には夜の最も深い闇の色をした角があるが、今日はその色が濁っているようにも見えた。


「自分がしたことがわかっているのか?」

「出て行け」


 より低い声で彼は言った。


「俺はただ、彼女の傍にいたいんだ――永遠に」


 泣いているようにも聞こえる声に、男はそっと瞳を伏せた。限りある命の人間に、それを望むことはできない。増してや彼には決して無理な話だ。彼だってそれはわかっているだろう――不老不死の身を持つことは、彼自身、嫌というほど自覚していた。




「せめて、俺の一部だけでもいいから……」






***   ***






「母上」


 ガーディアの部屋から使用人寮に戻る途中で、ロスソニエルの様子を見に“蛇の巣”へ行ったシトロンと出くわした。ほんの少しいら立ったような空気をまとっていたシトロンは、ミモザの顔を見るとその空気を霧散させた。


「寮に戻るところ?」

「うん」


 ロスソニエルと何か話したのだろうか? ロスソニエルは昔からシトロンに当たりが強かった。ミモザの前世である王妃がいる場所では大人しいが、王妃の目が届かない場所では彼を孤児だとバカにするようなこともあったと聞く。その状況に出くわしたのならシトロンの保護者として叱ることもできたのだろうが……。

 もっとも、今はもうシトロンもロスソニエルも大人だし、何か言われたとしてもシトロンが言い返さないとも思えなかった。それにシトロンがミモザを前世から引きつづき母と慕ってくれていても他の者からしたらミモザはただの使用人。二人に諍いが起きても口を挟むことはできない。


「俺が蛇の巣に行った後、陛下とベレナングレン様は何か話してた?」


 どうシトロンに声をかけようかミモザが少し迷っていると、シトロンが先に口を開いた。


「あの蜘蛛のことで……」

「ガーディアとベレナングレンさまも蜘蛛を探すって」

「二人で?」

「彼が臭いを察知できるからそれで……」


 あの酷い臭いと、心底嫌そうなガーディアを思い出すと何か力になれたらと思うが、ガーディアはミモザの手伝いを拒否しそうだ。


「そんなに臭うの?」


 シトロンは首を傾げた。魔獣族、しかも元が狼の彼の鼻は優秀だが、この臭いは別だ。


「俺にもわかったら手伝えたんだけど……」

「今回は臭いがわからなくてよかったと思うよ」


 ミモザは苦笑いした。


「キャロック様が母上にもわかるって言ってたけど、ドラゴンだけの臭いがあるの?」

「どうだろう……」


 キャロックの言い方だとそうではないように思う。ミモザは無意識に自分ののど元に触れた。ガーディアとキャロックだけならばその共通点はすぐにわかる。でも、そこに自分が入っているとその共通点は遠ざかってしまう。


 ガーディアはミモザの今までの前世の中で、ミモザがどんな姿でも、どこにいても必ず見つけてくれた。このザルガンドから遠く離れた国であっても――彼はきっと、この魂がどこにあるのかわかっていたのだろう。


「母上?」

「ううん、何でもない――ドラゴンだからなのかはわからないけど、わたしたちにだけしかわからないのは確かだし……とにかく酷い臭いだから、臭いがわからなくてもガーディアのこと、手伝ってあげてね。すごく嫌そうだったし」

「もちろん」


 しっかりとうなずいたシトロンに、ミモザは母の瞳で微笑んだのだった。




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