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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第二章 妃選び
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53.ミモザの過去Ⅲ




 母は最期まで自分たちは屋敷に押し入った賊に攫われてああなったのだと信じていたように思う。もしかしたらそう思い込もうとしていただけかもしれないが――でもミモザはそれが真実ではないことをとっくに知っていた。






 古いフードを目深にかぶり、目立つ色の髪を隠せば角が折れたままのミモザは人間の浮浪児に見られた。ベライドは近隣の国に比べても貧富の差が大きいのか浮浪児も多くいる。一人くらい増えたところで疑問に思う人間はいない。


 故郷の村を目指すとは言ったものの、ミモザはベライドの地理には明るくなく、自分が現在どの辺りにいて、ここからアルディモアまでどう行けばいいのかその方角すら定かではなかった。ベライドでミモザが知っている場所はラングドール・バラガンの屋敷とあの男と母が結婚した教会くらいだ。


 行先のはっきりした乗合馬車の――ミモザの身なりや財布の中身では馬車に乗ることは難しかったので――後をつけ、随分と遠回りをしながらもなんとか見覚えのある教会にたどり着いた。

 記憶にあるのと変わらない姿のその場所には、一日の仕事を無事に終えた近隣の人々が感謝の祈りをささげる姿がまばらにあった。ミモザはひっそりと扉をくぐり、礼拝堂のできる限り目立たない席にじっと座っていた。

 やがて夜の暗闇が辺りを支配し、年老いた神父がろうそくの火を灯しに来た時、ミモザは静かに立ち上がり老神父の前に姿を現した。もう教会の中に礼拝に訪れた住民はいない。ここで働く人はこの老神父だけではなかったが、彼らも教会の奥にいるのかこの場にはいなかった。


 ミモザの身なりを見て彼女が浮浪児だと思ったのだろう。ミモザがアルディモアに行きたいこと、しかし道がわからないので地図を恵んでほしいことを告げると、快く了承してくれた。老神父が持ってきてくれた地図は少し古く、彼も多少土地の名前が変わっているところがあるがと申し訳なさそうに言った上で、大まかな道はわかっていないからとアルディモアまでの安全な道のりと、少しの路銀を恵んでくれた。


 「ありがとうございます」とお礼を言ったミモザを、老神父は何かを考えるようにじっと見つめた。


「……もしかして、あなたは魔族ですか?」

「えっ?」


 警戒心を抱きながら老神父を見上げたが、さすがに彼の瞳にはこの国の人々によく見られる魔族を蔑むような色は浮かんでいなかった。


「この教会に訪れたことがありませんか? バラガン伯爵と――」


 バラガン伯爵? ミモザは眉をひそめた。


「ラングドール・バラガン様です。少し前に兄君が亡くなって伯爵位を継がれたのです」


 老神父はつづけた。


「やはり訪れたことがありますよね? あなたは……あなたは、バラガン伯爵のご養女では? 伯爵から聞きました。あの日、ここで成婚なされた魔族の女性と養女とした女性の娘さんが、誘拐されて行方がわからなくなったと……」


 老神父の声は震えていた。ラングドール・バラガンは妻と娘を捜していた。しかし見つからず悲しみにくれ、幼馴染の女性がそれを慰め伯爵位を継いだ際に再婚をしたが、きっとミモザが見つかったのがわかれば喜ぶだろうと話す神父が、純粋にミモザの無事を確認できたことを喜んでいるのがわかった。


 でも老神父は知らない。


 ミモザは知っていた。そのラングドール・バラガンが、ミモザと母をあの娼館へと連れて行ったのだと。あの店の店主は、ラングドール・バラガンだった。ミモザははっきりとその姿を店で見たことがあったのだ。


 きっとあの男は最初からそのつもりだったのだろう――ミモザは老神父に真実を伏せたまま、自分はアルディモアにどうしても行きたい。伯爵には自分が生きていたことは黙っていて欲しいとお願いしたが、老神父は渋い顔をした。

 彼からしてみるとミモザはまだ十歳ほどの子どもで、血の繋がりはなくても戸籍上は親であるラングドール・バラガンの庇護を受けるべきだと考えた。ラングドール・バラガンの再婚を機にミモザとミモザの母は死亡扱いになっていたが、こうしてミモザが生きていると知られた以上は彼女は確かにラングドールの養女なのだ。ミモザがどんなにそれを認めたくはなくとも。


 老神父はすぐにバラガン伯爵家に遣いを出すと言い、アルディモアに行くのも伯爵に連れて行ってもらえばいいと言って譲らなかった。ミモザは仕方なく老神父の意識を失わせた。造作もないことだった。申し訳なさはあったが、あの男に見つかるわけにはいかない。


 もらうはずだった路銀はおわびに返し、少し古いという地図だけ持ってミモザは足早に教会を後にしたのだった。






 老神父はあの男にミモザが教会を訪れたことを伝えたのだろうか? 不安を覚えながらもなんとかミモザは生まれた村にたどり着くことができた。


 村は少しも変わっていない――父の墓も、ちゃんと管理されていたようだった。その父の墓にぴったりと寄り添うように穴を開け、母の遺灰が入った箱をそっと入れる。季節は変わり、墓の周囲には可愛らしい野花が咲いていた。箱の上に土をかぶせていると、ぽつりぽつりと水滴がミモザがかぶせた土の上に黒く小さな染みを作った。


 墓石の、父の名前が書かれているすぐ下に、ミモザは爪で母の名前を書いた。その間もずっと、地面にはぽたぽたと染みができつづけている。それを止めることは、ミモザにはできなかった。




 これから、どうしたらいいのだろう――?




「ミモザ?」


 不意に背後から声をかけられ、ミモザはハッとして振り返った。見覚えのある――しかし記憶より成長した顔が驚いたようにミモザを見つめていた。


「やっぱり! ミモザだ!!」

「ジョアン……」


 古い布きれがかかった、水の入ったバケツを手にそこに立っていたのはかつて川の氾濫で父が命懸けで助けた子ども、ジョアンだった。


「なんでここに……おばさんの再婚で、ベライドに行ったんじゃ? それにその格好……」


 駆け寄ってきたジョアンはミモザの汚れた頬にくっきりと涙の跡があるのを見つけ慌てたようにポケットからハンカチを取り出してくれたが、ミモザは汚れるからと言ってその気持ちだけ受け取った。


「おばさんは……?」

「死んだの」

「えっ……?」

「お母さん、だまされていたの。あの男に」

「あの男って、おばさんと再婚した商人?」

「うん」


 困惑したジョアンから視線をそらし、ミモザはうつむいた。


「……と、とりあえず、家に来いよ。ミモザが暮らしていた家はもう別の人が住んでるんだ。腹減ってるだろ? 風呂も入った方が――」

「ううん、行かない――わたしがここに来たことは、誰にも言わないで」

「な、なんで!?」

「あいつが追ってくるかもしれない。逃げて来たから。この村のみんなには迷惑をかけたくないから」

「だけど、これからどうするつもりなんだよ?」

「それは……」

「ザルガンドは? あの国は魔族の国で、人間は許可がないとは入れないって聞いことがある。もし追手がきたら――」


 ミモザはそっと首を振った。ザルガンドに行けば、彼が現われる気がした。


「じゃ、じゃあ、聖女の街は? あそこなら人も多いから、隠れて暮らすのにいいんじゃないか?」

「聖女の街……」

「ごめん、本当は、どこかアテがあればいいんだけど……父さんや母さんに聞けばあるかもしれないけど、俺じゃそんなもんないし、無責任だよな」

「ジョアン……ありがとう」


 ジョアンの心の中で、ミモザに対する恋心に似た感情と、ミモザの父に対する申し訳なさのようなものが絡みあっているのだろうとミモザは思った。あの時幼かったジョアンはミモザの父のことをあまり覚えていないようだったが、それでも父に心から感謝してくれていたし、父を亡くしたミモザのことを兄のように気にかけてくれていた。


 今だって、そうだ。


「お墓のこと、お願いしてもいい?」

「ミモザ……」

「ジョアンなら、安心して任せられるから……お父さんたちと暮らしたこの場所のこと、大切だし、いつかは帰ってきたいけど、どうなるかわからないから」

「任せとけよ。俺、今だっておじさんのお墓の掃除しに来たんだぜ?」


 ミモザは微笑んだ。汚れた頬は強ばっていて、うまく表情は作れなかったけれど。


「ジョアン、心配してくれてありがとう」


 穏やかに、どこか安心したように、ミモザはそう言った。






 きっと人間の目にはもう見えない距離のはずなのに、ジョアンは旅立つミモザにいつまでも手を振っていた。この村で両親と過ごした日々は今はもう遠くに行ってしまって、もう二度と戻っては来ない。ミモザが前世のことを気にせずに、ただのドラゴンの子どもとして過ごせた日々は――。

 父が死んで、母と二人になったミモザは前世もまた自分自身として受け入れなければならなかった。ただの子どもでは、あの母と二人で生きていくことはできなかっただろう。前世の記憶を疎ましく思っているわけではなく、あの日々もミモザの大切な一部ではある。

 まだ生まれてからそれほどたっていないただの若いドラゴンとしての自分も父の死とともに失われたのだと思うと、ミモザは心のどこか奥の方がすとんとなくなってしまったように感じられた。


 いつかこの村に帰る日が来るのだろうか? その時の自分は、どんな自分になっているのだろう? 前世も含めた自分自身を、もっと受け入れているのだろうか?


 風がミモザがかぶっていた汚れたフードを外し、やわらかな癖のある髪を遊んでいった。無意識にその髪を抑えたミモザの指先が、折れた角に触れる。この角も、しばらくは伸ばすことはできないだろう。上着のポケットに押し込んでいた、母の形見のスカーフを頭に巻いて角を隠すと、ミモザは再び目深にフードをかぶり直した。


 先のことは、全くわからなかった。




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