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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第二章 妃選び
51/68

50.消えた魔族




 王都が揺れるような衝撃にアンナベルは思わず窓辺に駆け寄って外を見上げた。まだ昼を過ぎた頃だったはずなのに、カーテンを開けた空は夜の深い闇に支配されている。「これは……」とベッドに寝ていた母が体を起こしてつぶやいたのに振り返りどうしたのかとたずねようとしたアンナベルの声は、部屋に響いた慌てた様子のノックの音によって遮られた。

 様子を見てくるから休んでいるように母に言ってアンナベルは寝室を出ると二間つづきの手前の部屋に足を向け、「どなたですか?」とやや緊張気味に扉の向こうの来客へと声をかけた。


 来客は、意外にもマリエルだった。


 侍女を一人連れていて、よほど慌てたのか髪に乱れが見えた。よく好奇心に煌かせている緑色の瞳は今は不安げな色をたたえている。


「突然ごめんなさい。大きな音がして、それで――」


 動揺しているマリエルなだめながらを部屋に招き入れ「お一人ですか? ご両親は?」とたずねると、彼女はこくりとうなずいた。


「両親はドゥーイ卿のお店に行っていますわ。何やら商談があるそうで……アンナベルさまはお一人ですか? 昨晩は、お母さまとご一緒でしたでしょう?」

「ええ、今は奥で休んでいます。少し体調を崩してまして……」

「大丈夫なのですか?」

「気にしないでください。疲れているだけだと言っていましたし……」


 アンナベルの母は昨晩はこの部屋に泊まったのだが、元々体が丈夫ではないのもあってか今朝はひどくだるそうで、アンナベルがベッドで休んでいるように言ったのだ。

 マリエルの動揺を見てアンナベルは少し冷静さを取り戻した。この現象について聞いたことがあったのも大きかった。お茶の準備はマリエルよりも落ち着いた様子の――それでも顔色は悪かったが――彼女の侍女が請け負ってくれたのでアンナベルはマリエルととなりあって座り、侍女が淹れてくれた温かいハーブティーが二人の目の前に並ぶ頃には奥の寝室からアンナベルの母が外が明るくなったことを知らせてくれた。


「一体、何だったのでしょう?」


 マリエルは不安そうにたずねた。



「お恥ずかしいのですが、今朝は少し寝坊をして……昨日は両親の相手をしなければならなかったのでとても疲れていて、朝食を食べた後もずっと部屋でうとうとしていたのです。それで、突然大きな音がして驚いて目を覚ましたら部屋が真っ暗で……侍女たちもわたしも不安で……あの、今はお昼であっていますか?」

「ええ、今はまだお昼ごろです」


 アンナベルはそう言って立ち上がるとキャビネットの上に置かれた置時計を持ってきた。


「これはザルガンドの伝統的な時計です」

「わたしの部屋にもありましたわ。時計のようだとは思っていたけれどトロストの物とは随分と形が違っていて見方がわからなかったのです」

「人間の国の時計を見たことがありますが、人間の国はとても細かく時間をわけていますものね」

「ザルガンドは違うのですか?」

「ええ、何というかもっと――大雑把なんです」


 マリエルがよく知っている人間の国の時計は基本的に一から十二までの数字が書かれ、三本の針がぐるぐると回っているものだ。しかしこのザルガンドの時計は人間の国の時計の十二にあたる部分に小窓がついていて、今はそこに太陽が描かれていた。針は一本しかなく、ちょうど小窓の反対側――人間の時計なら、六あたりを指していた。


「日の出から日没まではここに太陽が、日没から日の出までは月が現われます。針はそれぞれの時で一周するのですが日中ならお昼時、夜なら真夜中頃にこの一番下のところを指すんです」

「トロストの時計とは本当に違うのですね」


 マリエルは感心したように言った。彼女の興味がありそうなものに話題を移したことで落ち着いたようだった。


「でも今がお昼頃ならどうしてこんな突然真っ暗になってしまったのでしょう? それにあの大きな音は……?」

「爆発音のことはわかりませんが……この暗さはもしかしたら陛下のせいかもしれません」


 アンナベルは表情を曇らせた。


「わたしもはじめて経験しましたが、ザルガンドでは時々あることなんです。王妃さまが亡くなった時もこんな風に国は夜になってしまったと聞いたことがあります」


 時計の形がこれになったのも、外が暗くなっても室内の明るさがある程度は保たれていたのもこの突然訪れる夜のために対策がとられているからだった。その夜は、ガーディアが大きな怒りや悲しみに襲われると訪れるとアンナベルは聞いたことがあった。


 まさか、ミモザの身に何か起こったのだろうか……?


 昨晩の騒ぎを思い出し嫌な予感を覚えながらアンナベルはミモザに会いに行こうと思った。






***






「これっぽっちの傷で大騒ぎするんじゃないよ」


 ガーディアに呼び出された“蛇の巣”と呼ばれる医療棟の長、ペルルカランは悪態をつきながらも手早くミモザの傷の手当てをし、意味深にミモザをじろりと観察した後、「忙しい忙しい」と愚痴りながら“蛇の巣”へと帰っていた。


 星宮(せいぐう)の――ガーディアの私室に残されたのはミモザとガーディア、不機嫌さをはっきりと顔ににじませたベレナングレン。そしてその間に満たされた気まずい空気だけだった。


 美しい森のエルフであるベレナングレンはこの国の宰相だ。シトロンの話ではガーディアの喪中が長いと怒って旅に出ていたらしいがどうやら戻ってきたらしい。ザルガンドの国王はガーディアだったがベレナングレンは実質国を動かしていると言っても過言ではない存在で、彼の気性のせいもあってか多くの者から恐れられていた。


 シトロンもその一人だ。この国で暮らすようになってから彼は様々なことを学んだが、彼の教師の一人がベレナングレンだった。シトロンは彼から仕事を教わり、今の秘書官の地位についたのだという――ミモザがガーディアの妃として生きていた時、シトロンはただの従者だった。もっとも、仕事はほとんどなかったが。


 あの場に現われたベレナングレンは何の感情も無くシトロンにラングドールを連れてついてくるように告げ、彼と共にどこかへ行ってしまった。その直後にミモザはガーディアに抱えられてこうして彼の部屋に来たのだが、その間にベレナングレンは妃選びのこと、夜会のこと、シトロンから昨晩のシシー・バラガンの言動と先ほどのラングドールの暴挙につきて聞き、ラングドールが国王を害そうとしたという理由で客として滞在してるベライドの王太子――厳密にいえばその護衛である騎士団長のフェルナンド・メラスに押し付けるよう命じた。

 当然のようにラングドールは今後一切の入国を禁じ、ついでとばかりに王太子一行の帰国を促した――と言ってもそれを通告する役目はシトロンに押し付けたようなので、ミモザはシトロンへの同情を禁じえなかった。


 それからベレナングレンは“蛇の巣”からペルルカランを連れてこうして当然のように星宮のガーディアの私室へとやって来たのだが、ミモザが治療を受けている間もずっと黙ったままガーディアを睨むように見つめていた。


「随分早く王都に着いたんだな」


 目の前の男の不機嫌さを物ともせずガーディアはそう言った。ミモザはすぐにその場を離れたかったが、ガーディアの腕がしっかりとミモザを抱き寄せていてそれは叶わなかった。


「暗闇の森を抜けたばかりだと聞いていたが」

「おかげさまで。あなたが王都の結界に穴を開けてくれたので転移の魔法が使えたのですよガーディア」

「礼ならいらない」

「嫌味もわからないほど頭が悪くなったんですか?」


 蔑むような視線と声にミモザは頭を抱えたくなった。ガーディアが全く気にしていないせいで部屋の空気はますます悪くなるようだった。それを多少誤魔化したのは控えめなノックの音で、ガーディアが入室を許可するとかわいそうなシトロンが遠慮がちに部屋に入ってきた。


「あの、言われたとおりに伝えてきました」

「それで?」

「出立が夜になってしまうとごねられましたが、こちらも協力することで納得させました」

「具体的には?」

「王都を出たら暗闇の森の出口まで転移を……軍部へ協力を依頼してあります」

「……まあ、よしとしましょう」


 ベレナングレンの視線から逃れてシトロンはあからさまにほっとしていた。


「そうシトロンをいじめるな、ベレナングレン」

「私はむしろあなたの方にいら立ちを覚えているのですが?」


 ベレナングレンがイライラする理由と言えば一つしか思い浮かばない。


「妃選びとは一体どういうことです?」

「はじめたのはドゥーイだ」

「あなたの許可なく?」


 そんなわけがないとベレナングレンはなぜ許可したのかをガーディアに問いつめた。


「何か動きがあるんじゃないかと思っただけだ」

「動き?」


 反応したのはシトロンだった。


「陛下が妃選びを許したのは、やっぱり何か理由があるからなの?」

「シトロン」

「しゃべり方くらいいいだろう。俺の私室だ。シトロンだって公の場ではわきまえてる」

「……わかりました。それで、シトロンにあの話は?」

「してない」

「あの話?」

「近隣の人間の国で、魔族の行方不明者が多く出ている話だ」

「行方不明者……?」


 シトロンが戸惑うのも当然だった。実際、人間の国で暮らす魔族が行方不明になることは今までも全くないわけではなかったからだ。彼らが人間の国で暮らしている理由は様々だったが、アルディモアを除けば――と言ってもアルディモアが友好的と断言できる状態になったのもこの百二十年ほどのことだ――魔族に友好的な土地は少なく、基本的にはひっそりと隠れて暮らしていることが多い。

 ザルガンドの国民ではないのでガーディアやベレナングレンが彼らに手を貸すことはなかったが、どういうところに住んでいるかは把握していた。彼らの中から不運にも人間に見つかり事件や事故に巻き込まれてその死を隠蔽され行方不明扱いになったり、どこかに売り飛ばされたりしてもザルガンドが助けることはない。助けがいるならば移住すればいいのだから。それは国の中枢区で働いている者には共通の認識で、だからこそシトロンはどうして突然二人が行方不明者のことを問題にするのかがわからなかった。


「数が多すぎる」


 その問題を、端的にガーディアが告げた。


「アルディモアやザルガンド国内の行方不明者も増えていては、さすがに何もしないわけにはいきません」


 ベレナングレンが手を振るとミモザの目の前のローテーブルに書類の束が現われた。ガーディアが手に取ったそれを横からのぞきこむと、そこには行方不明者の情報が載っていた。彼らが最後にいたとされる場所も――


「特にベライドでの行方不明者が多い。あそこは昔から我々に対する偏見が強いですから。今は取り繕うのがうまくなったとはいえ、差別意識はそうなくならないものです」


 ベレナングレンの旅の目的地はベライドだった。行方不明者のことを調べるためにわざわざ彼が動いていたのだ。


「それじゃあ、陛下の喪中が長すぎて腹が立ったというのは――」

「それは本当です。アルティナ様を喪って悲しむのは結構ですが五年も十年も引きこもるのにはつき合ってられませんから」

「そ、そうですか……」

「どれも小さなつながりだが……ドゥーイの商売に関わりがある場所が多すぎるな」


 シトロンとベレナングレンのやり取りを聞いていないのかガーディアがそう言った。


「だがそんなことより先に片づけなければいけないことがある」

「そうですね。まずは結界です」

「は?」

「あなたが壊した結界ですよ。最悪です」


 これ以上にないくらい憎々し気にベレナングレンは言った。


「それからくだらない妃選びのことも」

「妃選びは別にいいだろう? まあ、俺もそんなに期待していたわけじゃないが出入りがあると情報も動く。それに、ここ最近は第二区の花街で目立つ動きもあった――犯人は軍部が捕まえたが、まあ情報はあまりないが妃選びで起きた出入りが関係していそうだ。片づけるにしても利用するだけしてからにしたらいい」

「わかりました――ただ、選ぶ相手がいつも同じなら別の形で人間を招けばよかった気もしますが」


 ベレナングレンの視線がはじめてしっかりとミモザに向けられた。しかし彼は何も言わずに「結界を見てきます」と言ってガーディアの私室を出て行ってしまった。


 緊張感が薄れ、ミモザとシトロンは同時に息を吐いた。ベレナングレンのあのピリピリとした空気の前でもガーディアだけが変わらない。つき合いの長さのせいなのか、ガーディアの方が魔族としての力が上だからなのかはわからないが。


 シトロンが疲れたように一人用の肘掛け椅子に身を沈めるのを横目で見ながらミモザはテーブルに残されていた書類を一枚手に取った。


「気になることでもあるのか?」

「この場所……」

「知ってるのか?」


 書かれているのはベライドのとある街の名前だ。


「……ここに、ラングドール・バラガンの店があるの」


 あのエルフの宰相とは違う威圧感がガーディアから発せられた。


「あの男と一体何があった? 一体どういう関係だ?」

「ラングドール・バラガンは……」


 書類を置いて空っぽになった手を、ミモザはぐっと握りしめた。


「わたしの、父、です」




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