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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第二章 妃選び
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46.その夜の終わりに




「何かあったの?」


 借りている部屋でスティナと共に待機していたティンクが、まだ夜会が終わる時間には随分と早いというのに戻ってきたミモザにそうたずねた。彼女を送ってきたのがこのザルガンドの国王だと気づいた時には心底驚いてまだ動揺が抜けきらないままだ。




 妃選びに合わせて雇われたミモザやティンクたちが王宮で働くようになってから今まで、妃候補であるミモザを除いてこの国の国王であるガーディアに会ったことがある者は一人もいなかった。先輩たちの話を聞くと、アルディモアから嫁いできた王妃が亡くなった後に雇われた者はほとんどそうらしい。

 とはいえ、ティンクは国王や宰相のように見目麗しい魔族をひと目拝めたら……と願っている一部の使用人と違って純粋に実家へ少しでも多くの仕送りをするためにここで働いているので、国王の姿を見られないことに今まで一度だってがっかりするようなことはなかったが。


 国王がどんな性格なのか知らなかったが、一瞬垣間見えたミモザを見つめる視線はどこまでも愛しげで、彼が心からミモザを愛していることがティンクにもよくわかった。国王はミモザを心配していたが、当のミモザにしかられてすごすごと戻っていった。






 ミモザはガーディアがいなくなるとその表情にどこか影を落とした。それでもティンクの問いには首を横に振って「大丈夫」と答え、着替えるのを手伝って欲しいとだけ告げた。


「何かあったんでしょう?」


 しっかりとした生地の衣装は着るのも脱ぐのも大変だ。ティンクがもう一度たずねるとミモザは困ったように笑って、やはり何も答えなかった。


「スティナさん、この衣装なんですけど飲み物をこぼしてしまって……とりあえず乾かしはしたんですけど」

「染みはないみたいですが」

「色が薄い飲み物だったからだと思います」

「わかりました。洗濯係に伝えておきます」


 他の候補者は第三区にある店を使うのだろうが、ミモザは洗濯係が衣装のクリーニングをしてくれることになっていた。洗濯係の使用人たちは快く仕事を引き受けてくれたのでありがたかった。もちろん代金は給料から引いてもらうことになっている。


「わたしは先に戻りますが、二人とも早めに寮に戻って休みなさいね」


 ミモザが脱いだ衣装を回収し、スティナはひと足先に部屋を後にした。残されたミモザとティンクはまたしばらく「何かあったんでしょう?」「大丈夫」の問答をくり返したが、ミモザが頑ななことにティンクが折れ、軽く部屋を片づけてから使用人寮へと帰ることにした。






 帰ったばかりの寮はさすがにまだにぎやかで、特に夜会が終わるまではずっとせわしない空気が流れていた。それでも明日の朝が早い者から順番に部屋の灯りを消していく。


 寮に戻って風呂に入り、ティンクに手伝ってもらっていつもの茶会よりもしっかりと化粧をした肌を中心にあちこち手入れをして、ミモザは食堂でもらった軽食を手に部屋へと戻っていた。少し開けた窓からはここから離れた場所にある大広間の喧騒は届かない。夜風が少しだけカーテンを押し、ミモザの頬をひやりとさせていた。


「バラガン伯爵か……」


 窓際に椅子を置き、ベッドサイドの机に軽食――とろけたチーズのおいしそうなホットサンドだ――の皿を乗せ、ミモザは窓枠によりかかるようにしながら夜空を眺めた。ぼんやりとホットサンドにかぶりつきながら、夜会で会った男の顔を思い出していた。


 おそらく四十代だろうが年齢の割に若々しく、一見やさしげな整った顔立ちをしていた。シシーの髪や瞳の色は父親に似たのだろうか?

 何となく伸ばした手が頭の角に触れた。綺麗に生えた角もまたミモザの肌のように冷たくなっていた。宝石竜はみんな瞳の色と同じ色の宝石のような角を持っている。ミモザの両親もそうだった。もっとも、ミモザは両親以外の宝石竜と出会ったことがなかったので両親から聞いた話だ。


 父親が生きていた頃に少しだけ話してくれた。宝石竜は基本的に宝石竜だけで隠れて暮らしているらしい。ミモザは物心ついた頃にはアルディモアにいたが、どうして両親がそこで暮らしていたのかは結局わからないままだった。


 窓を開けているとホットサンドはあっという間に冷めてしまう。夜会はどうなったのだろうか? バラガン伯爵とシシーはあの後どうしたのだろう? 夜会でシシーの発言を聞いた魔獣族はかなり怒っていたから、穏便にすまないかもしれない。シトロンの性格を考えればうまくことを運んでくれそうだが、彼も魔獣族なのでかえって不快な思いをしていまうかも……そうなったら、申し訳なかった。

 明日にでもシトロンの様子を見に行こう。まだ人間の国の客人たちがいるので忙しいかもしれないが、朝早くならきっと大丈夫だ――バラガン伯爵にも顔を合わせないようにしたかった。


 窓枠に顔を伏せて、ミモザは大きくため息をついた。ガーディアはちゃんと夜会に戻ったのだろうか? 戻れと言ったのはミモザだけれど、心のどこかでガーディアに会いたいという気持ちが泣きそうな声でそれを訴えていた。






***






 暗い夜空を微かに彩っていた星々は闇の中に飲み込まれるようにいつの間にかその姿を消していた。


 いつの間にか眠っていたらしい――ミモザは肌寒さを感じて目を覚ました。夜が更けるにつれ風が強まったからか、眠ってしまう前よりも窓が少し開いていた。ベッドサイドの机に上にある置時計を見れば日付はもう変わっており、使用人寮は静まり返っている。


 眠気を振り払うようにミモザは何度か瞬きをした。金色のまつ毛が震えるたびに夜の闇が深くなっていく気がする。ミモザは困ったように眉を下げた。しかしその口元はやわらいでいた。


「ミモザ」


 のどの奥を震わせるような響きを持った低い声が静かにミモザの名前を呼んだ。彼は夜そのものだ。星さえ瞬くのをやめてしまうほどに。


「……ガーディア」


 ミモザもそっとその名前を口にした。ガラスの鈴を転がすような音が冷たい空気に混じって聞こえてくる。開きかけていた窓を全開にし、ミモザは夜空に浮かぶ月のような金色を見つめた。


「こんなところで寝ていたら風邪を引くぞ」

「そうね……気をつける」

「疲れたのか?」


 そうかもしれない。夜会そのものも、着慣れない衣装も、それにバラガン親子のことも、思い出すと体が重くなるようだった。しかしそう口に出すこともできず、ミモザはあいまいに笑った。


「あの後、夜会はどうだった? 魔獣族の方々のことは?」

「あの娘は随分な口のきき方をしたらしいな。シトロンと話してできるだけ穏便に済ますことにはしたが」


 ガーディアは苦々しく言った。


「あの娘はしばらく客室で謹慎してもらう」

「ベライドに帰国させないの?」

「あれの両親は明後日の――いや、もう明日だな……明日の昼までには帰国するように命じているが、あの娘は残す。ドゥーイがわざわざ呼んだ娘だからな……」


 ミモザはガーディアを見上げた。わかりづらいが、その顔は少し険しい。この妃選びのこともだが、何かあるのだろう。ミモザの視線に気づいたのか、ガーディアは「もしミモザが気にするのなら……」とうかがうようにつづけた。


「あの娘も帰国させるが」

「わたしは大丈夫。シトロンや魔獣族の方々のこと、あんな風に言われたことに怒りは感じてるけど……」

「だが、あの娘の父親のことを気にしていただろう?」

「それは……知り合いに、」

「そういうのはいらない」


 ガーディアは静かに言った。


「俺に話してくれないか?」


 ゆっくりと首を横に振ると、ミモザは腕を伸ばし、そっとガーディアの鼻先に触れた。




 夜の闇の一番美しいところを固めたような色の鱗に、彼だけが持つ白銀の角がよく映える。




 きっとドラゴンなら誰しもが彼を美しいと思うだろう。冷たい鱗の感触を確かめるようにそっと撫でると、ガーディアは目を細めた。


「でも、」


 ガーディアに話せることは何もなかった。しかし伝えたいことはある。


「こうして会いに来てくれて、うれしかった」


 先ほど聞こえたガラスの鈴の音よりも少しか細い音が自然と自分ののどから漏れてミモザは頬を赤らめた。ドラゴンが誰かに甘える時や恋人や伴侶といる時、求愛する時に出る音で、ガーディアもそれに気がついてうれしそうに添えられていたミモザの手にすり寄った。


「もし何かあったらいつでも言って欲しい。いつでも君の力になりたい」


 きっとバラガンはただの知り合いではないのだろうと、ガーディアは気づいていた。


「……名前を呼んでくれないか? ミモザ」


 無理に聞き出すことはできないだろう。ミモザが話そうとしない理由を、本当は知りたかった。


「ガーディア」


 やわらかく告げられた名前に、ガーディアはのどを鳴らした。澄んだ音が夜に溶け込む。「ミモザ」と彼女の名前を呼ぶと、さっきよりもはっきりとミモザののどから同じ音が聞こえてきて、ガーディアの中に響いたのだった。




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