41.招待客(1)
王宮の調理場にはいつもより明らかに多い荷物が運び込まれていた。夜会の日が直前に迫り、人間の国からの招待客がザルガンドに到着し、王宮に滞在していたからだ。
ミモザは玉ねぎがぎっちりつまった袋を持ち上げた。その手はすっかり手荒れも消え、今は防御魔法がかけられていた。その一方で顔はすっかり疲れ切っている。夜会の日が近づくにつれて使用人としても妃候補としても忙しさに拍車がかかり、目が回るような日々を送っていたからだ。
調理場は夜会でのメニューはもちろん招待客が滞在している間のメニューも考えその試食や仕入れを行い、妃候補としては主に衣装づくりに悩まされた。
衣装は蘭の館のファレーナや姐さんたち、妃候補になった時にアンナベルやティンクと買い物に行った店の女主人などに相談しドラゴンらしいデザインのドレスを仕立てることにした。それに合わせて種族に似合う化粧も改めて勉強し、ティンクやスティナが何度も練習を重ねてくれたので本番はきっと二人が見栄えよくしてくれるだろう。
夜の使用人寮の食堂はあちこちでため息がこぼれている。忙しいのはどの部署も同じようだった。同期で固まり、食後のお茶を飲みながらミモザはアリーサに爪の手入れをしてもらっていた。おしゃれに詳しいアリーサはイヤリングの件のお礼だと言って夜会に向けてミモザの爪や髪のメンテナンスに力を貸してくれていた。
「どのくらいの人間が来てるんだ?」
お茶請けに用意したロッククッキーを頬張りながら同期の一人、エドメがたずねた。ミモザの同期はティンクも含めて七人いるが、男は厩舎を含めた動物の世話をする部署にいる彼と大工仕事などをする部署にいるリーバーの二人だけだ。
「妃候補の親族は一通り来るって聞いたけど」
正直他はよく知らない。
「アルディモアからも誰か来るんじゃない? 妃候補にはいないけど、一応同盟国なわけだし」
そう答えたのは鹿の魔獣族のノンナだ。
「調理場の荷物の量を考えると他にもいそうだけど……」
「でも夜会自体には王都以外の場所で暮らす種族も来るんでしょう? 夜会のお料理とかは、その分種類も量も多いんじゃないかしら?」
「あとは招待客にも従者とか護衛とかいるだろうから、その人たちの食事もあるだろうし」
「そっか、たしかに」
「でもいい迷惑だよな」
ため息をつきながらリーバーは言った。
「人間の王女が言い出したんだろ? 夜会なんて……意味あるのか?」
誰もが微妙な表情をした。言い出したローズはどうやら着飾った姿をガーディアに見せたいらしいとミモザはもう知っていた。しかしその理由を知ってからの方が夜会に対して微妙な感情になっている。ローズは自分の美しさに自信があるようだし、確かにローズは種族に関係なく美しいと思うが、それを好むかはまた別問題だ。
「そもそも妃選びって、いつお妃さまを決定するの?」
「さあ……」
一斉に視線を向けられても、この妃選びをどう決着つけるのかミモザもよく知らない。ガーディアが誰かを選ぶとも思えなかったが。
***
このザルガンドに来てから、マリエルは今までにないくらい自由に過ごしてきた。もちろんマナーはきちんと守ったし、どちらかと言えば控え目な、節度ある態度を心がけていたが。
母国であるトロストから連れてきた侍女や護衛は気心のしれた、もっと具体的に言えばマリエルと同じくマリエルの両親にうんざりしている者たちばかりでマリエルの趣味や興味を尊重してくれた。ザルガンドでつけられた護衛や身の回りのことを手伝ってくれる使用人たちはマリエルが図書館にこもるくらい特に問題だとは思わない。
そういうわけで、マリエルは妃候補として最低限、お茶会や晩餐会――ただし国王は滅多に顔を出さない――に参加する以外は基本的に図書館にこもり日々を過ごしていたのだった。
しかしこれから数日間はそうもいかないだろう。
マリエルは貴族令嬢らしく微笑みをはりつけてザルガンドにやって来た両親を出迎えた。夜会に参加するためにやって来たのだ。正直、ローズの提案で夜会をすることになったのを聞いた時はなんでそんな余計なことをするのだとマリエルは文句を言った。心の中でだったが。
マリエルはトロストの公爵家の生まれだが、そもそも母国のトロストは商業的に栄えてはいるもののアルディモアやベライドなどに比べれば小さな国。王女と公爵令嬢という身分の差以上の差がローズとの間にはある。その文句を口に出したら生きてはいけないだろう。
マリエルが過ごしている客室を訪れ、両親は物色するように部屋中を見渡した後ザルガンドでの生活について――ではなく、商売のネタになりそうなものはないかをたずねてきた。公爵家ではあるが商会を持っていて、ドゥーイ卿とその商会が取引をしており、その縁あってマリエルは妃候補に強引にねじ込まれたのだ。
たしかに両親の言うとおり、このザルガンドにはトロストやその周囲の人間の国々では見られない物が多くある。商人としては魅力的だろう。マリエルの興味はそこにはないので両親への返事は当たり障りのないものになった――それに、ザルガンドの軍人がいるからかこれから商売をはじめようと意気込んでいる風に父である公爵は話しているが、実際は裏で密輸を行っていることを彼女は知っていた。実際に、ザルガンドの護衛や使用人がいないところではザルガンドから輸入した商品が売れているなんて二人でこそこそと話し合っている。なんて白々しいのだろうとしか思えない。
微笑みの裏でため息を落とし、マリエルは肝心のザルガンドの国王と会話どころか顔を合わせたのも片手で数えるほどであるといつ伝えようか考えていた。
***
「では、ザルガンド国王とは一度も話をされていないということですか?」
「ええ――ほとんど……」
リリアナはうなずきながら、自分がしてしまった失敗を思い出して少し眉間にしわを寄せた。彼女の部屋には今、母国イシルマリからやって来た伯爵夫妻がいた。
カルス伯爵は伯爵と言っても王弟であるヘルムセン公爵の嫡男で、リリアナにとっては従兄にあたる。いずれはヘルムセン公爵家を継ぐことになるが結婚を機に、両親を亡くし、男兄弟がいなかったため――イシルマリでは女性の爵位の継承は認められていなかった――生まれ故郷を王家に返還することを考えていた妻のためカルス伯爵家とその領地を継いで、今は伯爵を名乗っていた。従兄が公爵家を継いだ後は二人の子どもがカルス伯爵家を継ぐのだろう。
リリアナは常に冷静で――周囲からは必要以上に冷たく見られがちではあるが――知的なこの従兄のことをとても慕っていた。今回夜会が開かれることになり、最初は王太子である兄が来るかと思っていたが従兄が来ると聞いてリリアナは素直にうれしかった。
もちろん、リリアナがイシルマリとザルガンドの国交を結ぶ足掛かりをつかむためにこうして妃候補となったようにカルス伯爵もまたその役目を担っている。彼がザルガンドに来ることになったのは王家の人間としてすでにリリアナがこの場にいるからだった。もし王太子が来たとして、それは誠意と見られるかもしれないが見方によってはイシルマリが下手に出ていると思われてしまうだろう。
「それに新たに問題が出てきたのです」
自身がザルガンドに来ることになった経緯を説明した後、カルス伯爵はつづけた。
「問題?」
リリアナは少し首を傾げた。
「この国の財務大臣であるドゥーイ卿とつながりのある我が国の侯爵家の商会が、裏で違法取引を行っていました」
最初、その侯爵がドゥーイから妃選びの話を聞き、侯爵は自身の娘かあるいは血族の娘を候補者として送るつもりでイシルマリ王家へ許可をもらいにきた。他国の妃を選ぶ場に、自国の王家の許可なくいけばどう思われるかはわかり切っている。
そして元々ザルガンドと国交を結ぶ機会をうかがっていた王家は話し合いの末、王女のであるリリアナを候補者として派遣することにしたのだ。もしザルガンド王妃に選ばれなくてもリリアナならばザルガンドとの関係をうまいように運べるだろうと考えてのことだった。
しかしリリアナが妃候補としてザルガンドに滞在している間、事態は思わぬ方向へ進んでいたらしい。全く連絡をとっていなかったわけではないがそう頻繁に手紙などを送ることができなかったので、情報が入ってこなかったのだ。
そのドゥーイとつながりのある侯爵の商会――厳密には彼が出資している商会だ――はイシルマリ国内にいくつか支店を持つ、この十数年ほどで大きくなった商会だ。その取引先の一つがベライドを中心にイシルマリを含めた近隣国に複数の支店を持つドゥーイの商会だった。
きっかけは魔族の一家がイシルマリの騎士団に保護されたことだった。アルディモアほどではないがイシルマリにも暗闇の森に接した国境沿いの地域などには少数だが魔族が暮らしている。しかしその一家が保護されたのは王都に近い土地で、異様に怯え、衰弱していたという。
彼らは自分たちは逃げてきたのだと言い、体力が回復し次第より詳しく話を聞くと、元々はその問題の商会の下請けで働いていた従業員で寮生活をしており、他にも魔族がいたのだが次々と退職していき、おかしいと思ったので家族を連れて逃げ出したのだが追手を放たれなんとかここまで逃げ伸びることができたのだと言う。
王女であるリリアナが魔族の国ザルガンドに滞在しているのもあって、今、魔族と問題を起こすのはまずいと考えた騎士団はすぐに王家へと報告し、カルス伯爵を含めた信頼できる者たちが商会を調べたところ、裏で違法な薬物や人身売買が行われていることがわかった。特に人身売買において、魔族は高値で取引されていた。
「ドゥーイ卿がそれに関わっていた証拠はないが、何か知っている可能性があります。彼はこの国の財務大臣だ――最悪の事態を想定し、私が赴くことになったのです。状況次第では王太子殿下もこちらに来られる予定です」
夜会の翌日に、ドゥーイ卿との面談も申し込んであるという。伯爵夫人が心配そうに夫を見ると、彼は安心させるように少し表情をやわらげた。結婚してから従兄はこういう表情をよく見せるようになったと思う。
ザルガンドの国王が、あの使用人に向けていたのもこんな表情だった――。
リリアナは脳裏に過ったものを振り払うように息を吐いた。
「わたくしはどうしたら? 陛下から何か指示はありましたか?」
「殿下はこれまで通りお過ごしください」
伯爵は言った。
「ドゥーイ卿の関わりについてはあくまで予想の範囲です。下手に動いてこの国の不興を買うことはありません」
リリアナはうなずいた。もっとも、ドゥーイだけを責める分にはこの国の者たちの不興を買う恐れは少ないだろう。この滞在の間で、ドゥーイがこの王宮内でどう思われているのかリリアナは正確に理解していた。このザルガンドという国において、個人が起こした問題はあくまで個人の問題だろうということも。




