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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第二章 妃選び
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40.アリーサのイヤリング




 夜会に向けて王宮――というよりも中枢区全体がにわかに忙しくなっていた。通常の仕事に加えて様々な準備をしなければならない使用人たちはもちろん、他国の要人たちが客として訪れるためにその対応をしなければならない宰相府、それから警備を担当する軍部もまたその計画を立てなければならなかった。


「さすがに陛下も今回はちゃんと動いてくれてるよ」


 そう言ったシトロンの目元にはうっすらクマができている。


「招待客の中には陛下に会いたいって人間も……いや、人間だけじゃないけど、たくさんいるし、陛下が決めないとどうにもならないところがたくさんあるから」


 警備については軍部にほとんど丸投げだった。立ち入り禁止にしたい場所を上げてそこは結界をはり、その上で見張りをつけること、あとは見回りの計画だ。人間の国なら国王の護衛を厚くするのだろうがこの国の王であるガーディアにそんな必要はないため、人間の客たちへの護衛や見張りが主な仕事だった。

 宰相府はその長である宰相が不在なこと、常日頃の業務ならともかくこんな風に他国の人間が何人も来る事態が今までになく、当然対応した事例もなかったことから指示をする者を必要とした。ガーディアは重い腰を上げてその対応をしているらしい。得意というわけではないが長く生きている分、他の魔族よりできることも知識も多かった。


「人間の国からは誰が来るの?」

「俺もまだはっきりと聞いたわけじゃないけど、妃候補の親族は一通り来る予定だよ。どの国も陛下との面会を希望しているから何泊かすることになるんじゃないかな……」


 面倒だと顔に書いている。ミモザは笑みをこぼしてシトロンの耳の後ろを撫でた。


「母上の衣装はどうする?」

「うーん……」

「新しく用意するつもりなら支払いはまた俺がするよ。これでも稼いでるから心配しないで」


 最初の時はシトロンが出資し、使用人頭の補佐をしているスティナと共に既製品を買いに行った。それ以降、ミモザはドレスも装飾品も増やしてはいない。そう何度もシトロンに援助してもらうわけにもいかないし、かと言ってミモザの給料ではドレスを新調する余裕もなかった。

 周囲の話を聞く限り、夜会で着る衣装はきちんと選ぶか作る方がいいのだろうとシトロンも感じていたし、ミモザももちろんそう思っていた。


「作るなら仕立て屋を呼ぶよ。母上の希望の店があればそこを呼ぶし、特になければスティナに相談してみるから――それとも陛下がプレゼントするって言った?」

「言われたけど断ったの」

「えっ!?」


 シトロンは目を丸くした。その反応は予想できていたので理由を説明し、渋々ではあったがシトロンを納得させた。


 衣装のことはちゃんと考えなければいけない。買うにしても作るにしても今持っている物では夜会に合わないのはもうわかっていた。一度全て並べて確認したが、スティナにも渋い顔をされた。

 それに――ミモザは手についたパンくずを払った。そろそろ昼休みは終わりだ。王宮の調理場からはにぎやかな声が響いている。夜会のメニューを考える話し合いをしているようだった。


「ドレスかぁ……」


 着飾った姿を見たいと言う、ガーディアの声が脳裏に過った。人間の姿のまま着飾っても……という気持ちはなくなったわけではなかったが、その一方で着飾った姿をガーディアに見て欲しいという気持ちも日に日に強まっていた。


 しかしそうなると問題がある。


 たとえば妖精族が薄い布を幾重にも重ねた華やかなドレスを好むように、ドラゴンにもドラゴンが好む衣装があるはずだ。もちろん、それに合わせた化粧だってあるだろう。妃候補になった時、蘭の館のミルヴァが悩んでくれたように種族によって肌の手入れの仕方だって違うかもしれない。化粧も、好む衣装も。ミモザは母親を亡くしてから今までドラゴンの女性の知り合いがいなかったため、人間の姿になっている間のドラゴンらしいおしゃれを一切知らなかった。

 もちろん、種族を無視して純粋にミモザの容姿に合わせた衣装を用意してもいいかもしれないが、折角だからドラゴンらしい装いがしたい。それに……


 それに、ガーディアだって――どんなミモザでも絶賛はしそうだが――ドラゴンである以上、やはりドラゴンらしい装いを一番好ましく思うのではないだろうか? 同種族であることの利点を使うことは気にはなるけれど。






 シトロンとわかれ、ミモザは仕事に戻った。最近、ミモザは王宮の調理場に正式に異動になったが使用人寮の調理場も後片付けくらいは未だに手伝っていた。その日も昼休みが終わり、夕食の準備を手伝い、寮に戻って配膳を手伝い一日の業務を終えた。いつもと変わらない一日の終わりだった。


「ミモザ、ちょっといいかしら……?」


 風呂上りに、同期のアリーサが深刻そうな顔で話しかけてくるまでは。




 洗濯係のアリーサはたれ目美人の人魚で、おっとりとした雰囲気がどこか色っぽさをかもしだしていた。こうして困った顔でさえちょっとドキッとしてしまうくらいだ。そんな彼女の部屋は手編みレースのラグが敷かれ、薄い水色のドレッサーにはきれいな瓶に入った化粧品やアクセサリーが見栄えよく置かれていた。


「わたしが休みの日によくつけている、イヤリングのこと覚えてる?」


 ミモザにレモンとミントの香りがする水をすすめながら、アリーサはたずねた。


「貝殻と珊瑚の……」

「なんとなくなら。何かあったの?」

「実は――とられてしまったの」

「えっ? とられたって――」

「新しいお妃候補の……金髪の女の子がいるでしょう?」

「えっ!?」


 自分でも思いのほか大きな声が飛び出してミモザはぱっと両手で口を覆った。


 アリーサは休みの日になると出かける出かけないに関わらずよくおしゃれをしている。それが彼女なりの気晴らしだった。アクセサリーもいくつか持っているがその貝殻と珊瑚のイヤリングはお気に入りなのか確かによくつけていた印象があった。


 アリーサはそのイヤリングを大切にしていたのだが、ずっと使っていたためこの頃少し金具がゆるくなっていて、数日前の休みの日、休みが重なった同期のタティと庭園で散歩をしていた時に落としてしまったそうだ。

 すぐに気づいて拾おうとしたのだが、偶然その場を通りかかったシシー・バラガンの侍女がイヤリングを拾い、シシーはひと目でイヤリングを気に入った様子を見せ、アリーサは返して欲しいと言い募ったが「使用人にはふさわしくない」などと言いがかりをつけて持っていかれてしまったらしい。


「ミモザには関係ないのはわかってるんだけど……他に頼れる相手もいなくて……大切なものなの」


 アリーサがこんなに落ち込んだところをミモザは見たことがなかった。うつむく彼女のやわらかな背中をそっと撫でた。シシー・バラガンは使用人を見下していたから、使用人の立場で詰め寄っても状況が悪化することはあっても解決はしないだろう。ミモザなら同じ妃候補だし、強めに行きやすいのは確かだ。


「いいよ、アリーサ。役に立てるかわからないけど……できるだけ力になる」

「ミモザ……ありがとう」






***






 次の妃候補たちの茶会も温室で行われた。この頃は天気のいい日はいくつかある温室のどれかが使われることが多かった。温室によって育てられている植物が違うため、植物に合わせたセッティングで目を楽しませてくれる。

 アンナベルに袖をつつかれてシシーを見ると、見覚えのある貝殻と珊瑚のイヤリングを身につけていた。アリーサのイヤリングだ。お茶会自体はある意味いつもどおり進み――と言っても、シシー・バラガンが来てからはローズもロスソニエルも今まで以上にいら立っているのだが――お茶会が終わったタイミングで、ミモザはすぐに立ち上がった。


「シシーさま」

「突然名前で呼ぶなんて不敬よ」

「ここはザルガンドです。爵位は関係ありません」


 控えていたシシーのあの面倒くさい侍女がシシーの後ろに立ち、シシーと共にミモザを睨んでいた。


「それより、そのイヤリングですがわたしの友人の物です。返してください」

「不躾な。そんな証拠がどこにあるの?」

「大切にしている持ち物には持ち主の魔力がつきます。調べてもいいんですよ?」


 白を切られる可能性は考えてあったのでミモザは強気な態度を崩さなかった。魔力が強い者ならよく身につけている持ち物に魔力が移ることもある。アリーサの魔力がどれほどなのかわからないが、魔力が判別できなくてもアリーサのニオイはついているはずなのでシトロンに頼めば持ち主がアリーサであることは簡単に証明できるだろう。


 シシーは一瞬表情を険しくしたが、侍女がすぐに何かを耳打ちし、気を取り直したように口を開いた。


「使用人が装飾品をつけて仕事をするなんてありえませんわ。必要ないと思ったから没収したまでです」

「友人がそのイヤリングをつけていたのは休みの日でした」

「休みの日だからといって使用人ごときが庭園をふらついているなんて信じられませんわ」

「休みの日なら使用人は庭園を散歩していいことになっています。ここにはここのルールがあるんです。イヤリングを返してください」


 手を伸ばしたミモザにシシーは奥歯を噛みしめ睨みつけるばかりだ。あれやこれやと言い逃れをしようとしてもミモザは一歩も引かなかった。ここまで来たら意地でもアリーサのイヤリングを返してもらうつもりだった。


「見苦しいですよ」


 しかし凛とした声が、険悪な二人の間を引き裂いた。まだその場に残っていたリリアナが扇子で口元を隠しながらも冷たい視線を二人に向けた。


「そ、そうですわよね……!!」


 パッと表情を明るくしたシシーが言ったが、リリアナの視線はいっそう氷のようになった。


「あなたに言っているのです、バラガン伯爵令嬢。このザルガンドの王宮の決まりを無視し、ご自分の国の決まりを押し付けるのはいかがかしら? 不満があるのであれば、しかるべき場所に訴えるべきでは?」


 「それに」とリリアナはつづけた。


「もっともここがどこであれ、他人の持ち物を盗むことは犯罪です――もし相手が使用人だからと自分の身分をもってして問題ないとお思いなら、そんないやしい考えは捨てられた方がよろしいでしょう」


 顔を真っ赤にしたシシーは何か言いたそうにリリアナを見たが、さすがにシシーも彼女の侍女も相手がイシルマリの王女となれば反論はできないようだった。その間もリリアナはその氷の視線をそらすことなくシシーにそそぎ、結局シシーは悔しそうにイヤリングを外して、ミモザの手にほとんど投げつけるようにそれを返したのだった。


 怒り心頭で温室から立ち去ったシシーを見送った後、ミモザはリリアナを見た。正直、驚いている。まさかリリアナが口をはさむとは思わなかったのだ。


「あの……ありがとうございます」

「……礼を言われるようなことはしていません。あなたには聖女様の髪飾りの件で借りがありますから」


 澄んだ水色の瞳をそっと伏せ、リリアナは言った。あの髪飾りの件を気にしてくれていたらしい。


「でもあんな風に無理をしなくても陛下に頼めばよかったのでは?」

「えっ?」

「いえ――何でもありません」


 いつもあまり変わらないリリアナの表情が一瞬戸惑ったようになった。それ以上彼女は何も言わず、侍女や護衛を連れて温室を後にした。結局残ったのは、いつものようにミモザとミモザを待っていてくれたアンナベルだけだ。


「どうしたんでしょう?」


 アンナベルもリリアナの様子がいつもと少し違っていたことに気づいたようだった。ミモザは首を傾げた。とりあえず、リリアナのおかげもあってアリーサのイヤリングが無事に返ってきたのはよかったが。






「ありがとう、ミモザ」


 両手で大事そうにイヤリングを受け取り、アリーサは顔をほころばせた。


「どういたしまして」

「これ、妹からのプレゼントなの」


 耳につけながら、アリーサは言った。大切にしているなとは思っていたが、家族からというのは意外だった。


「少し年が離れていて……わたしが王都に働きに出るって決めた時、あの子、泣いていやがって、口もきいてくれなくなったの。でも出発の日にこれをくれて――手作りなのよ。お守りだって、おそろいだからなくさないでねって約束したの」


 そう言って目を細めるアリーサは姉の顔をしていた。


「ステキな妹さんだね」

「そうでしょう? 自慢の妹よ。ミモザには兄弟はいないの?」

「うん。父さんと母さんの三人家族で――三人だけ、だったから」


 ふと脳裏によみがえったものに蓋をするように、ミモザは口元に笑みを浮かべた。




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