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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第二章 妃選び
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38.新しい妃候補




 ガーディアから詳細を聞くことはできなかったが、後日シトロンからベライドの伯爵令嬢が来ると聞いた。ベライドは王女であるローズがいるのに、人間の国の貴族としては高くも低くも無い爵位の家の令嬢が新しい候補なのは妙だと思ったが、どうやらドゥーイの商売仲間の娘らしい――これはアンナベルからの情報だ――シトロンはミモザとガーディアの関係が良好そうなのを見て妃選びはもうやめたいと思ったらしいが、肝心のガーディアに渋られてしまったと不満を漏らしていた。


 ミモザの時もそうだったように事前にお茶会で妃候補が増える旨が伝えられ、後日顔を合わせることになった。ローズは明らかに不機嫌顔だ。フィアレンセの一件が片付いた後、またガーディアが茶会に姿を現さなくなったのも原因かもしれないが。

 リリアナやマリエルはあまり変わらず、ロスソニエルも相変わらず聖女だった王妃至上主義で新しい候補者も当然認めないというスタンスだった。


 シトロンの気苦労を思うと申し訳ないが、ミモザもあまり新しい妃候補には関心がない。それよりも、ガーディアがどうして妃選びを許可したのか少し気になっていた。


「お待ちなさい!」


 思考は高い声によって中断された。振り返るとどう見ても人間の女性が鋭い視線をミモザに向けていた。今日は宰相府で会議があり、ミモザはそこに軽食の差し入れを運ぶ途中だった。


 目の前の女性の着ているものを見るにベライドの侍女か何かのようだ。しかしローズの侍女たちの中に見たことのない顔だった――もっとも、ローズの部屋に待機している者もいるだろうから全員の顔を知っているわけでもないが。

 その後ろには愛らしい顔立ちと美しいブルーの瞳をした、金髪の令嬢が立っていた。着ている衣装はローズが好んで着ているデザインと似ていて、ベライドの流行りのものなのだろう。彼女が新しい妃候補なのだとミモザは気がついた。


「使用人がなぜこんなところを歩いているのです!」


 声をかけてきた女性が言った。なぜと言われてもこの廊下が宰相府に行くには一番近いからだ。どうやら使用人が目につくところを平気で歩いていることに怒っているようだが、そういうルールはこの王宮にはない。

 と言っても、それを告げて納得するだろうか? なんとなくこの侍女からはアルティナを崇拝していたあの髪飾りの件の侍女、ヴァルヴァラと同じニオイがする……そもそもどうして彼女たちはここにいるのだろうか? 客室からは離れていた気がするのに……。


「この王宮の使用人はどこを歩いてもいいことになっています。申し訳ありませんが通していただけませんか? 急いでいるので……」

「嘘おっしゃい!」


 やっぱり……顔をしかめたくなるのをグッとこらえた。


「パウラ」


 顔立ちにぴったりの愛らしい声が侍女の名前を呼んだ。


「ここは空気が悪いわ。早くそのゴミをどかしてくれない?」

「ええ、もちろんですわ。シシーお嬢様」


 ゴミと呼ばれたこともだが、それよりもミモザに対するものとは違う侍女の猫なで声にあ然とした。


「この方はいずれこの国の王妃になられるお方です! 不敬な態度を改めないと――」

「誰がこの国の王妃になるのですって?」


 怒りを大いに含んだ声にミモザは振り返った。燃えるような赤髪に対して、その灰色の瞳は冷たく目の前の令嬢とその侍女を睨んでいる。護衛や侍女を連れたローズは明らかにシシーと呼ばれた令嬢を立場の差以上に見下していた。


「この国に来て早々、随分な態度ね。ベライドの恥を振りまくのはやめてもらえるかしら?」


 美しい透かし彫りのほどこされた扇子を口元に広げながらローズは言った。


「そもそも何故こんなところにいるのかしら? わたくしもイシルマリのリリアナ王女もこの国に来たばかりの時はこの国からの護衛がつくまでは部屋にいるよう言われていたのに……まさか勝手に部屋から出て侍女と二人でこそこそ王宮内をかぎまわるようなはしたないマネを? これだから商売人の娘は……」

「わたしは伯爵家の娘ですわ!」

「どうかしらね」


 ローズはフンと鼻を鳴らした。もう宰相府へ行ってもいいだろうか……? ミモザは真剣に考えた。


「大体、わたくしがここにいることよりも使用人がこんなところをうろうろしているのを放っておくことの方が問題ではないのですか!?」

「この国にいる以上、この国のルールには従うべきだわ。もっとも、わたくしがこの国の王妃となったら変えるべきことは多いでしょうけれど」


 シシーの歯ぎしりが聞こえるようで、ミモザは内心ため息をついた。仮にローズが王妃になっても、それは叶わないだろう。宰相府の近くでこんな言い争いをできるのだって宰相不在の今だけだ。宰相がいれば自分の膝元でこんなくだらない言い争いをすることを許さず、見つけ次第彼女たちを王宮の外に放り出すだろう。

 その後もくだらない言い争いをつづけるローズとシシーの目が自分からそれたのを幸いに、二人を放ってミモザは仕事を終えるべく宰相府へと足を向けたのだった。






***






「ベライド王国、バラガン伯爵の娘、シシーと申します」


 バラガン……?


 数日後、よく晴れた日に庭園に面した温室で行われた茶会にシシー・バラガンは姿を現した。もう季節柄どんなに天気が良くても庭園で茶会をするには難しい時期に入っていた。

 シシーのためのザルガンドからの護衛なども整ったらしい。シシーはミモザの姿を見つけるなり険しい顔をしたが、ミモザは見なかったことにした。それより、バラガンという名前が脳の裏側をチクチクと刺してくるようだった。


 シシーはローズに睨まれるのを気にもせず上座に近い席に座った。今日もガーディアは来ないだろうし、来てもミモザのとなりに座る可能性が高いのだがそれをシシーに教える者は当然いない。


「睨まれていますね」


 となりに座っているアンナベルがそっと耳元でささやいた。ローズとシシーが睨みあっていることではなく、茶会に来たシシーがミモザの顔を見るなりすごい顔をしたことについてだ。あの廊下での一件を、ミモザは当たり前のようにアンナベルには打ち明けていた。


「使用人に対しての考えがすごく違うみたいだから、わたしがここにいることに驚いたみたい」


 ベライド以外の人間の国もそうなのかわからないが、少なくともベライドではミモザのような使用人は仕事中に貴族の前に姿を見せないものらしい。ローズはその辺りのことを指摘したことはなさそうだったので――それでもそれ以外の態度のせいで使用人からの評判はよくないが――他国であることをわきまえているのだろう。王族と貴族の違いなのか、シシーの性格によるものが大きいのかわからないが。


「ところで、陛下はいついらっしゃいますの?」


 席に着くなりそう言ったシシーの言葉に場は微妙な空気に包まれた。一瞬、リリアナがこちらを見た気がしたがミモザが彼女の方を見た時にはもう、リリアナの視線は目の前の飴色の茶が入ったカップへと移っていた。


「陛下がこのような場に来るわけないだろう」


 答えたのはロスソニエルだった。彼女が突っかかるのは予想できていたので、ミモザもアンナベルも気にしないようにして目の前のお茶とお茶菓子に集中した。さりげなく他の候補者を見れば、リリアナとマリエルも同じようにしている。

 今日のお茶菓子は薄い生地を幾重にも重ねた焼き菓子で、気をつけて食べないとボロボロと崩れるので注意が必要だ。間にジャムをはさんだものをつまんだがこのジャムは使用人寮で流行っている手作りジャムではないだろうか? ティンクのものではないが、妖精の魔力を感じる。


「お妃選びに陛下が来ないとはどういうことですの?」

「こんなものはドゥーイ卿が勝手にはじめた茶番に過ぎない。陛下のとなりにふさわしいのはたったお一方だけだ」

「まあ! 一体どなたのことかしら!?」


 シシーはロスソニエルを睨みつけた。


「少なくともあなたではなくってよ、シシー・バラガン」


 しかし答えたのはローズだった。彼女は優雅なしぐさでカップをソーサーに置き、冷たい視線をシシーへと投げつけた。


「本当にドゥーイ卿は何を考えているのかしら? このわたくしがいるのに、あなたのような商人の娘をこの国に呼び寄せるなんて……一体いくら払ったのかしらね」

「なっ……!? 商人の娘だなんて……! いつもそうやってバカにして! わたしはれっきとした伯爵家の娘ですわ!!」


 顔を真っ赤に染めてシシーは身を乗り出すように立ち上がった。


「事実でしょう? 先代の不幸がなければあなたは貴族ですらなかったのよ?」

「ですがこうして貴族となりました! それにドゥーイ卿と父は仕事仲間なんです!! まるでお金の力でお妃さま候補になったみたいに言うなんていくら王女殿下でも失礼じゃありません!?」


 つづけられた言葉にローズの顔色が変わった。


「そもそも陛下の好みの方がいらっしゃらないからわたしが呼ばれたみたいですけれど? わたしみたいに小柄で金髪でかわいらしい容姿の方がいいのではないですか? 王女殿下のような赤毛ではなくて」

「なんですって……!?」


 バカにしたように笑うシシーに、ミモザはそろそろお茶会が終わらないかなと思った。はじまったばかりだが。ロスソニエルでさえあきれたようにベライドの二人のやりとりを見ている。


 結局お茶会の終わりまで、二人のうんざりするようなやりとりはつづいた。ローズ王女は立ち去る時にはすっかり怒り心頭の様子だったし、シシー・バラガンも同じだった。その日も茶会会場に最後まで残ったミモザとアンナベルは、片づけがはじまった温室から外に出て、少し寒さを感じる庭園をぶらぶらと歩くことにした。


「父は――父にとっての本命はやはりローズ王女なので、協力してローズ王女を立てるようにと言ってましたが、あの様子では難しそうですね」


 アンナベルは苦笑した。


「でもどうしてシシーさんは金髪で小柄な方が陛下の好みだと思ったのでしょう……? 誰かに聞いたのでしょうか?」

「それはわたしも気になったけど……」


 少し考えるように首を傾げてアンナベルはミモザを見た。それからハッとしたようにミモザの髪で視線を止めた。


「もしかしたらミモザを意識してるのかもしれません」

「えっ? わたしを?」

「ミモザも金髪で小柄ですし、陛下がミモザを気にかけているのには父も気づいていますから、父が陛下の好みのタイプは金髪で小柄な愛らしい方だと思って見た目は似たタイプの彼女を呼んだのかも……」


 容姿については何とも言えない。でもそう言われるとそうかも……? という気はしてくる。「ミモザの方がかわいいですけどね」とアンナベルは言ってくれたが、ミモザはちょっと首を傾げただけだった。






***






「一体どういうつもりなのかしら?」


 ピリピリとした空気が来賓館の客室の一つを満たしていた。座り心地のいい豪華な長椅子に腰を下ろしたローズは、眉間にしわを深く刻んでいても美しい容貌をしている。彼女の目の前には気まずそうに視線をそらすドゥーイが立っていた。


「このわたくしがこうしてザルガンドに赴いているというのにあんな小娘まで呼び寄せるなんて。しかも王家はあなたに相当な額を出しているのよ? わかっているのかしら?」

「もちろんです。ローズ王女殿下」


 それがあるからこそ他の誰でもなくローズ王女が王妃候補の本命なのだ。と言ってもその費用は基本的にはローズのために使うように渡されたものだし、中抜きをしていないわけではなかったが他の部屋より調度品の豪華なこの部屋などに活用されている。

 それにローズが王妃になればベライドとザルガンド間の貿易でもらった金額以上がベライドに還元される見積もりとなっていた。しかしそれを説明したところでローズの機嫌が直るわけではない。


「しかしベライドの国王陛下からも許可はいただいております。あくまで彼女は数合わせ、王女殿下の引き立て役です」

「本人にはそのつもりがないようでしたけれど?」


 ローズは鼻を鳴らして今日の茶会でのシシーの様子をドゥーイ卿に話した。その内容は確かにローズの不満を煽るようなものだった。


「しかも自分が陛下のお眼鏡に叶うような容姿だと……! 陛下にお会いしたこともないくせに! まさかあなたが陛下が金髪好きだとでもいらぬことを言ったのかしら?」

「まさか! そのようなことは!」

「そうね……あの使用人の候補者が調子に乗っているせいでいらない誤解が生まれているのね……どう見てもわたくしがあの中で一番美しく、陛下のとなりに立つのに――いえ、陛下こそわたくしのとなりにふさわしいというのに」


 控えていたローズの侍女たちが一斉に賛同した。それに気をよくしたのか部屋を満たしていた肌を刺すような空気がやわらぎ、「そうだわ」とローズは手を打った。


「いかにわたくしが美しいか、それを示す場があればいいのよ――そうは思わない? ドゥーイ卿」

「と、言いますと……」

「夜会を開くのよ」


 ローズは言った。侍女が「いい考えです」「着飾った王女殿下の前に誰もがひれ伏すでしょう」と口々にほめそやする中、ドゥーイはまさかダメだとは言えず、「陛下に確認をしてみます」と返すことしかできなかった。




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