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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第二章 妃選び
34/68

33.ミルヴァとガシェ




 蘭の館が忙しいのは名も無き王都の主役が夜の闇になってからだが、それでも昼間に仕事がないわけではない。ミモザたちは休暇で蘭の館に滞在してるので仕事を頼まれることはなかった。とはいえ、時間が空いて手持ちぶさたになる時は自主的に“家”の食堂で配膳などの簡単な手伝いをしたり、子どもたちの面倒をみたりしていた。もちろん、基本的には部屋でおしゃべりを楽しんだり花街から少し離れた商店街などに買い物にでかけたりすることの方が多かったが。


 花街で働いている者たちにとって、蘭の館は客との関係も含めてかなり環境がいい仕事場だった。それでも父親が誰かわからない子ども、誰かわかっているが妊娠がわかった途端に姿を見せなくなってしまったしまったため父親がいない子どもを数人育てている。

 蘭の館の者たちはみんな子どもたちのことを実の子のようにかわいがり、常連客の中にも気にかけて色々と贈り物をしてくれる者たちがいた。そのため子どもたちはすくすくと明るく素直に育っている。


 中庭にある井戸の周りでそんな子どもたちの笑い声が響いていた。アンナベルとティンクが来て三日目の午後。今日はおつかいついでに朝市を見て回り、少し早めの昼食を市場の大衆食堂で取って蘭の館に帰ってきた。ティンクは王都外出身だし、アンナベルは王都だが第三区に家があるので第二区の市場や食堂に喜んでくれた。

 お土産に柑橘系のひと口サイズの果物を砂糖で漬けたものを買って、今は庭に敷いたシートの上にお茶と共に並べてある。完全なドライフルーツではなく半分ほど生のようだ。甘酸っぱさの後にほのかな苦味があり子どもより大人の方が口に会いそうだったが、駆け回っている子どもたちも順番に近づいてきては口に砂糖漬けを頬張っていった。


「王都ではあまり見ない果物ですね」


 少し渋みのある葉を使ったお茶を飲みながらアンナベルが言った。


「アルディモアでも見たことがないかも」

「村に来た行商が売ってたのを見たことがあるわ。もっと暖かい場所から来たって言っていたっけ……ちょっと悪くなってたから安くて、たくさん買ってジャムにしたの」

「ジャムもおいしそうですね」

「生がたくさん買えたら作ってみる? 休暇中じゃなくても、王宮に戻ってから寮のキッチンを借りられるだろうし」

「やってみたいです。でもわたし、料理なんてしたことがなくて……」

「ジャムならそんなに難しくないから大丈夫。それに一緒に作るんだから。ミモザは調理場で働いているし、わたしもジャムなら村にいる時よく作ったし。弟と妹が多かったからおやつもそんなに買えなくて、ジャムを作って食パンの耳をこんがり焼いてディップして食べさせてたの」

「ティンクの家族の話、そういえばあんまり聞いたことがないかも」

「そうだった? 普通よ。何でもないいろんな魔族が住んでいる村で、兄弟が多い分ちょっと生活が苦しくて……わたしが王都に来たのは出稼ぎのためだったの。ちょうど王宮で使用人の募集があったから応募して――給料がいいし、採用されて仕送りも十分にできてほんとによかった」

「ミモザの家族は? アルディモアの聖女さまのところにいたんですよね? 聖女の街の出身なんですか?」

「出身はアルディモアの、聖女の街の近くの村で――人間の村ではあったけど、魔族も少しいたの。両親の出身地は聞いてないんだけどわたしが物心ついた時にはもうそこで暮らしてたな……父さんは子どもの頃に死んじゃって、母さんは……母さんも早くに……あとは一人であちこち旅しながら生きてきたから」

「そ、そうだったんですね……すみません」

「えっ? あ、気にしないで」


 子どもたちの高い笑い声が響いた。少しずつ空は赤から夜の色へと近づいてきている。


「暗くなってきたね」


 ちょっと伸びをしてミモザは言った。


「子どもたちを“家”の中に戻さないと」


 どこからか人々のざわめきが聞こえてくる。花街も人が活発になってきたのだろう。酒場はそろそろ開店しているはずだが、本格的に客が訪れはじめる前に子どもたちは中に戻ってもらうのはいつものことだ。

 遊び足りなそうな子どもたちも空腹には弱く、大人しくおもちゃを片づけミモザたちと“家”に戻り、手洗いとうがいをして楽しそうに食堂へと向かって行った。それを見届けてから三人は使っている部屋に戻り、残っていた砂糖漬けをしまって少しだけ部屋でくつろぐことにした。子どもたちと仕事を終えた従業員、これから仕事をする従業員でこの時間の食堂は混んでいるからだ。


 この三日間、こういうのんびりとした時間になるとアンナベルもティンクも決まって何か聞きたそうな視線をミモザに向けた。


 休みを取ったのは、ケガのためより気分転換をしたくて、という理由が大きかった。たくさんの気持ちが胸の中に渦巻いていて、ふとした瞬間に思い悩んでしまう。

 ガーディアを過去に縛りつけたくなくて、自分に記憶があることも気づかれたくない。困っているシトロンのために妃候補になったのを、途中で投げ出すつもりもない。しかしフィアレンセがミモザの前世の姿でガーディアの前に現れ、ガーディアが動揺をしていたのを見た時に感じたものもある。それは過去に縛り付けるなという憤りと、ガーディアが自分以外に目を向ける妬みだった。


 ガーディアの心を一番占めているのが一番最初の前世だろうということはミモザにとって大した問題ではなかった。前世の記憶を持って生まれた時点で、全ての過去を自分のものだとして受け入れている。それにその記憶もまたミモザを今のミモザにした一部でもあるのだ。


 でもミモザ自身がそう思うのと、ガーディアがそう感じるのとでは話が別だ。


 アンナベルとティンクの他愛のないおしゃべりに相槌をうちながら、夜の闇に似た色を持つドラゴンの姿を思い浮かべた。






 翌日は打って変わって午前中はのんびりと過ごし、昼食を食べたら本屋めぐりをしようということになった。読書が好きなアンナベルが第二区の本屋にも行ってみたいと希望したからだ。第三区の本屋とは品揃えも違うし、一般層にも受けがいい娯楽的な本が多い。子どもたちと一緒ににぎやかな昼食をとってから出かける準備をし、中庭を抜けて店の方へと向かう途中で正面から大きなクマのぬいぐるみを抱えたミルヴァがやって来た。


 ミルヴァはミモザを見つけると、昨日食べた果物のような瞳をキラキラと輝かせ、跳ねるようにミモザに駆け寄ってきた。いつも以上にご機嫌だ。


「ミルヴァ姐さん、出かけていたの? おかえりなさい」

「ただいま、ミモザ!」


 店に出る時とはちょっと雰囲気が違う愛らしいメイクで、ミルヴァはミモザの頬に熱烈なキスを送った。


「ね、姐さん……どうしたの?」

「フフ、あのね、ガシェさんとデートだったの! 朝食デートよ。結局お昼も一緒に食べたけど。すごく素敵だった。それでね、なんと……恋人になって欲しいって言われたの!!」


 きゃーっと赤くなった頬を抑えるミルヴァは少女のように可憐だ。お祝いの言葉を贈るとミルヴァは「ありがとう!」と今度は反対の頬にキスを贈った。


「わたしの身請けのために実はお金を貯めてくれてたって! 本当はお金が貯まってから告白しようとしてくれてたみたい――」

「ミルヴァ帰ってきたの?」


 蘭の館と“家”の間にある大浴場からあくびをしながらアデラがやって来た。風呂上りのアデラはいつもより花の匂いが強い気がする。化粧をしてなくても美しく、不思議な色合いの瞳を細めて四人を見た。


「ミモザたちはこれから出かけるんだから、引き止めたらかわいそうよ」

「そうだったの? ごめんなさい。楽しんできてね。ねぇ、アデラ聞いてほしいの――」

「はいはい、部屋でゆっくり聞くから。ミモザたち、明るいから大丈夫だと思うけど危ないところには近づかないように気をつけてね」


 アデラは言った。


「最近、若い子たちが行方不明になってるの――もっとよくない店の子で、逃げ出したなんて言われてるけどそうじゃない悪い噂もあるから」


 表情を暗くするアデラにミモザたちは神妙にうなずいた。


 「ミモザがいれば、大丈夫だと思うけどね」そう言うアデラの腕を取ってミルヴァが急かした。アデラと対照的に浮かれた様子を押さえられないミルヴァに苦笑いして三人は通りを出ると、人通りの少ない花街の、アデラの言いつけを守って大通りだけを通って抜けて本屋のある方へとにぎやかな第二区の通りを散歩がてらのんびりと歩きはじめた。


「ガシェさんって?」


 ティンクが興味深そうにたずねた。


「うちの常連さんで、いつもミルヴァ姐さんのことを指名してて……わたしが王宮に行く前にやっと昼間一緒に出かける話をしてたの。デートじゃなくて、仕事でだったけど」

「仕事で一緒に出かけるんですか?」

「指名が入れば。夜の仕事と違って買い物とか観劇とかデートみたいな感じではあるんだけど……あと、ローリエ兄さんは絵を描きに行ったり」

「魔獣族の? 昨日、スケッチを見せてくれた?」


 昨日、ローリエはちょうど休みで“家”の食堂で顔を合わせたのだ。その時ちょうど彼は本人曰くらくがきをしていて、ミモザたちが興味を惹かれると快くそれを見せてくれた。


「うん――と言っても、ローリエ兄さんが本当に魔獣族なのかはよくわからないらしいんだけど」


 ローリエは孔雀の魔獣族を名乗っているが魔獣族と少し違うのではないかとミモザは思っていた。ローリエ自身、自分の種族が何なのかよくわかっていない上に特に気にしていないため真相は謎のままだ。この花街ではそういう魔族は割といる。魔族は基本的に同種族で顔を合わせるとそうだとわかるものだが、中にはそういう感覚が鈍かったり、違う種族同士の間に生まれて――これは珍しいことでもあるが――両親の特徴を兼ね備えている魔族もいたりするので生まれた時に血縁者と別れているとわからないままのこともあるからだ。


「ガシェさんはお客さんだけどミルヴァ姐さんのこと好きだってみんな知っていたし、ミルヴァ姐さんもそんな感じだったの」

「そのガシェさんという方は何をされている方なんですか?」

「軍人さん。中枢区にいる時もあるみたい。わたしが採用試験を受ける時に保証人になってくれたのもガシェさんだったな」


 今のところ中枢区でガシェと会ったのは採用が決まってお礼を言いに行った時だけだ。それ以降はミモザは基本的には使用人寮の調理場担当だし、掃除などの応援に行く時も軍部からは離れている場所に行くことが多かった。髪飾りの一件でもガシェの姿は見かけなかったし軍部以外の者とはあまり顔を合わせないような部署なのかもしれない。


「ミルヴァ姐さんは仕事のことでちょっと遠慮してたところがあるから、進展しててよかった」

「ミモザは?」

「えっ?」


 ぱちりと瞬きをして、ミモザはティンクを見た。


「陛下とのこと」


 アンナベルも驚いたようにティンクを見た。いつか何か聞かれそうな雰囲気はしていたがまさかこのタイミングでたずねられるとは思っていなかったため、ミモザはぐっと言葉に詰まった。心臓が大きく跳ね上がり、そのままグラグラと揺れている気がする。


「陛下とのことって……」

「他の誰かの恋の話もいいけど、ミモザ自身の恋の話もそろそろ聞きたいのよね――陛下のこと、好きなんでしょう?」


 昼時を過ぎた通りはどこかのんびりとした空気に満たされていた。店先をのぞく客、よく通る声で客を呼び込む露天商、オープンテラスと呼ぶにはちょっと雑然とした席でコーヒーを飲みながら本を読む若者、それぞれの種族の特徴を持った性別も年齢も様々な民が思い思いに過ごしている。

 初々しいカップルも、気心の知れた夫婦も、寄り添う老夫婦もいる――そういう姿に自分とガーディアの姿を重ねないと言ったら、嘘になる。


「全部覚えているのに、何とも思わないわけないって言ってたよね?」


 前世の記憶も今のミモザを作っている一部だ。彼に対する気持ちもそう――むしろ今までの記憶がある分、想いは強く、つもっていくばかりな気がする。


「だからこそ、陛下とは距離を置きたいかなって思ってるというか……」

「どうして?」

「……陛下はいつもわたしのこと想ってくれるけど、生まれ変わるたびにわたしは見た目も性格も違う人間で、もしかしたら陛下は最初にした約束に縛られているんじゃないかって思ったの。わたしがいろいろな人生を送っている間、陛下は考えられないくらい長く生きてきて、きっと別の出会いもあったと思うし、これから先、もっと心を動かす相手ができるかもしれないじゃない? でもその時、わたしがいたら?」

「ミモザ」


 アンナベルがやさしく遮った。


「ミモザはミモザの気持ちをもっと大切にして欲しいです。もちろん、陛下を気にかけるミモザの気持ちもわかりますけど」


 そっとアンナベルはつづけた。


「陛下が単に前世の姿だけを求めて今までのミモザを追っていたならきっとどこかでほころびができていたと思うんです。ミモザの言うとおり、今までの自分が見た目も性格も違う別人だというのならなおさら――そうでなかったなら、少なくとも陛下はその時のミモザを見ていたか、記憶がなくても前世のミモザはそれまでのミモザを積み重ねていった存在だったのではないでしょうか? ミモザ自身、そうでしょう?」

「それは……」

「前世とか今世とか、そこまで気にしなくてもいいとわたしも思うけど。ミモザが今、陛下のことを好きなら、『前世なんてどうでもいい今のミモザのことを好きだ』って陛下に言わせてやる! くらいの気持ちでいるのがいいんじゃない?」


 ふと、ガシェとミルヴァの姿が浮かんだ。ミルヴァは仕事のことでガシェに遠慮していたが、ガシェはほとんど気にしていなかった。気にする時はミルヴァが他の客に取られてしまって嫉妬と呼ぶにはかわいらしいやきもちを妬いていた時くらいで、それだって純粋に好きな相手が他の男と親しくしているというところから来たものだ。


 フィアレンセはかつてガーディアが愛したミモザの前世の姿や、ミモザ自身になりすましてガーディアの気持ちを得ようとした。本当の自分ではなく、偽りの姿だ。その気持ちそのものは確かに本物だったが、フィアレンセは生まれ変わりではない。結果として、彼の怒りを買うだけだった。


 いつもミモザを――ミモザの前世を見つけ出し、想いを寄せてくれたガ―ディアの心は、どうなのだろうか?


「わたし……」


 仲睦まじい恋人が、となりを通り過ぎて行った。ミモザは少しそれを目で追い、なんでもなかったかのように目の前の風景に視線を戻した。


「彼と、話してみようかな……」


 過去に縛りつけたくない気持ちは残っている。これも本当の気持ちだし、彼を想うから生まれた気持ちだ。それでも彼が今までどんな想いを抱いていたのか、ミモザは結局知らないのだ。知らないままで、いてはいけない。それに――




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