21.ガーディアの依頼
木々の隙間から、太陽の光にも似た金色がのぞいていた。白くなっていく毛先は本物の日の光を受けていっそ透き通って見える。
彼女がそうだとわかれば、彼女がどこにいるのかを感じるのはたやすいことだった。もちろん嫌われたくはないので意識的に彼女の居場所を把握するようなことはしないが。それでも近くにいるとわかった時に、ひと目でも彼女の姿が見られればと捜してしまうのは仕方ないことだった。
ふわふわと金色が風に揺れている。そのとなりには、もっと夕日に近い色合いの金がいた。
「お前が選んだ妃候補のことだが」
星宮にある食堂は、家族のための食堂だ。ゆったりとした空間だが広すぎず、部屋の中央にある丸テーブルにかけられたテーブルクロスは裾に“星の涙”が刺繍されている。六人座ればいっぱいになりそうなテーブルを使うのは現在二人だけだ。
シトロンは夕食を必ずその部屋でガーディアと共にとっている。シトロンを拾ってくれた王妃が生きていた頃は三人だった。彼女が亡くなった後もガーディアはその習慣を当然のようにつづけたのでシトロンもそうしていた。
水の入ったグラスを手に取りながら不意に声をかけてきたガーディアに、シトロンは視線を向けた。食事中はシトロンがその日に起きたできごとを話すことが多く、ガーディアは――引きこもっているので話題がないのもあるだろうが――基本的には聞き役だ。こうして彼の方から声をかけるのは珍しい。しかも、興味がなさそうだった妃候補のことだ。
「惚れているのか?」
タイミングよく口をつけた水でシトロンは思いっきりむせた。信じられずにガーディアを見れば、彼は何でもないような顔をしている。
「な、何を突然……!?」
「今日、一緒に歩いていただろう」
シトロンの表情が少し強ばったのをガーディアは見逃さなかった。
「そ、そんなわけないだろ!? 大体、惚れてる相手を妃候補になんてしない!!」
「だがお前は周囲の牽制のために候補者を選んだんだろ? 信頼できる相手を選ぶならそういう相手に頼んでもおかしくはない」
「そんな不誠実な真似しないし、そもそも今は恋人もいない!」
「片思いか?」
「バカ言わないでよ!! 母上だぞ!?」
言ってしまってすぐにシトロンはバッと両手で口を押えた。冷や汗をたらしながら目の前を見れば、驚きに丸くなった金色とぶつかる。今日、突然ミモザが訪ねてきてガーディアと顔を合わせてしまったと報告を受けてはいたが、その場面をガーディア本人に見られていたとは思わなかった。まさか会話は聞かれていないだろうか……? 誤魔化さなければ……と焦る思考は、しかし「知っていたのか」という言葉で打ち消された。
「えっ……」
「昨日、“白い庭”で会った」
「“白い庭”?」
そういえばミモザはどこで会ったかは言っていなかった。
「でも、あそこは……」
「知らずに入ってしまったらしい。それで彼女が罰を受ければいいと思った者がいたみたいだな」
シトロンは表情を険しくした。
「お前が妃候補にしたんだからきちんと守ってやれ。くだらない嫌がらせからもだ」
「スティナに頼んではあるけど……俺ももっと気をつける……」
「ミモザが彼女だとわかっていて妃候補になるよう頼んだのか?」
シトロンはうなずいた。ミモザに記憶があることは、どうやら気づいていないようだ。それならそれは秘密にしなければならない。ガーディアを父のように思っているが、シトロンは父より母の味方だった。
「妃選びは終わりにしないの? 母上がいるなら必要ないだろ?」
「彼女が俺を選んでくれるならな」
「母上が? 陛下が、じゃなくて?」
「いつも彼女が俺に惚れてくれたわけじゃない。彼女が別の相手を選ぶことだってあった。無理強いはしたくない……彼女がお前を選ぶなら祝福だってする」
「だからそういう関係じゃないから……」
ガーディアは肩をすくめただけだった。
「それなら彼女のことはそっとしておくの? 俺も多少強引に妃候補になることを頼んだからこれ以上迷惑かけるわけには……」
「俺のことは“迷惑”か?」
「そうじゃないけど」
ガーディアがミモザにかまえばますます彼女が妬まれるのは簡単に予想できる。
「彼女に決まった相手がいないならそれはそれだ」
当然のようにそう言うガーディアに、そうだろうなとシトロンは思った。
***
ミモザが“白い庭”に踏み入って何の罰も受けなかったことはすぐに使用人たちの間で噂になった。元々、“白い庭”に足を踏み入れたこと自体はミモザに掃除をするよう言いつけた三人がミモザの評判を下げるために言いふらしていたの。「国王陛下に取り入るために“白い庭”に行ったのだ」と。その結果が広まるのも当然早かった。
ミモザはあまり自分の評価を気にしていなかったが、新入りの中ではかなり仕事ができたため実は評判がよかった――その上妃候補になったのだから、妬む者は妬んだ――が、この件に関してはミモザを評価している他の使用人たちも首を傾げることになった。いくら仕事ができても立ち入り禁止の“白い庭”に踏み込めば罰せられる。ミモザが“白い庭”に行ったのは事実だからだ。
改めて使用人たちには“白い庭”の立ち入り禁止が告げられ、まだ伝えてなかったミモザを含めた新入りたちにはスティナから謝罪と共にきちんと“白い庭”についての説明がされた。星宮の近くの小さな庭で、国王であるガーディアの最愛の人のための霊廟があること、足を踏み入れていいのはガーディアと彼から許可を得たシトロンだけだということ。
ミモザに“白い庭”の掃除を命じた使用人たちは謹慎と減給処分になったらしい。逆恨みをされなければどうでもよかった。そんなこと気にするよりもミモザにはもっと気になることがあった。ガーディアのことだ。
“白い庭”の掃除をしてほしいとガーディアに言われたことをパランティアに報告したが、彼はガーディアにそう言われたのなら本来の仕事をおろそかにせず、手が空いた時間にできる限り行けばいいとミモザが期待していた答えを与えてはくれなかった。ダメだと言って欲しかったし、なんならガーディアに使用人に余計な仕事を増やさないよう言って欲しかった。
やっぱりパランティアは気づいているのではないだろうか……? しかしそれをまさか聞くわけにはいかず、諦めて掃除をしに行くしかない。空いている時にということだから、できる限り行かない方向で。
あとは妃選びの茶会などにガーディアが参加するようになるかどうかだが、そうなったとしても茶会の場などは他の候補者ががんばってアプローチするだろうし、ミモザばかりにかまえないだろう。
そう思っていたのに……。
ミモザも、いつものようにミモザと一緒に昼食をとっていたアンナベルも、驚きに満ちた顔で目の前の男を見上げていた。
昼間の明るい太陽の下で、ガーディアの夜の闇を思わせる髪はその美しさをいっそう際立てせている。あの庭でガーディアと顔を合わせてから十日ほどたち、その間にもガーディアは妃候補たちとの茶会や晩餐には姿を現さなかったが、ミモザがガーディアと顔を合わせたことは使用人たちからあちこちを経由して他の妃候補の耳にも届いていた。
おかげでミモザは一部の候補者――具体的にはロスソニエルからはますます睨まれ、ローズからは遠回しな嫌味を言われ、元々あまり乗り気ではなかった“白い庭”の掃除にもますます足が向かない。このままうやむやにできないかとさえ思っていたのに、まさかガーディアが自らこんなところにやってくるなんて……。
「国王、陛下……」
「ガーディアだ」
ミモザは助けを求めるようにアンナベルを見たが、アンナベルは怯えて首を横に振るだけだった。
「……ガーディアさま、どうしてこんなところに?」
「ミモザに会いに」
ミモザは口を結んだ。会いに来られても困る。
「そんな顔をするな。ミモザは俺の妃候補なんだろう? パランティアから聞いた。会いに来ても問題はないはずだ」
「妃選びは妃選びでお茶会が開かれてますよ……わたしはいいので、他の候補者の方にも会ってください」
「俺は誰も選ばない」
ガーディアの視線がアンナベルに向けられた。硬直した友人をかばうようにミモザはアンナベルの手を握った。
「ドゥーイの娘だな? 親しいのか?」
「アンナベルは友だちです」
「それならいいが」
ミモザは眉をひそめた。
「アンナベルの親が誰でも、アンナベルはアンナベルです」
「それもそうだな。そう怯えるな、アンナベル」
今度はアンナベルが助けを求めるようにミモザを見たので、ミモザは小さくうなずいた。
「お心遣い感謝します、陛下」
アンナベルは小さく頭を下げた。
「それで、ガーディアさまは何の用事があってここに来たんですか?」
「“白い庭”の掃除の件で」
「時間が空いた時という話でした。時間はそう空きません」
「昼食はいつもここで食べるのか?」
「それを聞いてどうするんですか?」とミモザは嫌な予感を覚えながらたずねた。
「もちろん、会いに来る」
「困ります」
「仕事中には来ない」
「お昼はアンナベルと一緒に食べる約束なんです」
「……わかった。それならせめて掃除には来てくれ」
ここで断れば昼食に押しかけるつもりなのだろう。アンナベルもそれを察し、視線でミモザにうなずくようにうながしてきた。さすがにアンナベルに申し訳ない気持ちが勝り、ミモザは仕方なくうなずいた。
うれしそうにするガーディアに押し切られ、最終的には週に一回は“白い庭”に行かなければならなくなった。
いつもと変わらない昼食だったはずなのに、アンナベルはどっと疲れていた。この国の王であるガーディアに会うのはもちろんはじめてだったからというのもあるし、何より彼の魔力が恐ろしかった。ミモザはどうして平気なのだろう。
与えられた部屋に戻り、扉の鍵を閉めてホッと息を吐く。振り返ったアンナベルは、思わず悲鳴を上げた。
「遅かったな」
そこにガーディアがいたからだ。
まるで自分の部屋のように、アンナベルの部屋にある応接セットのソファの一つに座ってくつろいでいる。金色の瞳はミモザに向けられていた時とは違って冷めた色を浮かべていた。
「へ、陛下……どうしてこちらに……」
「アンナベルだったな? 話をしに」
座るように視線でうながされ、アンナベルは怯えながらガーディアの斜め向かいに座った。他には誰もいない。外の風の音も何も聞こえない、二人だけの空間だ――きっとガーディアが何か部屋に魔法をかけているのだろう。
「話とはなんですか……?」
「お前、父親のことをどう思っている?」
「どう、とは……?」
「好きとか嫌いとかあるだろう? ああ――その顔は好いていない顔だな」
面白そうにガーディアは言った。
「……そうですね、よくは……思っていません」
アンナベルは正直に告げた。特に父がそれなりの地位についてからはその思いは強くなる一方だ。
「ドゥーイは何故妃選びなんかはじめたと思う?」
「自分が推薦した候補者が王妃になれば、後ろ盾として更に権力を手に入れられるからだと思います」
「……ドゥーイは理由を言っていないのか?」
「はい……わたしに候補になって他の候補を立てるようにとだけ。厳密には、ローズ王女やリリアナ王女を」
「ドゥーイが商売をしている人間の国から来た候補者か」
ガーディアは何を聞きたいのだろうか? アンナベルは怯えを抑えて注意深くガーディアを見た。
「お前は王妃になりたいか?」
「ま、まさか……! そんなこと、考えたこともありません。辞退するようにおっしゃっていただければ、すぐに辞退いたします」
「辞退はするな」
ガーディアは言った。
「その代わり、俺にドゥーイの情報を流さないか?」
「えっ?」
「別にスパイのようなことをしろとは言わない。そうだな……家に誰か外からの客がいないか、とか……家に全く帰っていないわけじゃないだろ?」
「は、はい。母が心配ですし……その、少し体調を崩しているので。父は、何かしたのですか?」
「さあな」
ガーディアは淡々とそう言った。
「……わたしにわかることであればお伝えします」
不安はあったがアンナベルはうなずいた。王か父、どちらかを選べと言うなら答えは決まり切っている。
「あの、わたしからも一つ聞きたいことがあるのですが……」
「何だ?」
「ミモザは、もしかして――」
話に聞く、彼の最愛なのだろうか?
アンナベルのあいまいな問いに、ガーディアは微笑みで答えたのだった。




