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魔王さま、今度はドラゴンです!  作者: 通木遼平
第二章 妃選び
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16.三人での買い物




 少し強い午後の日差しは庭園の広葉樹が伸ばした腕の間に渡された、薄い白い布によって和らいでいた。不思議と幾重にも重なって見えるその布は、細かい草花の模様が刺繍され、布が落とす影に幻想的な模様を描いている。


 その茶会の会場が穏やかな空気であればその場にふさわしかったのだろうが、残念ながらそうはならなかった。今日も、妃候補たちの間に流れる空気は張りつめている。


 うんざりとした気持ちを隠しながら妃選びの茶会に赴いたシトロンは、まず国王がいつまでも顔を出さないことについて責められた。シトロンが顔を出すたびに――妃選びがはじまってからずっとそうだ。が、それはもう国王の意志なのでシトロンにはどうにもならないことだった。

 それから彼は今日、茶会に顔を出した本来の目的――自分の推薦で妃候補を増やすことを告げた。主催であるドゥーイにはもう話をつけてある。彼はよほど自分の候補者に自信があるのか、候補者が増えることを何とも思っていないようだった。


 しかし妃候補たちの一部は違うようだ……シトロンはうっかり漏れそうになった特大のため息を飲み込んだ。


「今、なんとおっしゃいました?」


 きつい声がシトロンに聞き返した。


「妃候補が一人増えると。俺の推薦です。何か問題でも?」

「……どこの国の者ですの?」

「この国の者です」

「宰相府の文官か?」


 たずねたのは軍部からドゥーイの牽制のために送り込まれた候補者だった。自身がそうであるように、宰相府あたりからも牽制のための候補者がいてもおかしくはないと思ったのだろう。しかしシトロンはそれを否定した。


「王宮の使用人です」

「使用人ですって?」


 最初にシトロンに聞き返した候補者が眉を吊り上げた。


「そのような者が、この国の王妃にふさわしいと思っていらっしゃるの?」

「この国に職業の貴賤はありません。俺が陛下にふさわしいと思ったから推薦するのです」


 シトロンは射貫くように候補者の王女を見た。


「不満があるなら辞退していただいてもかまいません。陛下はまだおこもりになっている。今の時点で候補者が増えようが減ろうが大して変わらないでしょう」

「何をっ……!!」

「見苦しいですよ」


 声をあらげた候補者の王女にリリアナが静かに苦言を呈した。


「シトロン様の言うとおりです。どうぞ辞退なさったら?」


 リリアナの冷たい視線を受け、王女は押し黙った。


「来週の茶会には参加させます。俺はこれで失礼します」


 茶会の会場である庭園を後にし、シトロンは屋内へと戻って行った。一応、国王のところに行って茶会が行われていることを告げてから自分の仕事をするつもりだった。


「シトロン」


 しかしそんなシトロンをいらだった声が呼び止めた。振り返ると睨みつけるようにシトロンを見据えたロスソニエルが立っていた。


「茶会に候補者は全員出席することになっているぞ」


 面倒くさそうにシトロンは言った。ロスソニエルは昔からシトロンを嫌っていた。敬愛する王妃にかわいがられていたシトロンが気に入らなかったのだろう。面倒くさい絡み方をされることもあったので、シトロンもまたロスソニエルが苦手だった。


「茶会などどうでもいい。それよりもどういうつもりだ? 新しい候補者など……」

「ドゥーイのヤツを牽制したいのは何も軍部だけじゃない」


 ミモザの正体を国王にも告げていない以上、ロスソニエルにも伝えるつもりはなかった。


「牽制ならわたしだけで充分だ」

「どうだろうな」

「しかもその候補者が陛下にふさわしいと言ったな……! 陛下にふさわしい方はただ一人だけだ!」


 シトロンは堂々とため息をついた。


「最終的に選ぶのは陛下だ。選ぶかどうかは別にしても……今は引きこもっていてもそれは変わらない。お前だって()()()()()()()なら文句はないだろ?」

「お前が選んだ者でなければな!」


 ロスソニエルはそう言い捨てて茶会の会場へと戻って行った。先が思いやられる……シトロンは重くため息をついた。そういえば、他の妃候補のようにミモザに護衛を選ばなければ。あの様子では嫌がらせを受けそうだし、他の候補者にいるのにミモザにはいないというわけにもいかないだろう。

 これからの予定に軍部へ顔を出すことをつけ足した。できれば茶会が行われている時間がいい。ロスソニエルと鉢合わせるとまたグチグチと言われそうだ。相手をしているのもバカバカしかった。






***






 翌日――蘭の館で朝食をとった後、ミモザはティンクとアンナベルの二人との待ち合わせ場所に向かうべく乗合馬車に乗った。今日の買い物は第三区にある店に行く予定だ。

 第二区と第三区を隔てる城壁を越えてすぐのところにある小さな広場に馬車の停留所がある。その傍の噴水で待ち合わせをしていたのだが、ミモザが着いた時にはもう二人の姿がそこにはあった。あの髪飾りの一件以来、三人で一緒に昼食をとったり空いている時間におしゃべりをしたりする内にティンクとアンナベルもすっかり打ち解け親しくなっていた。

 今では三人が三人とも随分とくだけた様子になっていた。と言っても、アンナベルは口ぐせなのか丁寧な言葉遣いのままではあったが。


 午前中のさわやかな日差しの下、いつもと違って見慣れない私服の二人の姿は新鮮だ。ティンクは花柄のシャツに裾の広がったパンツ姿で、アンナベルは少し明るい紺色のシンプルなワンピースドレスだった。妃選びの時に着ている似合わないドレスではない。前に似合わない衣装についてミモザは聞いてみたことがあったが、彼女は困ったように父親が用意したのだと告げた。

 ミモザは王宮に働きに行くことになった際にアデラとミルヴァからもらったシャツと、昨日おさがりでもらったグレーのスカートを合わせている。頭にはいつものくたびれたスカーフではなく帽子をかぶって折れた角を隠していた。


 今日行く予定の服飾店はアンナベルが母親と昔からよく利用している店だという。広場からは歩いて行ける距離なので、三人はのんびりと散歩がてら店に向かうことにした。第二区はどこかごみごみしていて活気があり出歩くのも楽しいが、第三区は第二区に比べると富裕層が暮らしているからか住民に合わせた商店が多く、落ち着いた雰囲気だ。おしゃべりをしながらゆっくり歩くなら、第三区はぴったりだった。


「昨日、シトロンさまがお茶会に来て候補者が一人増えると報告してくれましたよ」


 アンナベルとティンクにはすでに妃候補になることとそれが髪飾りをシトロンに届けてもらう条件であることを打ち明けてある。もちろん、ミモザの前世のことは言っていないが。


「そうなんだ」

「どんな感じだったか、気にならないの?」

「聞かなくてもわかるというか……予想が着くというか」

「そうですよね」


 「歓迎はされていないです」とアンナベルは苦笑いした。


「わたしはミモザが妃選びに参加してくれることになってうれしいですけど……他の候補者の方はなんというか、その、話しかけづらくて。それに、陛下も姿を見せませんし、人間の候補者の方たちにはいろいろ政治的な思惑もあるみたいで……居心地がよくないんです」

「人間の候補者ねぇ」


 候補者たちや彼女たちが連れて来た人間たちが使用人に迷惑をかけることが怒っているので、ティンクは微妙な顔をした。


「候補者の方が、みんなアンナベルみたいだったらよかったのに」

「わ、わたしなんてそんな」


 アンナベルは謙遜するが彼女は少し大人しすぎるところもあるが穏やかでやさしく、普段は使用人など周囲にいない生活をしていたのもあって逆に気を遣ってくれることが使用人たちには好評だった。


 そんな話をしている内に、三人は目的の店に着いた。オーダーメイドと既製品の両方を扱う服飾店で、アクセサリーなども充実しているらしい。店内は木製の調度品で整えられて温かみのある店だったが、第三区らしく値段設定は少し高めだ。しかしアンナベルがここを勧めてくれただけあって、ミモザやティンクでも気おくれしないくらいの値段設定の小物なども置いてあった。


「いらっしゃいませ」


 しゃんとした背筋の背の高い女性が三人を出迎えた。すらっとしたデザインのドレスは彼女にとてもよく似合っている。見事な黄金色の髪からくるりと丸まった角が見えているがドラゴンではなかった。ミモザはドラゴンなので、一応同種だったらそうだとわかる。


「本日は何をお求めですか?」


 あいさつを交わした後、女主人はたずねた。三人は視線をかわし、「実は……」とミモザは帽子を外した。髪型は今日は一つにまとめられている。前髪は横に流して形のいい額が見えていた。「まあ」と女主人はうっかり声を漏らしてから慌ててミモザに謝った。


「気にしないでください。それで、この角を隠せるように帽子や、頭に巻けるスカーフみたいな布を探しているんです。どんな衣装でも合いそうな物をがいいんですが……」


 昨日選んだドレスのイメージや色を一緒に伝えると、女主人は早速色々と布を持ってきてくれた。色とりどりのスカーフだけでなくヘアバンドのような物もある。


「普段はどうなさっているのですか?」

「母の形見のスカーフを巻いています」

「ここにある物は全て布が厚手のものを用意しました。あまり薄い布ですと、色が透けて目立ってしまうかもしれませんし、こういった幅のあるヘアバンドをするのもいいかもしれませんね。これは生地も厚いので透けにくいですし。ただ、髪型が狭まってしまいますが……」

「スカーフとヘアバンドを両方買ったら?」


 ティンクが言った。


「店主のわたくしがこう言うことを言うとスタッフに怒られてしまいますが、髪型のアレンジで上手に隠すという手もあると思いますわ。長いですし、量もあるようですから太い三つ編みなどを作ってそれこそヘアバンド代わりにこう巻いてみるとか……」

「なるほど……勉強になります」

「ミモザのしたくはティンクが?」

「スティナさんだけど、同期のみんなで手伝う予定」

「スティナさんはお化粧やヘアアレンジが上手だと王宮の使用人の方から聞いたことがあります」


 アンナベルはそう言って女主人が用意してくれた商品に視線を落とした。


「スカーフとヘアバンドの数は控えめに選んで、それに髪型のアレンジを加えてみるのもいいかもしれませんね。厚手の生地だと、これから暑い季節になっていった時に合わなくなりますし……」

「それまでに終わればいいんだけどね」

「そうしようかな……暑くなった時はまた改めて買いにくるつもりで……その時はまた二人ともつき合ってくれる?」

「はい」

「もちろん」


 その後もあれこれと女主人を交えて相談をし、スカーフとヘアバンドを二つずつ選んだ。それに念のため、予算内で色を合わせたアクセサリーも購入した。


 女主人にお礼を言って店を後にし、三人は近くのカフェで休憩をすることにした。帰りは王宮に出入りする商店の馬車に乗せてもらう予定だったが、時間までまだ余裕がある。カフェは二階建てでテラス席があり、きちんと日よけがされていた。


「ちゃんと聞いていなかったんだけど」


 お茶請けに出て来た青い花の砂糖漬けはさわやかな味がした。


「妃候補って何人いるの?」


 ティンクも気になったのか、アンナベルへと視線を向けた。


「わたしも入れて、六人です。ミモザは七人目の候補者ですね」

「全員人間じゃないんでしょう?」


 ティンクが砂糖漬けを自分のアイスティーに落としながらたずねた。


「人間の方は三人で、あとの三人はわたしも含めて魔族です。まずは――」


 アンナベルは教師のようにわかりやすく、二人に他の妃候補について説明をはじめた。




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