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それぞれの思惑

 第六側室……あの女、どうしても俺を手の内に入れたいらしいな。

 俺とダーウィンに十回目の毒を盛った時だったか……俺に味方になれと、ダーウィンを裏切り自分のそばにこいと体で迫ってきた。


 勝手に王子の執務室に入ってきて胸を露わにした女を見た時、俺は……げえ……吐きそうになった。

 執務室の自分の机に嘔吐しそうになっている誘惑者を、入り口の扉前で上半身裸の女が唖然と見ている。

 そして運良く(悪く?)ダーウィンが入ってきて、その光景を目にする。

 扉の前で見張っていた護衛二人も、王子と同じく照れる前に己の目が信じられないのだろう。ただただ唖然としていた。

 そして女が叫ぶ。

「な・なんで平然と入ってくるのよ。鍵はかけたはずよ」

 俺はそれと同時に椅子から立ち上がる。蔑む笑みは隠せそうもない。

「護衛騎士、何をしていた? 扉を守るのがお前達の仕事だろう。このような不審者の侵入を許したお前達……再教育だな」

 スッと目を細める。

 俺を見た瞬間、その場にいる全員が「ひぃ……」と声をあげた。

 護衛は真っ青になって腰を抜かしそうになったが、流石に騎士としてまずいと思ったのか倒れるのは踏ん張って耐えたようだ。横で扉にしがみついているのはダーウィンだ。

「し・失礼いたしました。ドージィ・ベーグル様、すぐにご退室を。ここは殿下並びにエルモンド様の許可がなくては、例え王といえども入室は認められません。咎められても文句は言えぬ場所なのです」

 護衛二人はこれ以上俺の機嫌を損なわない為に、女を引きずりだそうとしていた。が、女は相変わらず胸を露わにしたままだったので、どこに触れていいのか……あくまで王の側室である。無体な事はできないと、目のやり場もなくかなり困った様子で女を取り囲んでいた。

 うん、この二人二十代前半か。若いな。因みに俺は十六歳ですが、なにか?

 女は状況をやっと理解出来たのか、はっとして慌てて胸をしまった。

「あ・貴方達、私を誰だと……」

 唇を震わせ虚勢を張る女に、俺は容赦なく現実を突きつけてやる。

「誰でしょうかねぇ。王子の執務室に無断で入り、胸をさらけ出す露出狂? あ、重大機密の書類を盗みに来た盗賊? どちらにしても不審人物であるには間違いなさそうだ」

 女は顔面を蒼白にしたまま、それでも俺に一矢報いようとする。

「こ・国王様に訴えてやる」

 余りに馬鹿な発言に、俺はぷっと噴き出した。

「ご自由に。私を誘惑しようとして自ら服を脱いだが相手にされず、護衛達に見つかって追い出されたと報告するのですか? 構いませんよ。どうぞ、ご存分に。ああ、そうそう。もし貴方が報告時に熱が入る余りうっかり、私に呼び出されて襲われそうになったとかいう安易な虚言をなさるつもりなら、容赦はしませんよ。ここには目撃者の護衛もいるし、殿下というなによりも確かなお方がいる。ここに侵入した経緯も、調べればすぐに分かる。どうせ貴方の飼っている侍女が、護衛の目の前で物を落としたりでもして、護衛の注意をひきつけたのでしょう。その侍女を見つける事など容易いことだ」

 一気にまくしたててやると、女は青い顔を白くしていった。

「……ドージィ様、私は見なかった事にします。どうかこのままお引き取りを」

「殿下!」

 いつの間にか復活していたダーウィンが勝手に扉に手を向け、女の退室を促した。

 勝手にこの状態をなかった事にしようとするダーウィンに抗議の声を上げそうになったが、苦笑する彼にため息が出た。

「今日は見逃します。ですが、次はないですよ」

 肝に銘じろと軽くねめつけてやると、女は顔色の悪いまま護衛に引きずられるように出て行った。

「このお人よし」

「ごめん」

 後に残った俺はダーウィンを一瞥して言うと、彼はそのまま軽く頭を下げた。

 全くこの王子は人が良すぎる。だから放っておけないのだが……そうしてその場を見逃してしまったせいで今、俺の可愛いアティは目を付けられてしまった。

 俺のミスだな。


 数分後、馬を飛ばしてたどり着いたアティのキュルレス侯爵家では、使用人がちらほらと外に出ていた。

 その中を馬に乗った俺にいち早く気付き、そばに寄って来たのはアティだった。そして頬を染めたアティからは「王子様……カッコイイ」という呟きが聞こえた。

 ――遅かった。

 アティは第五王子に恋をしてしまったらしい。

「エルもお馬さんに乗る事があるのね。私も乗りたい。駄目?」

 馬上の俺に手を伸ばすアティ。もう少し小さい頃ならば乗せろと我を通していただろうに、駄目かと伺いをたてるだけ成長したのだろうな。

 俺は少しの寂しさとともに、第五王子の顔を思い浮かべる。

 確かに王族の中でもダーウィンの次ぐらいには見目は良かった。金髪碧眼という正に王子様の容貌だ。だが、同じ金髪でもアティの方が明るくて綺麗だ。瞳だって青より緑の方が優しい感じがする。

「えるぅ~」

 アティが痺れを切らしたように俺の名を呼ぶ。

 結局アティに弱い俺は、かっさらうかのようにアティを片手で掬い上げ、俺の前に乗せる。

 アティは一瞬驚いたようだったが、すぐさま頬を染め満面の笑顔を向ける。

「……いちゃい」

 はっ! またもや俺は無意識にアティの頬をムニムニと触っていたらしい。

 足元でアティの侍女らしき者が、慌てたように俺に意見する。

「エルモンド様、いくら貴方様でもお嬢様に対して些か乱暴ではございませんか。仮にもお嬢様はキュルレス侯爵家のご息女で……」

「第五王子の婚約者だと?」

「それは……」

 俺がぼそりと発した言葉に侍女は怯んだ。

「悪いがアティは暫し遠乗りに連れて行く。心配するな。すぐに戻るし無体な事はしない。キュルレス侯爵には戻ってから私から説明する」

 俺はアティを連れて馬を走らせた。

 後ろで侍女が何やら喚いていたが、関係ない。

 アティは俺にしがみつきながらも、クスクス笑っている。

 ご機嫌だな。そんなにも王子の婚約者になれて嬉しかったのか?


 そうして暫く馬を走らせると、花が咲き乱れる場所まで来てしまった。

「うわぁ、綺麗」

 アティが嬉しそうに目を輝かせている。

「エル、お花を摘んでもいい?」

 俺の顔を覗き込んでくるその仕草に、俺は冷静さを取り戻す。

「いいよ。ちょっと待ってて」

 俺はひらりと馬から飛び降りると、下からアティを抱いて降ろす。

 アティは「素敵♡」と言ってチラリと俺を見た後、花畑にしゃがみ込む。

 美少女が頬を染め、花を摘む姿を眺めながら、俺はどうしたら第五王子を排除できるか考える。

 そう、いくらアティが王子を気に入ったとしても、このまま素直にアティを引き渡す気は俺にはない。

 俺からアティを奪う気ならば、少々の試練は受けてもらわなければいけない。

 そのうえで尚、アティと共にいたいのだと言うのならば、その時は祝福してやろう。後ろ盾にもなってやる。

 そうして腹の内を一切見せない笑顔でアティに手を振ると、アティは嬉しそうに手を振り返してくれたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、これ主人公のこと私の王子様って思ってるやつだ 尊い
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